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第3話 12月29日 スマホと父

入院中の私は、記憶を取り戻そうと、足掻いていた。


そう、兄が持ってきてくれた、このスマホで。



暗証番号なんて覚えているはずもなく、どうやってロック解除したらいいのかと途方に暮れるところだったけれど、指紋認証があって助かった。


ありがとう、テクノロジー。


ありがとう、指紋認証!



スマホは、個人情報の塊と言っても過言ではない。


私の全てが、ここにあるはずだ。



さて、こちらのスマホから判断できる私の人物像はと言いますと…


スケジュールアプリ、メモ機能もしっかり使っていることから、几帳面で真面目な性格。


写真はたくさんあるけど、写っている人が少ないから、交友関係は狭め。


たまに、兄の隠し撮りみたいなのがある…ブレているけど。



そして、ねこをコレクションして愛でるゲームアプリ。


命懸けでも猫を救いたいと思うほどの猫好きということだろうか?



ズラリと並んだアプリの中から、メッセージアプリのLIMEを開いた。


ふむふむ、クラスのグループ…これは単なる連絡網的なものかな?


友達グループ…数人の仲良しでのグループかな?


メッセージのやりとりを見ると、私が自ら発する言葉は少なめ。


積極的に発言するタイプではない。


兄とやりとりをした形跡は、ない。


家族なのに、変なの。


雨宮(あまみや)莉々(りり)…この子とだけ、単独のグループがある。


*******


莉々:紫苑(しおん)くんと一緒に帰りたいんだけど


   絵梨花が誘ってよ                                  

              それは無理:絵梨花


莉々:協力してくれるって言ったじゃん


        莉々が誘えばいいじゃん:絵梨花


莉々:莉々から誘うとか、できるわけない


          それは私もできんよ:絵梨花


莉々:親友でしょ


   莉々ができないの、わかるでしょ


   お願い

              ごめん無理:絵梨花


*******


ふーん、この莉々って子と仲が良いのか。


兄の隠し撮りも、この子のために撮ってあげようとしたのかな。


自分から声を掛けられない内気な女の子が、我が兄との仲を取り持って欲しいと言ってるけど、それを私が断っているという構図?


そうか、私と兄は仲が悪いのか…だからあの時、変な感じだったのか!



莉々ちゃん、私が仲を取り持ってあげるよ。


それには、我が兄と友好な人間関係を築かなければならないな。



それにしても、他人事ながら、恋とか…なんか甘酸っぱいな!


私、こういうのに縁がなかった気がするんだよね。



ていうか、この冬休み中も、ちょくちょくLIMEが来てたけど、なんて返したらいいのかわからないし、もう見ないようにしている。


既読スルーは気分悪くさせるだろうし、未読のままにしておいた方が、何か理由があると思ってくてるかも。


それとも、記憶喪失のことを言う?


でも、その後の対応が自分でできる気がしないから、やっぱり思い出すまで待っていてもらおうかな。



ベッドに寝転びながらスマホをスクロールしていると、ドアのノック音が聞こえた。


また、お母さんだろうか。


「はい、どうぞ〜」


ドアが開くと、気の弱そうな、見知らぬ中年男性が顔を出した。


だっ、誰っ!?


急いで起き上がり、ベッドの上に正座する。



「絵梨花ちゃん、今日は、お父さんを連れてきました!」



男性の後ろから、ヒョコッと母が顔を出した。


いやいや、先にお母さんが入ってから紹介してくれないと。



「お父さんが、やっと昨日で仕事納めでね、退院すれば会えるけど、早く絵梨花ちゃんに合わせてあげようと思ったの」



明るく笑う母の隣りで、父という男性は、まるで私に声をかけるのすら遠慮しているかのような、不安そうな表情で私を見つめている。


「あの…お父さんですか。すみません、ご心配をおかけしました」


ベットの上で正座をしながら、お辞儀をする。


「絵梨花…本当に…大丈夫なのか…」


目の前の、背の高い痩せ型の男性は、目に涙をためながら私を見つめている。


「はい、おかげさまで、今はとても元気です」


男性は、私に駆け寄り、私の手を取る。


「絵梨花が病院に運ばれたと聞いて、どんなに心配したことか。母さんのように死んでしまったらどうすればいいかと…」


少し前に、現在の母に聞いたこと。


私の実母は、体が弱く、私が小学生の頃に心臓病で亡くなったこと。


その遺伝なのか、私自身も体は弱く、真冬の川なんかに入ったら、死んでしまってもおかしくなかったこと。


実際、一度は死んでいるわけだけれども。


「心配かけて…ごめんなさい」


父の姿に、私は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。


「絵梨花が大変な時に、すぐに駆けつけられなくて、ごめんなぁ」


父は、泣きながら私を抱きしめる。


「絵梨花ちゃん、お父さんはお仕事での出張が多くて、何日も家にいられないことがあるの。全国を飛び回っているから、あの日もすぐには戻って来られなくて、でも、絵梨花ちゃんが生き返ってくれたから、また会うことができた。生き返ってくれて、本当にありがとう」


母が目頭を押さえながら、震える声で言う。


私に、こんなに私のことを思ってくれる、暖かい家庭があったのだな。


なぜだろう、こんなこと初めてだとしか思えないのに。


「こちらこそ、ありがとうございます〜」


家族3人で泣いた。


そこには、優しい世界しかなかった。



約1週間の入院生活の後、ついに退院日が決まった。


大晦日である。

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