7.五大老筆頭 -1
慶長4年5月。
この頃から秀吉の健康状況が明らかに悪化し始める。
秀吉は5月15日に遺言状を作成し、家康や前田利家、前田利長、宇喜多秀家、上杉景勝、毛利輝元、前田玄以、長束正家に送り、受け取った者たちもこれに従う旨の起請文を作成し返信している。
秀吉や周囲の者たちも秀吉の先が長くないことを悟り、最後に向けた準備を整え始めることになる。
家康も本多正信と共に今後の対応について話し合っていた。
「正信。秀吉殿の体調についてどのような情報が集まっている?」
「最近は食事もまともに喉を通らないようです。このままであれば、そう長くはないかと」
「...3月に秀吉殿が花見をした時にはそこまでではなかったと、この前利家殿が言っておったが。僅か数ヶ月でこうなるか...」
そう言って家康は頭を抱える。
秀吉の死は覚悟はしていたが、いざその時になると流石に気が重くなった。
今の豊臣政権が安定しているのは結局のところ英雄秀吉の存在が大きく、また家康が政権内で優遇されているのも秀吉のおかげである。
秀吉に対するこれまでの恩義があるため、豊臣政権の安定においては家康は可能な限り支援するつもりだった。
しかし秀吉亡き後、豊臣政権からすれば邪魔者でしかない家康がどう扱われるかは明白であり、家康は政権の維持や安定だけではなく、自分の身の安全もどうにかしなければならない。
まさしく家康の命運は秀吉の命と並び、風前の灯火と呼ぶに相応しい状況にあった。
「年齢を考えればここからの回復は極めて難しいでしょう。恐らく死後の政権の体制について、今後も要求が増えてくるかと思います」
「2月に朝鮮から小早川秀秋殿が帰国した際、領地を取り上げられて越前への減封処罰が下っただろう。あれは今の状況を見据えたものだったと思うか?」
「その可能性はありますが、最近の秀吉様は癇癪が抑えられなくなっているようですので、単に運が悪かっただけかもしれません。処罰の理由も明確ではなく、元は養子であった秀秋殿を冷遇したところで、周囲から同情を集めるだけでしょう。それこそ将来の禍根を作り出すようなものです」
「確かにな。秀秋殿は過去にも領地を取り上げられているし、今回の処罰で多くの家臣を失うことになったからな。ここまでされたら豊臣家への恩義などとうに消えているか...」
「秀秋様は子供の頃から接待漬けで、既に酒の毒に体がやられていると伺いましたが」
「それは事実だ。それでも毎日酒を飲まないと耐えられないらしく、この調子ならあまり長くはないだろう」
「...死を前にして豊臣家に弓を引く可能性は?」
「流石にそれはないと思う。ただ、秀吉殿が亡くなった後にどう出るかは分からんな」
「なるほど。反徳川派が動くようであれば、こちらに取り込みたいところですね。それと、三成様がたびたび秀吉様に呼び出されていると聞きましたが、こちらは放置しておいても大丈夫なのでしょうか?」
「問題ない。今後の体制の話がほとんどらしいから任せておけば良い。というか、たびたびどころか側を離れただけで呼び出しを受けるらしく、三成殿が弱音を吐いておったわ」
「...あの三成様がですか?」
「屋敷にもまともに帰れない始末らしい」
「それは何と言うか...」
「結局のところ、今の奉行衆で秀吉殿が信頼できるのは三成殿だけなのだろう。その三成殿を遠ざけることはできん。それどころか、他の者は秀吉殿の勘気に触れるのを恐れ、三成殿を防波堤にしているようなものだ」
そう言って家康はため息をつく。
奉行衆の中で秀吉個人に対して強い忠誠心を持っているのは三成くらいであり、後は前田玄以が豊臣家寄りなくらいである。
他の者たちは豊臣政権に仕えているだけでしかなく、何かあれば豊臣家よりも自分たちのことを優先するだろう。
三成とは政治的に対立する立場にあるが、もし三成がいなくなれば奉行衆の歯止めが効かなくなる可能性がある。
徳川家からすれば、三成に奉行衆を取りまとめて貰うことで、ある意味自分たちの身を守っている面があった。
秀秋の減封に伴い、筑前と筑後に三成が加増転封する話が秀吉から出ていたが、本人がこれを断らなかったら今頃奉行衆と徳川で問題が起きていた可能性もあった。
「正信。とにかく、目下最大の問題は秀吉殿の死後にだれが政事を担うかだ。そしてワシらはその者と良い関係を築くか、最悪でも矛先が向けられないようにしなければならん。もし失敗すれば、少なくとも関東を追い出されることになるだろう」
「普通に考えれば豊臣縁故の有力大名でしょう。候補筆頭は秀吉様の信頼があり付き合いも長い前田家、次点で豊臣家の躍進を支え養子も送っている毛利家。宇喜多家はまだ若く、上杉家はそこまで信頼を得ておりません」
「前田家はワシとも付き合いが長いし、話し合いの窓口も確保してある。利家殿はあくまでも中立的な態度を崩さんし、何かあったとしても公平な扱いをしてくれるだろう。ただ、毛利家の方はな...」
「毛利家の方は徳川とも領地が離れておりますし、これまで目立った争いもありません。関東のような田舎に興味もないようですし、従う意思を見せれば時間稼ぎはできるでしょう。西日本の毛利家と、東日本の徳川という立ち位置を作り上げれば関東の維持くらいはできるかもしれません」
「それしかないな。流石に奉行衆が後見人になるとは思えんし。とりあえず、利家殿が後見人となればまずはワシらの勝利と言っていいだろう」
「2分の1の富くじですか。まあ、そう分の悪い賭けではありませんね」




