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周りの顔色を伺う必要性はない①
ある程度自身が自律出来ていたなら、そうではない方々に寄り添う必要性はありません。……そして、自らの研鑽に目を向けられていたのなら、余計な事柄に目は向かなくなります。
……私は、自身の精神状態の目安を、関わる方々を通して判断することにしています。……自身が他者の顔色を伺うような感覚になりかけていると気づいたなら、自らの精神状態が危ういと見つめなおすことにしています。
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……これは、難しいのですが、私は常々、調節と呼んでいる現象なのですけれど、……人は、弱いところにほころびが出てくるものです。……狡い部分、ただれた部分、と言い換えてもよいような気がします。
狡い部分、ただれた部分を外側に出した途端に、そういった部分をむき出しにした方々がわらわらと嬉しそうに寄ってきます。……これは、私自身本当に不思議だと思っているのですが、人は本当に多面的で、真面目な顔を持つ人が一面でただれていたりします。
……つまり、寄ってきた方の性質が全て狡く、ただれていたのではなく、私自身が外側に見せた状態に対して反応した相手方が、そのような状態に染まり、一面を引き出されたに過ぎない。と私は考えます。
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