6.豊臣政権の崩壊 -10
秋田家と浅利家の争いが笑い事では済まされない状況へ突入したことを受け、家康と三成は内々に話をまとめようと会談を設ける事を決めた。
家康が三成の待つ部屋に入った後、最初に取った行動は頭を下げることだった。
「三成殿!このたびは誠に申し訳ない!ワシの迂闊な発言でまさかこんな大事になるとは...」
「家康様、頭をお上げ下さい。今回の件は浅利家の立ち回りが上手かったと言うべきです。意見を聞いて回るという奉行衆の判断も不味く、擁護するような意見は誰かから出ていたでしょう。今回は家康様がたまたま最有力者だっただけです」
「そう言って貰えると助かります。とはいえ、奉行衆はこの件をどう考えておられますか?」
「主担当の長束正家様と木村重茲様は以前の裁定通り、浅利家は秋田家の傘下として扱うべきと考えております。地方の代表者をある程度絞ってまとめないことには、中央からの指示も円滑に実行されませんので、この点に関しては譲る気はなさそうです」
「なるほど」
「浅利家と秋田家の過去の経緯は承知しておりますが、正直なところこういった事例全てに配慮することは不可能です。上に立つ者が気に入らないというだけで独立を認めるなど非常識ですし、1度支配権を認めた領地をそう簡単に翻せば政権の鼎の軽重が問われます。言い方は悪いかもしれませんが、どこかで諦めて受け入れて貰わないと天下の統治などできません」
「もし浅利家が従わない場合には?」
「最悪、軍を派遣することになるでしょう。政権に従わないのであれば、他の諸大名を牽制するためにも見せしめとして討つしかありません。浅利家がここまで見逃されてきたのは、あくまでも軍を起こすことに慎重になっていた政権側の都合です。ただ、それにも限度というものがあります」
「問題は東北の大名たちが大人しく従うかどうか。兵を動かせば間違いなく余計なことをしでかす者が集まっている以上、そう簡単に話が進むはずもなく...」
そう言って2人は頭を悩ませ始める。
立場的には対立する2人ではあるが、豊臣政権の地盤が崩れるようなことは避けたいという点は共通しているため、その延長上であれば協力は可能である。
三成は秀吉に対する忠誠が最優先であり、家康と対立するのも豊臣家を守ることが目的である以上、必要とあらば家康と手を組む覚悟があった。
家康からしても、徳川という存在が豊臣政権において異例の扱いを受けていることを理解しており、奉行衆が徳川の力を削ごうとすることもある程度許容するつもりだった。
問題なのは奉行衆と浅野長政の関係である。
浅利家の取次である長政は中央から遠ざけられた過去を持つが、元々は秀吉の最古参の家臣かつ重鎮として、秀吉の弟である秀長に次ぐ立場についていた。
しかし、奉行衆は長政を政権から排除しようと動いた過去があるため、両者の関係は現在最悪と言ってもいい状況にある。
浅利家と秋田家の対立は、いつの間にか長政と奉行衆の対立にすり替わりつつあり、豊臣政権としては調停が上手く行かないどころの話ではなくなり始めていた。
奉行衆としても長政と交渉する行為そのものが難しくなっているため、主担当ではない三成と立場的に微妙な家康を介することで、何とか話を着地させようと考えたのである。
2人からすれば降って湧いた面倒事でしかないが、かといって放置していれば浅利家がどこまで話を吹聴するか分かったものではない。
盾にされている家康に留まらず、浅利家に賛同する者が増え、全国の諸大名が割れるようなことにでもなれば一大事である。
かといって、奉行衆の面子を潰せば後の政権運営に支障が出ることは間違いなく、一方で浅利家を潰すにしても周囲が納得できるだけの材料が必要となる。
つまり、2人にはこの条件を満たす策が宿題として与えられた形となる。
「家康様、長政様と交渉することは難しいでしょうか?囲碁仲間で仲が非常に良いと伺っておりますが」
「囲碁仲間なのは事実だが、こと奉行衆の話となると機嫌が悪くなってな...」
「それだと諦めた方が良さそうですね...」
「三成殿、現状について確認させて欲しい。前回の裁定、そしてその後の調停ではどちらの家にも贔屓をしていないということでよいのか?」
「それで問題ありません。各関係者にもその旨の証言を得ております」
「ということは、他から見ても公平な裁定であると。この件に関して秀吉殿は何と言っておられるのですか?いつもの秀吉殿であれば口を挟んできそうですが」
「...実は秀吉様は近頃体調が悪く、この件に関しては奉行衆に任せると」
三成の回答を受け、思わず家康は目頭を押さえる。
以前の秀吉であれば間違いなく自らがすぐさま裁定を下し、問題が大きくなるのを未然に防いでいただろう。
しかし、今の秀吉ではそれができず、家臣たちの対立を助長するような状況を放置している。
ほんの数年前からすれば信じられない話であり、そこまで秀吉が衰えているという事実が家康に重くのしかかってきた。
それに、秀吉の後継者である秀頼が成人するのはまだ先の話である。
秀吉が死去した後、どうやってその時間を稼ぐのかを考えると頭痛がしてくる。
それでも家康は話を進めるため声を絞り出す。
「浅利家が軍役を拒否しているのは間違いない?」
「はい。それに関しては確固たる証拠が存在します」
「それでは、まず浅利家に軍役についての弁明の機会を与えるべきでしょう。話の内容自体は従前と変わらないかもしれませんが、それでも奉行衆がきちんと話を聞いたという事実は残ります。その上で裁定に変更無しとなれば、それに従わない浅利家の方が問題であると言えます」
「浅利家の代表者を上洛させると?もし浅利家から裁定を覆すような話が出てくれば、裁定に変更があっても奉行衆の面子は立ちますね」
「はい。話が変わったのであれば、裁定が変わることはおかしくありません。それどころか、公平な判断をしたということで奉行衆の評判も上がります」
「問題は秋田家の方ですか」
「そちらに関して言えば、そもそも浅利家の領地に火を放つなど、惣無事令に違反している行為が存在しています。浅利家に配慮した裁定が下ったとしても、処罰の一環であれば周囲も納得するでしょう」
「...それしかありませんね。後は上洛までに新たな問題を起こさないかどうか」
「そればかりはどうしようもないので祈るしかありません...」
「それでは私の方から上洛要請の話を関係者に通しておきます。準備期間などを考えれば、浅利家が上洛するのは年明けの1月頃になるでしょう。家康様にはお手数ですが長政様にお話し頂けますようよろしくお願いします」
「分かりました。東北の安定は豊臣政権にとって目下最大の課題。ここを乗り切れば国内は安定するでしょう。ワシも全力で援助させて頂きます」
2人は目を合わせ、頷き合う。
政治的に対立することが多い2人ではあったが、少なくともこの瞬間においてはかけがえのない協力者であった。




