原因②
『嫌う』と、いう感情、感覚は、人に備わった大事な防衛本能だというお話を聞いたことがあります。……人が、毒虫を何となく気持ち悪い、と思うのは、昔、人の昔々の先祖たちが、沢山その毒虫で亡くなっていったそのとき、DNAに刷り込まれた、怖い、という気持ち、近づくと危険だ、という気持ち、それが、今の私の感覚に影響を及ぼしていると、そんな風なお話を、聞いたことがあります。
私たちは、自然に湧き上がってくる感覚をむやみに嫌ったり否定することは、よくないことなのだわ。と私は思います。……私は、30年以上、肉親との色々で精神的な色々を抱えましたが……、今思うのは、歪んだそれを加速させ、長引かせたのは、……他でもない、私が私自身の感覚に対して嘘をつき、自身を偽の感覚で欺いてきたからなのです、嫌いを好きに嫌を好きに、憎むを愛している、に。
……歪んだ感覚は、……結局、私自身が私自身を見失うことにもつながって、結果、ややこしいことになってしまいました。その歪んだ現実をゆがめてつくられた幻想の世界は、酷く不安や恐怖しかなく、私は、自らの中に安心を見つけられず、いつまでも地に足をつけられない、現実を見ることが出来ない、そんな不安定さに苦しむことになるのです。……私は、未だに探しています。……私は、何を好きで何を嫌いだと思っているのか、私の本来の感覚はどこにあるのか、……赤ん坊みたいでしょう?恥ずかしいわ。……けれど、仕方がないのです。……そうして少しずつ少しずつ積み上げていき、今、自身を見つめようとしなければ、もう、この入り組んだ迷路は抜け出せないのですから、
ふふ、ここまで書き込みをした言葉を目にして、もう、目の前のあなたは、先をお解りになったでしょうか……?私は、単純なので……、そうですね、
そう、
嫌いを愛するにゆがめる言葉自体が、おかしいのです
……けれど、私は、前のページで受け入れざるを得ない、と、書きました。……私は、そうも思うのです。……それは、きっちりきちりと分けて線を引いて、個にしてから、また受け入れる、という作業。
それは、ただただむやみに入れる、ということでは、ないのですよ




