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五大老筆頭 徳川家康  作者: 牛熊


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10.関ヶ原の戦い -7

 徳川勢の本陣にて、陣内に通された秀忠を見て家康は声をかける。


「来たか秀忠。到着が遅れたのは仕方ないが、急な行軍で軍を疲弊させるとは何事か。敵軍に奇襲されようものならお主の命も危うく...」


 しかし、そんな家康を無視して、秀忠は家康の側まで歩み寄って叫んだ。


「なんで勝手に戦ったのですか!?開戦は私の軍と合流した後という手筈だったのでは?」


「それは何と言うか、戦場での流れに準じたというか...」


「敵軍の後背地に突入したまま戦うとは、戦の常道をお忘れになられましたか!?しかも、挙げ句の果てには島津家に本陣の突破を許す始末。父上が討たれれば東軍の崩壊、そして勝ったとしても諸大名が各地で反旗を翻すのは明白!御自分の身の重要さを何と心得ておられますか!」



 秀忠は大声でまくし立てるが、今度は家康が立ち上がり叫び返す。


「仕方無かろう!小早川秀秋殿が勝手に松尾山城を奪ったせいで計画が狂ったのだ!あのまま放置すれば西軍から攻められ、1万を超える友軍を失うことになるんだぞ。捨て置くわけにはいかんだろう!」


「なら、その小早川軍の動きが鈍かったのはどうしてですか!挟撃がもっと早くに行われていれば、父上の本陣が襲われることもなかったでしょう!」


「秀秋殿が二日酔いで死にそうになっていて動けなかったとか、そんなのワシが知るはずもないだろ!」


「だからといっていきなり本気でぶつかる必要はないでしょう!大軍同士の戦いにおいて、正面切った会戦など不要と言っていたのは父上ですよ!それに毛利家が進軍していれば、父上は背後から攻められ負けていました!」


「功を焦った者共が止まらなかったんだよ!」


「海道一の弓取りが何を言っているんですか!」


「そういうお前こそ上田城で討たれかけたと聞いたぞ!徳川家の後継者ともあろうものが、あんな露払いの如き戦で命を落としかけるとは何事だ!」


「あの真田家が相手なのだから大目に見て下さい!」


「お前が討たれたら軍を分けた意味が無いだろうが!子が親より先に死んでどうする!」



 みっともない言い合いを始める親子を無視して、周囲の者たちは慌ただしく戦後の処理に追われていた。


 戦は勝って終わりというものではない。


 特に今回の戦では、傷病者の手当や参戦した武将たちの功績をまとめるだけではなく、東軍勝利の知らせを各地に届けなければならない。


 決戦というものには決着がついたが、各地で東軍・西軍についた大名たちは現在も争っているのである。


 知らせを送るにしても最低数日はかかり、その間にどこかの大名が大暴れして状況を一変させる可能性もある。


 東軍の勝ちを確定させるという意味では、親子喧嘩を止めるよりも速やかな情報共有の方が重要だった。







 時は遡り9月14日。

 西軍が籠城する大垣城北西の赤坂に、家康が率いる軍勢が到着し、福島正則らが率いる軍勢と合流。


 西軍も石田三成・宇喜多秀家・小西行長・島津義弘などの部隊が大垣城を守り、大垣城の西にある南宮山には毛利秀元・長束正家・長曾我部元親が陣を構え、更に西の天満山付近では大谷吉継らが京へと続く街道を抑えていた。


 ここに家康・正則らが率いる東軍と、三成・秀家・秀本・正家らが率いる西軍が一堂に介することとなる。




 会津征伐から戻り戦うこと無く最前線に到着した家康だが、これまでの間全く何もしていなかったわけではない。


 江戸城に籠もっている間から調略を進めており、小早川秀秋や吉川広家からは既に寝返りの内諾を得ている。


 とはいえ、降伏する意思がどこまで信頼できるかは別の話であり、降伏自体が罠である可能性も十分にある。


 従って、それだけに頼って西軍と戦うわけにはいかず、夜になっても家康は忠勝と策を考えていた。



「大垣城は堅牢でそう簡単には落とせん。時間をかければ大阪城から毛利家の援軍が送られてくる可能性がある。西に展開する部隊は広家殿が邪魔をしてくれるだろうが、それにしても限度というものがある。さて、どうしたものか...。おい忠勝、何か良い案はないか?」


