5.唐入り -1
北条が降伏した後、豊臣政権は奥州・出羽の平定に乗り出す。
一度は豊臣政権に臣従した奥州・出羽だが、伊達政宗が一揆を扇動したことで状況が一変。
一部の地域で始まった一揆が他にも拡大し、各地域で一斉に一揆が発生。
加えて、九戸政実の乱も起きたことで収拾がつかなくなる。
煽った伊達家も巻き込まれる程の大混乱となった。
結局、豊臣政権は天正19年6月に豊臣秀次を総大将とした軍を派遣。
徳川や上杉なども参陣し、無事奥州・出羽は平定される。
一揆を扇動した伊達が領地を召し上げられたりと色々あったが、この騒動はあくまでも地方の問題に留まっている。
しかし、豊臣政権は朝鮮出兵、いわゆる唐入りに向けて準備している最中だったため、この奥州・出羽による出兵準備は各方面へ影響を与えると共に、地方の安定化施策を推し進める理由の一端となる。
小田原征伐からしばらくして、江戸城にて徳川家康と榊原康政は本多正信から愚痴を聞かされていた。
「最近、豊臣関係者からの締め付けや牽制が厳しいんですよね」
「は?秀吉殿は色々と便宜を図ってくれているだろ」
「そうですよ。徳川家中の領地割当にも忠告をくれましたよ」
「それは事実ですが、他の政権関係者の方は違うようでして」
「なんでまた。唐入りを控え、徳川は東北の監視と関東の開拓、並びに後方支援担当だろ。ウチの足を引っ張って何かあれば、戦をやっている場合じゃなくなるぞ」
「それは殿と秀吉様の信頼関係があって初めて言えることですね」
「どういうことだ?」
「よく分かりません」
意味が分からないといった表情で聞き返す家康と康政に対し、正信は溜息をつきながら答える。
「北条征伐後、徳川は北条の優れた官僚制度を取り込みました。広大な領地運営の知見がなかったので模倣するしかなかったというのが実態ですが。とはいえ、戦以外でも功を立てる手段を用意するという面でも重要な施策です」
「それは分かっておる。今の体制では江戸の開拓などできないからな」
「元北条領だけあって領民の対応がこなれていて、不慣れな徳川でもそれなりに何とかなっているのが救いです」
「加えて秀吉様は徳川の石高の自己申告を認め、領地経営に口を出さないといったような約束をして下さいました」
「うむ。自由にやってよいという証左だな」
「その結果、関東には巨大な半独立地域が誕生したわけです」
「...えっ、ウチって他からそう見えるの?」
「見えます。しかも、その地域を率いるのは過去に豊臣に弓を引いた徳川家。警戒しない方がどうかしていますね」
「待て待て待て。関東への転封は秀吉殿の命令。こうなるのは最初から分かっていただろ」
「それも全ては信頼関係があってこそ。度量のある秀吉様と、土下座して臣従できる殿だからこそ成り立つ話です。他の方々にそこまでの器量を求めるのは酷でしょう」
「確かに。秀吉の度量はさておき、殿の土下座は日本屈指ですからね」
「特に政権官僚の方からすれば、元々徳川は権力や立ち位置の面で非常に厄介な存在。豊臣政権の権力を強化したい派閥にとって邪魔者でしかないわけです」
「...もし秀吉殿との関係が破綻すると?」
「粛清間違いなしですね。秀吉様が亡くなっても同じなので、今の間に何とかして関係を構築しておいて下さい」
「無茶を言うな!」
「泣き言を言っている暇はありませんよ。秀吉様も高齢ですし、残された時間はさほどありません」
「し、しかし、政権にはまだ秀長殿と秀次殿がおられる!天下の調整役として活躍される秀長殿、豊臣一門の中で功績が飛び抜け徳川との関係も良好な秀次殿がおられれば、そう無茶なことはせんだろう」
「それは確かに。お三方が健在な間は大丈夫そうですね。とはいえ、関係構築は必須です。サボらないで下さいね」
「頑張るわ...」
「殿はそういうの得意でしょ。頑張ってゴマをすって下さい」
「康政!上方で苦労する時はお前も道連れにしてやるからな!」
三人が話していると廊下から大きな足音が聞こえ、そのまま体当たりする勢いで本多忠勝が部屋に乗り込んで来る。
「殿!申し上げたいことがある!」
「なんだ忠勝。暴れたいなら山で野盗でも襲ってこい」
「それは昨日やった!それよりも朝鮮出兵に徳川が参陣しないとはどういうことか!某の部隊だけでも構わんから行かせてくれ!」
「駄目だ。今回の徳川の仕事は後方支援。特に、東北で何かあった時はこちらでなんとかする必要がある」
「戦で功績を上げるのは武門の誉れ。その機会を取り上げるのか?」
「すまんが今回ばかりは我慢してくれ。北条征伐後に徳川に大きな領地が割り当てられた以上、他の大名にも功績を稼がせる機会を与えねば恨まれてしまう」
「むぅ。言いたいことは分かるが...」
「それに今回の出兵の目的は領地拡大ではない。その辺りは建前に過ぎん」
「では何の目的で海を越えるのだ?」
「ちょうどいい、今から説明してやろう。康政もちゃんと聞いておけ」




