3. 真田家との婚姻 -2
短い時間ではあるが信幸殿と話して分かったことがある。
まともだ。信じられないくらいまともだ。本当にあの父親の血を引いているのか?
念のため北条や徳川との戦の話や、領内での内政の話を聞いてみたが、驚くほどまともな回答しか返ってこない。
武将であれば自らの戦ぶりは自慢げに語りたくなるものだが、こやつはひたすら淡々と事実のみを話す。
そのくせ常に寡兵でありながら敵を打ち破っている。
正直なところ最初報告書に目を通した時は、嘘や手柄を詐称しているのではないかとも考えた。
しかし、嘘であればとうの昔に真田は地図上から消えているし、誰が代わりに兵を動かしたのかという話になる。
少なくとも説明におかしなところがなく、実際に上田で直接叩きのめされた者たちが臨席している以上、話を疑うのは無理がある。
「えーと、ワシが聞いた話だと、信幸殿は負けたことがないらしいが本当か?」
「勝ちとも言えない戦は何度かありますが、負けらしい負け戦の経験が無いのは事実です」
「上杉や北条相手で?」
「はい。もちろん私の力だけではなく、周囲の助けがあってのことです」
「なるほど。戦が無い時は城主や代行としても仕事をしていると聞いたが」
「はい、北条の侵攻に備え、各種資材や有事の対応の手配なども担っております。お恥ずかしながら真田は小国ゆえ人手が足りず、手の空いている者がどんな仕事でもこなす家風にございます」
戦に強く、領内運営もこなせる能力があると。これではあの父親が2人いるようなものではないか。
というか、脳味噌まで筋肉でできているウチの面子よりも優秀では?
「戦に領地経営にと、信幸は若いにも関わらず色々と活躍されているようですな。立場的にも苦労されることが多いでしょう」
「はい。優秀な父と弟に挟まれておりますので、大変ではありますが恥ずかしくないよう日々励んでおります」
「弟君か...。あまり話を聞いたことがないのだが、弟も同じように戦に出されているのかな?」
「その通りです。最初は北条を相手に戦い方を実地で学んでおりました。その後は上杉へ人質として送られ、今は豊臣で人質になっております。上杉でも戦の修練は怠っていないようでした」
「北条相手に戦の練習…」
やはり真田は頭がおかしいな。
それにしても信幸殿は苦労人か…。確かにあの父の下では振り回されることも多いだろう。
弟の方は何とも言えないが、そこまで言うのであれば能力は確かに違いないし、弟が優れている分だけ兄にも周囲から圧力がかかるものだ。
しかし、苦労人という立場は良い。非常に良い。
まともな人間だからこそその立場になるのであって、もし父親と同じ性格をしていればそうはならないだろう。
苦労した人間は性格が歪むこともあるが、この者はそうではなさそうだし、これまでの反応を見る限りでは徳川でも問題なくやっていける。
なんならウチの四天王の方が面倒臭い。
信幸殿はこちらの言いたいことを察してくれるし、あいつらと話している時の疲労感が無い。
ワシの精神的な負担軽減のため、婚姻が駄目になっても家臣になってくれないだろうか。
「...なるほど。今回の婚姻が成立した際、信幸殿には駿府へ出仕して欲しいと考えおる。検地を始めとし、各地の普請など仕事は山積み。仕事を割り振る際の参考までに、特技のようなものがあれば教えて欲しいのだが」
「強いて言いますと焼くのが得意です」
「焼く?炭とか陶器をか?」
「いえ、村や軍とかですね」
待て。やっぱり駄目かもしれん。
「う、上杉相手に暴れていたのかな?」
「はい。上杉が盟約を守らなかったので、国境付近の村を焼いて回ったことがあります。もちろん本気で戦うつもりはありませんでしたので、あくまでも嫌がらせに留めております」
「...上杉が謝罪するまで村を焼いて回ったと?」
「おっしゃる通りにございます」
「上杉の追撃を振り切って?」
「はい。村を焼くときは深追いしないのが上手くいくコツです」
「そっか...」
「父もよく北条相手に国境で細かく兵を動かしておりましたので、そういったところから学んだ成果になります」
「学ぶのはいいが、父君の方は今も北条相手に国境で諍いを起こしている。何とかご家族の方から止めて貰えないか...」
「申し訳ございませんが難しいですね。北条側も動くのを止めておりませんし、完全に和解が成立するまでは続くでしょう」
「家族からもそう見られているのか...。とりあえず、信幸殿は茶器とか食器とか作り始めてみてもよいかもしれんな...」
「産業振興の一環としても興味はございますので、もし窯の見学などが可能でしたらお願いします」
基本的に信幸殿はまともではある。
ただ、やはりあの父親の血を引いているのを伺えるのが恐ろしい。
というか、あの父親が手に余るのは事実だが、それよりも実は信幸殿の方が危険ではないか?
父親は誰の目から見ても危険性が明らかだが、こちらは一見まともなだけにたちが悪い。
見た目からすれば普通極まりないが、それに油断して侮るようなことがあれば瞬時に叩き潰されるだろう。
父親の方は人を謀ろうとするのを隠そうともしないが、こちらは誠実に振る舞いながらも邪魔になれば相手を踏み潰そうとするから困る。
兵数に差がある状況ですら大国と渡り合っているのに、より自由の効く立場になったら手がつけられなくなるのは間違いない。
もし、この者が豊臣の軍を率いて攻めてきたら、徳川は果たして耐えられるだろうか?
いや、ここは発想を変えるべきだろう。
この者ならあの真田昌幸に対抗できる。
あの混乱発生装置がこの先大人しくしたままでいるはずがない。いつか必ず爆発する。
ならばこそ、その時に備えておかねばならず、この者こそがその任に相応しい。
それに、あの真田昌幸を抑え込めるのであれば、この先徳川に如何様な敵が現れたとしても対処できるはず。
ワシが死んだ後、次代の徳川家を守るためには信頼の置ける体制を整える必要がある。
多少の危険はあるにせよ、より大きな問題を回避できるのであれば受け入れるべきだ。