「大垣城を無視して大阪城を攻めればいい。豊臣家の看板を失えば西軍を謀反人扱いできる。邪魔しようとして大垣城を出てくるようであれば、そこを待ち構えてを襲いかかればよいだろ」


「いわゆる中入りというやつだな。うーむ、言いたいことは分かるが歴戦の武将でも危険な策だぞ。小牧長久手の戦いでも豊臣勢がやっていたが、結局失敗に終わっている」


「とはいえ、まともに城攻めをやるには相手が悪いぞ。城に籠もる兵も2万人は超えているという話だ」


「そうなんだよ。細川幽斎殿が守る田辺城も恐らくもうそろそろ持たん。そちらに展開している西軍の部隊が、今度は我らの軍に襲いかかってくる可能性も考えねばならん」


「毛利家はこちらに人質も送って内応する気のようだが、信頼はできないのか?」


「できると思うか?勝つためなら何でもするのが戦国大名だぞ。しかもあの毛利家だ。どうせ東軍・西軍を両天秤にかけ、勝てそうな方につくつもりだろう」


「確かにな。先程も三成の兵が城から出てきて鉄砲を撃ってきたが、こちらの兵が撃ち返しても引かず、逆にこちらが崩れるほど士気は高い。大垣城を包囲したまま、周囲の城を落として孤立させるのが妥当なところか」


「三成殿の本拠地である佐和山はすぐそこだが、途中の関ヶ原のあたりは道が狭い。兵を展開させているとの情報もあるし、そちらを抜くのは難しいぞ」


「となると、伊勢の方を落として迂回するか?」


「伊賀越えには良い記憶がないんだが...」


「我が儘だな...。じゃあ、秀秋殿と広家殿に書状を送っただろ。秀秋殿に追加の書状を送って大垣城付近まで来てもらってから、南宮山の軍勢に攻めかかるのはどうだ?毛利家の寝返りも確認できるし、うまく行けば大垣城を完全に孤立させられる」


「おっ、それはいいな。秀秋殿は近江の高宮あたりにいるんだったか?そのまま関ヶ原を抜けて貰って、西軍の配置を確認しつつ来てもらおう」


「よし、使者を送るから手配を...」


「失礼します!火急の知らせが入っております!」



 2人がようやく策を考え出しやれやれと一息つき始めたところに、転がるように兵が走り込んでくる。


「なんだ?また大垣城から敵軍が討って出て...」


「小早川秀秋様が西軍の松尾山城を襲い占拠!ご謀反とのことです!」


 家康の言葉を遮り、使者は叫びながら報告する。




 小早川秀秋の謀反、そして松尾山城の占拠。


 当然ながら家康たちはそんな話は全く聞いていない。


 秀秋からは寝返りの内諾を得てはいるものの、むしろそれが本当かどうかを怪しんでいるくらいである。


 松尾山城を抑えたということは大垣城を孤立させたということになるが、一方で松尾山城自体も西軍の支配下にあり完全に包囲されている。


 城を奪って寝返るにしても、事前の連絡も無しに事に及ぶのは自殺行為でしかない。



「...........................なんで?」


 家康と忠勝は揃って呆けた顔で使者に聞き返したが、兵も分かりませんという顔で返すだけだった。





 慶長5年9月14日。

 家康が最前線に到着したその日に事態は急加速を始める。


 そして秀秋の突発的な行動によって東軍・西軍が振り回され、なし崩し的に15日の関ヶ原の戦いへと突き進むことになるとは、この時点で誰も想像していなかった。

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