第18話 あなたの癖です
改札で、立ち止まった。
ピ、という短い音がして、バーが動かなかった。
ICカード入れを確認した。SuicaとクレジットカードのICチップが重なっていた。二枚が干渉していた。カードを一枚ずつ分けて、Suicaだけを当てた。バーが開いた。
後ろに人がいた。
少し速足でホームに向かいながら、後ろを見なかった。
常連の通勤客だったら、今日で何回目か知っているかもしれない。
「今週二回目だよ」
標からメッセージが来ていた。職場に着いてから気づいた。送った覚えはなかった。
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おはよう
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そのメッセージへの返信だった。「おはよう」と送っただけなのに、標は今週何回目かを把握していた。
≪地上の私は、乗客の流れを管理する人間でありながら、自分で改札を詰まらせる、ただの役立たずだ。——けれど。≫
* * *
東京指令センターのドアをくぐった瞬間、スイッチが入る。
今日は午前中に浜田との電話が入っていた。
その前に、データを確認した。
昨夜のうちにまとめておいた。SR側の接続遅延の三件と、その原因。湾急側に非がある部分と、SR側に非がある部分。両方を数字で出しておいた。
西崎がコーヒーを置きながら言った。
「浜田さんとの電話、今日ですね」
「そう」
「昨日の感じだと、なんか……速そうですね」
「速いわね」
「時刻さんが速度を合わせるって言ってましたけど、大丈夫ですか」
「何が?」
「いや、なんとなく」
電話が鳴った。十時ちょうどだった。
「——浜田です」
昨日と同じ声だった。短く、速い。
「時刻です。よろしくお願いします」
「昨日お伝えした三件の遅延、資料を送ってあります。確認してもらえましたか」
「確認しました。こちらでも調べました」
「SR側の原因は認めますか」
直球だった。
「三件のうち二件は、SR上り列車の遅延が湾急の接続便に影響していました。認めます」
「残り一件は」
「湾急側の発車タイミングが、協定上の余裕時間を超えて早かった。SR側の列車がホームに入る前に湾急が出発していました」
短い間があった。
「......確認します」
「確認していただければわかります。記録が残っています」
浜田が黙った。
それから少し経って、「確認しました。うちのミスです」と言った。昨日と同じ速さで。認めるときも、速かった。
「ありがとうございます。では、今後の改善についてですが——」
「こちらから提案があります」
「どうぞ」
「湾急の羽田アクセス便の増便を、来期に予定しています。現在の接続ダイヤでは、SR側の容量に余裕がなくなる可能性があります。先に共有しておきたい」
今度は結衣が少し間をあけた。
浜田が、先手で来た。問題が起きる前に言ってきた。
「増便の規模はどのくらいですか」
「朝のピーク時に二本、夕方に一本の増加を予定しています」
「いつから」
「来年の三月改正からです」
「今の段階で共有していただけると助かります。こちらで受け入れ可能かどうか、試算します」
「お願いします」
電話が切れた。
* * *
午後、SR側の試算をまとめながら、別のことが気になっていた。
今日の話とは別の話だった。
先月から気になっていたことがある。湾急の接続データに、ある種のパターンがあった。ラッシュが終わった後の時間帯——午前十時から十一時の間に、湾急の発着時刻が他の時間帯より一貫して数十秒ずれる傾向があった。
一ヶ月以上、この時間帯だけ。同じ方向に。
これは、何か変わる前兆かもしれない。
夕方、浜田に電話した。
「午前中の話とは別件です。一点確認させてください」
「はい」
「先月から、湾急の午前十時台の発着データに変化があります。今月も続いていますが、ダイヤの変更予定はありますか」
長い沈黙だった。
浜田の沈黙は初めてだった。
「......なんで気づいたんですか」
「データを見ていると、癖が出ます」
「癖?」
「湾急は速度にこだわる路線です。遅延を嫌う。そのため、遅延が起きそうな時間帯に、発着を少し前倒しする傾向があります。午前十時台は、ラッシュ後の遅延残滓が出やすい時間帯です。先月から同じ方向にずれているということは、その時間帯への対策を始めているのだと思いました」
また沈黙。
「......正直に言います。来月から、十時台の一部便を二分前倒しする計画があります。SR側への通知は来月末の予定でした」
「教えていただけて助かります。SR側の調整を先に始められます」
「......どうして、そこまで見るんですか」
「あなたの癖です」
「......」
「湾急が速度を守るためにどう動くか。そのパターンが、データに出ています」
浜田がしばらく黙っていた。
「......SR側に、そういう見方をされているとは思いませんでした」
「悪い意味ではありません。パターンが読めると、先に準備ができます。こちらにとっても助かります」
「......なるほど」
電話が切れた。
西崎がモニターを見ながら言った。
「......なんか、浜田さん、最後静かでしたね」
「考えてたのよ」
「何をですか?」
「さあ」
結衣にはわからなかった。しかし浜田の沈黙は、悪い種類ではなかった。
「コレが私のダイヤグラム。On Time‼」
* * *
帰宅すると、玄関の棚に小さな袋が置いてあった。
ICカードケースだった。カードを一枚ずつ分けて収納できる、仕切りつきのタイプだった。
「今週二回目だったから」
台所から標の声がした。
「Suicaは前のポケット、クレカは後ろのポケットに入れておけば干渉しないよ」
受け取った。薄くて軽かった。定期入れのリールのDカンに通せそうだった。
「......定期入れにつけていい?」
「そのために買ったよ」
私はリールにICカードケースをつけた。Suicaを前のポケットへ。クレカを後ろのポケットへ。
引っ張ると、するりと伸びた。
ソファに座る。今夜は湾急の羽田アクセス路線のページを読もうと思った。赤い弾丸が、海の上を走っていた。
外の鉄路を、最終電車が走り抜けた。
始発まで、あと六時間十一分。
* * *
〔次話 第19話「同じ旋律」〕




