4. 小田原征伐 -3
12月10日。家康は上洛し、豊臣秀吉と北条征伐に向けた打ち合わせをしていた。
「家康殿、北条が何を考えているかさっぱりわからんのだが。島津のように話を聞かずに攻めてくるわけでもなし、かといって臣従は拒否とどうしたいのか」
「どうしたいのでしょうね...。名門としての意地が先行しているのか、もっと優遇するのが当然と考えているのかもしれません」
「沼田を割譲し、約束よりも先行して引き渡したというのに...。適当なことを言いつつ、軍備強化の時間を稼いでいるようにしか見えん」
「その可能性もあるかと。報告によりますと、北条は既に領内の徴兵の手筈は整え、小田原の改修や支城の築城などを進めております」
「北条が動員できる兵数を考えれば、支城はあくまでも時間稼ぎ。結局は小田原に兵を集めて籠もるしかあるまい」
「おっしゃる通りです。北条は小田原での籠城を想定しているようですが、援軍も期待できないのに正気を疑います」
「もうあいつらの相手をするのは疲れた。この期に及んで上洛を拒否するなら、さっさと戦をして終わらせよう。宣戦布告の書状も準備できた。これを各所に送付する」
「出陣の時期は?」
「年明け早々に動員令を出し、2月には先陣を送る。東海道方面を主力とする予定なので、申し訳ないが家康殿の領内通過と諸城利用の便宜をお願いする」
「お任せ下さい。北条との断交を示すため、動員令に合わせて嫡男の秀忠を上洛をさせます」
「すまんな。形式的なものなので国元にはすぐに戻す」
「案内の手配と合わせ、北条傘下の諸大名の切り崩しも進めておきます。目下のところ、北条側の最重要防衛拠点は山中城になりますので、先陣の方々とは重点的に話を擦り合わせます」
「頼む。それにしても、最初からこうすればよかったのう...」
「まさか、外交でここまで話がまとまらないとは思いませんでしたね...」
「いかに名門とはいえ、話ができない相手を重用することはできん。欲張るにしても限度があるわ。こうなった以上、北条は徹底的に潰す」
秀吉が宣戦布告の書状を送付したことに合わせ、12月17日に北条氏直は領内に対して1月15日までに参陣するよう指示を出す。
年が明けて天正18年1月。家康は予定通り秀忠を人質として上洛させ、北条との断交の意志を示す。
秀忠はすぐに送り返されるが、豊臣と徳川の連合軍であることが諸大名に明示された。
豊臣方は豊臣・徳川軍からなる東海道を進む主力20万、前田・上杉・真田軍からなる東山道を進む3.5万、豊臣に臣従した関東諸大名1.8万で編成される。
北条方は5万余りを動員し、小田原を中心として各支城に配置。一部の支城で時間を稼ぐことを除けば、あくまでも小田原での籠城戦に向けた体勢を取る。
北方からの部隊で北条を牽制しつつ小田原まで一直線に突破しようとする豊臣に対し、支城を捨てて小田原での決戦に備える北条という構図となった。
なお、この時期から戦の数が大きく減少するため、浪人に落ちていた武将などが勝手に参陣して手柄を得ようとし始める。




