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コレが私のダイヤグラム。On Time‼  作者: ちとせ鶫
来6章 On Time の理由

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第22話 西崎の問い

 標が、いなかった。


 旅行に行っていた。友人と、二泊三日の旅行だった。昨日の夜に出発していた。


 帰宅すると、玄関が暗かった。台所も暗かった。


 部屋の電気をつけた。

 テーブルの上に、付箋が一枚あった。


--------------------------------------------------

 冷蔵庫に作り置きが三種類あります

 温め方は扉に書いてあります

--------------------------------------------------


 冷蔵庫を開けた。容器が三つ、ラップがかかって並んでいた。扉の内側に、それぞれの温め時間が書いてあった。


 一つを取り出した。電子レンジに入れた。右のボタンを押した。あたため。指定の時間。


 チャイムが鳴った。


 取り出した。テーブルに置いた。


 食べた。


 ひとりで食べると、少し長かった。音がなかった。


≪地上の私は、標がいないと何もできない、ただの役立たずだ。——けれど。≫


     * * *


 東京指令センターのドアをくぐった瞬間、スイッチが入る。


 昨日の豪雨の後処理が、今日も続いていた。

 遅延証明書の発行処理、振替輸送の精算、各社との記録の照合。昨日の本番が終わって、今日は書類の日だった。


 西崎が記録をまとめながら言った。


「昨日、改めて振り返ると——すごい一日でしたね」

「そうね」

「四社が全部絡んで、全部対応して。時刻さん、全部頭の中に入ってたんですか」

「ええ、入ってたわ」

「......どうやってるんですか」

「路線図が頭の中にある。そこに列車の現在地が重なっていく。どこが詰まっているか、どこに余裕があるか、見えてる」

「見えてる......」西崎が繰り返した。「僕には見えないです」

「訓練よ」

「訓練で見えるようになるんですか」

「なるわ。ただ時間がかかる」


 西崎がしばらく作業を続けた。

 それから、少し間を置いて言った。


「時刻さん」

「はい」

「聞いていいですか」

「どうぞ」


「......なぜOn Timeにこだわるんですか」


 結衣は、手を止めた。

 キーボードの上に置いていた手が、止まった。


 答えようとした。

 でも、すぐに答えが出なかった。


 なぜ、と言われると——わからない。いつからこだわっているかもわからない。誰かに教わった覚えもない。ただ、ずっとそうだった。列車が時刻通りに走ることが、当然のことで、それ以外を想像したことがなかった。


「......わからない」

「わからない?」

「今は、わからない」


 西崎が少し止まった。


「今は、って——いつか答えがでるんですか?」

「わかるかもしれない。わからないかもしれない」


 沈黙があった。

 結衣は再びキーボードに向かった。しかし指が、少し重かった。


 西崎の問いは、刺さっていた。

 なぜOn Timeにこだわるのか。


 答えは——なかった。正確には、答えが浮かびかけて、消えた。形にならなかった。何かが、頭の奥の方にある気がした。しかしそれが何かが、今はまだ、わからなかった。


「コレが私のダイヤグラム。On Time‼」


     * * *


 その夜、標のいない部屋で、時刻表を開いた。


 どこを読もうか、と思った。


 廃止された路線のページを開いた。昭和五十三年。もう走っていない列車の、もう守られない時刻が並んでいた。


 いつからこのページを好きだったか、思い出せなかった。

 ページをめくる手が、止まった。


 西崎の問いが、頭の中にあった。


 なぜOn Timeにこだわるのか。


 答えは、このページのどこかにある気がした。しかし、どこかがわからなかった。


 気づくと、三時間経っていた。

 空腹を、少し感じた。冷蔵庫には、まだ二つ残っていた。


 立ち上がって、取り出して、温めた。

 食べながら、また時刻表を読んだ。


 廃止された駅の名前が並んでいた。その駅に、かつて人が降りた。時刻通りに列車が来て、人を乗せた。その列車は、今はもう走っていない。


 しかし、その時刻は、ここに残っている。


 ——なぜ残すのだろう。


 答えは出なかった。


 外は静かだった。標がいないと、静かだった。

 始発まで、あと四時間二十七分。


     * * *


 翌朝、標が帰ってきた。


 玄関を開けた標が、ただいまも言わずに台所へ向かった。冷蔵庫を開けた。閉めた。


「一種類しか食べてないでしょ」


 そうだった。用意された三種の料理のうち、昨夜食べたのは一つだった。


「......時刻表を読んでいた」

「わかってる」


 標が荷物を下ろしながら、少し笑った。声には出なかった。


「旅行、どうだった」

「良かったよ。ご飯が美味しかった」


 それだけだった。


 標が夕食の準備を始めた。包丁の音がした。湯気の匂いがした。

 部屋に、音が戻った。


     * * *


〔次話 第23話「昭和五十三年のダイヤ」〕

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