それは、相手方も同じだということ②
……相手方も私も、同じように人間で、同じように怖くて、同じように不安で、同じように正確ではないから、私はただただ事実だけを重ねればよいのだろうと思うのです。
感情は、私が積み重ねてきたものに対するただの私側の反応に過ぎず、相手方には関係がありません。相手方には相手方の積み重ねてきたものに対する感情という反応が起きているのかもしれませんが、現実には、感情以外には、そこには起きたという事実しかないのです。
そのままの状態で、快という感情のみで人は動いてはいないことこそが当然で当たり前だという思考に落ち着けたなら、……そこに、なにもおかしなものはないのです。
そういった条件付けをされて、そういった反応を起こしてしまう、どうしようもない人間ふたりが、そこで相対しているだけ
なのですから
……一瞬一瞬の反応と感情の世界の中で、……そういった反応のみに感覚で見つめられていたのなら、必ず人は嗅覚で反応出来る筈で
それこそが大事で大切なものなのだろうと私は思っているのです。
……大事なのは、相手方のその一瞬の感情や、私側のその時の一瞬の感情なのではなく
相手方が何故そのような結論に達したか、などの原因追及でもなく、
私がどうしてそのような結論に達したか、などの言い訳でもなく、
必要で一番大事で重要なのは、感情を吐き出した後の相手方の反応のみであり、
相手方が、次に何に対して反応し、感情を刺激されるのかを予測することだと




