6.豊臣政権の崩壊 -5
秀次切腹事件から時は経ち同年9月。
秀次切腹後の慌ただしさからようやく開放された家康は、死んだ魚のように倒れ伏していた。
隣りにいる正信は仕事をしていたが明らかに疲労が隠せておらず、明らかにいつもより仕事が遅くなっていた。
「正信、お前も少しは休め...」
「この書類をまとめ終わったら休憩を取ります...」
「おう。ところでこの前署名した御掟だが、江戸の方でもちゃんと守っているのか?」
「そこは流石に守っているそうです。今何かやったら冗談抜きに首を刎ねると警告しましたので。身分の低い者にも徹底させるよう申し付けております」
「徳川も御掟に署名しているだけに、厳しくし過ぎるということはない。今後も事あるごとに言い含めておく必要があるな」
8月3日。諸大名の統制強化のため御掟五ヶ条が発令される。
また後日には公家や百姓まで範囲を広げた、御掟追加九ヶ条も追加で発令された。
この法令は小早川、毛利、前田、宇喜多、徳川の連名となっており、従来の関白の権威ではなく、有力大名の力を担保として効力を発揮させている。
この5名が豊臣政権の有力者であることを示しており、これが後の五大老と呼ばれる制度の原型となる。
この御掟に署名しているのは、徳川を除けば親豊臣派を代表する大名たちである。
ここに徳川が名を連ねていることから、豊臣政権において徳川が特別な扱いを受けているのが分かる。
「ところで、結局事件の真相は不明なままですか?」
「そうだな。流石に秀吉殿に尋ねるわけにもいかんしな...」
「謀反の濡れ衣着せて処分しましたか、とは聞けませんね」
「そのせいで各人が好き勝手なことを言っており、噂話は最早収拾がつかん」
「諸大名もあれこれ言ってるそうですが、どんな内容なのですか?」
「秀次殿は本気で謀反を起こすつもりだった。謀反の濡れ衣を着せられた。子供可愛さに邪魔者を排除した。一族や家臣を守るために無実の証として切腹した。秀吉殿を追い込むために嫌がらせで切腹した。茶々殿の派閥の者が後顧の憂いを消すために暗殺した」
「うーん、言いたい放題ですね」
「気持ちは分かるが、適当なことを言って奉行衆あたりにバレたらどうするつもりなのか。噂とは言え、もう少し考えて話せと言いたくなるわ」
家康が座布団を抱えながら転がっていると、元忠が報告書を持って部屋に入ってくる。
「殿。奉行衆が徳川や浅野の排除に向けて色々と動き回っているようです」
「奉行衆の誰だ?」
「前田玄以、石田三成、増田長盛、長束正家が中心とのこと。特に、先日失脚した浅野を政権から完全に追い出すつもりのようです」
「それは困るな。浅野殿の領地は甲斐で徳川領からも近い。転封になって面倒な人間が送り込まれないよう手助けせねばならん」
「また、一連の騒動で関白直下の組織が丸ごと消失しましたが、ほぼ奉行衆が穴を埋める形で体制が再構築される見込みです。これにより奉行衆の中核である先程の4名に関しては、政権内における立場を確固たるものとしたと考えるべきです」
「...念のため確認だが、その4名中に親徳川派の者はいたか?」
「おりません」
「政権の実務担当者が全部敵か...」
「先日の御掟に徳川が署名したことも気に入らないようです。豊臣一門でもない大名にこれ以上の力を与えなくないとなれば、今後も徳川の力を削ぐような動きを見せる可能性が高くなります」
「...面倒だな。上杉あたりと手を組まれないよう注意しておこう」
奉行衆は秀吉の要請により職務遂行に関する起請文に署名するが、対象は上記4名に加えて富田一白と宮部潤継となっており、従前の筆頭格であった浅野長政の名はなかった。
この秀次の切腹から始まる一連の事件により豊臣政権は人材を広く失い、政権運営に大きな問題を抱えることとなる。
特に、秀次を筆頭とした人材が軒並み政権から遠ざけられたことで、秀頼が成長するまで政権運営を支えるはずだった組織が消失。
秀吉から秀頼へ世代交代する際、豊臣家の執務能力に大きな空白期間が発生することとなる。




