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0009暗殺者たちと孤高の王

「ねえあなた! 私の用心棒にならない? ここの人たち、私以外みんな危険人物に見えるのよね」


 返って来たのは重々しい声だった。


「それはズールの希望か?」


「いえ、違うけど」


「ならまとわりつくな。うっとうしい。殺されたいのか?」


 ベルサリオの凍りついた顔は見ものだった。彼女は恐怖に後ずさりすると、不意にそんな己を恥じたようにむしゃくしゃと怒り出し、大男に怒鳴った。


「何よ! あんたズールの何なのさ! この岩男!」


 巨人はそっぽを向いた。


「それがしはズールの親友だ。名はダルゲゾン。岩男などではない」




 その二日後、6人目が到着した。25、6歳の太っちょだった。


 赤いおかっぱ頭に二重顎で、目や鼻、口は脂肪に埋没しかかっている。やって来てから片時も忘れることなく干し肉を食べており、そのかすを黄緑色のブリオーで拭いている。腹は信じられないほど出っ張っていて、ベルトが窮屈そうだ。赤いブレーにはち切れそうな長靴下である。


 チャベスに唾を飛ばしながら話しかけていた。


「食えるなら何でもやる。道化芝居見たいか? 何なら特別に僕の上等な傑作を披露するよ。ただその代わり、終わったら腹一杯食わせてね」


「ブロニッカ様、芝居の必要はございません。腹一杯とはいかないまでも、それなりの食事はご用意させていただきます」


「本当? ねえ、本当?」


 チャベスは布で顔を拭った。この召し使いにしては珍しく、迷惑そうな表情を(ひらめ)かせていた。




 ハイドロ、ベルサリオ、ダルゲゾン、ブロニッカ。彼らもまた随伴者と切り離され、この館で与えられた部屋に一人で寝泊りすることになった。オレが聞いて回ったところによると、どいつもズールの手紙で呼び出されたことを認めた――内容まではつまびらかにされなかったが。また、彼らは館主グランザルと面会したが、いずれも立ち話だけで済ませられ、何を質問してもはぐらかされたようだ。


 やはり「全員」揃うまでは無理か。オレは結局この館で何をさせられるのか、分からないまま時を過ごした。




 最後に来たのは2人連れだった。一人はズールによく似た背丈の、畑の案山子(かかし)のようにひょろ長い手足を持つ男。20代半ばに見える。腕を常に折り曲げているのは長さを悟られぬためか。茶色の髪はうなじ辺りで刈られ、ボサボサ。死んだ魚のような目は光がなく、鼻は顔面に埋め込まれた塔のように末広がりだ。着ているのは胸元で留めた赤いマントルに、丈の短さに反して袖が長すぎる黄色いチュニック、同色のブレー、先の尖った豚皮の靴。短剣を帯び、右腰に丸めた鞭をぶらさげている。


「ようやく辿り着きましたねぇ、エスロビ」


「はい、ラフィーク様」


 エスロビはラフィークの右側について手を握っている、紅顔の少年だ。年は15歳ぐらいか。赤みがさしたリンゴのような頬にぱっちりした瞳。髪の毛はブラウンで癖毛であり、月桂樹(げっけいじゅ)の冠を幾重にも被ったみたいだ。尖った鼻と小さな唇が成長期の男子の特徴を体現している。オレンジ色のブリオーは襟元が広く、シェーンズの白い(ひだ)が首周りに連なっていた。袖はなく、肩から先は剥き出しになっている。薄くて白い長靴下に犬か狼か、その皮をなめした靴を履いていた。


 オレはそのエスロビの姿に、すっと血の気が引いた。彼はその右肩に奴隷の烙印を押されていたのだ。オレは思わず自分の肩を押さえる。両親に売られた辛い記憶と、そのおかげでズールに拾われた幸せな記憶が交互に重なり合っていく。


 応対に出たチャベスは困った顔をした。


「すみませんが、ラフィーク様のみズール様にお呼ばれしたはずです。そちらの奴隷の少年は関係ないかと。彼には鑑札を発行しますので、ふもとの宿屋まで戻ってそこで待機されるようお願い致します」


 エスロビがラフィークにすり寄る。ご主人様は奴隷の頭を撫でてにっこり笑った。


「そうはいきませんねぇ。二人一緒でなければ立ち去るまでですねぇ」


 割と強情だ。チャベスは引き下がらない。


「しかし、グランザル様が何とおっしゃられるか……」


「構わぬ」


 いつの間にか現れたグランザルが、ラフィークに近づいていった。ただならぬ雰囲気が両者の間に流れる。


「仕方あるまい。どうせラフィークが最後の客じゃし、特別にいいじゃろう」


 何と許可が出た。ラフィークは軽く頭を下げた。


「すみませんねぇ。――ときに、『最後の客』ということは、そこの娘たち――」


 爬虫類(はちゅうるい)のような目がオレと、すぐ隣のベルサリオに向けられる。うげっ、気持ち悪い。


「それと、そこのお兄さん――」


 畑をいじって遊んでいたハイドロが応じた。


「ども」


「彼や彼女らも、この館のお客さんということですかねぇ?」


 グランザルは深々とうなずいた。その顔は喜悦に満ちていた。


「そういうことじゃ。これで『全員』揃った……」


 その楽しげな口調に、オレは思わずはっとする。グランザルはうやうやしく一礼した。


「我が『死の館』へようこそ、ラフィーク。これで遊戯が始められる。美しく、面白い、血にまみれた――そんな遊戯がな……」




「ここに、クラネア、ガドニス、ハイドロ、ベルサリオ、ダルゲゾン、ブロニッカ、ラフィークの7人の人間が集まった。果たして全員無事でいるか、死んではいないか、道中何事もなくここまで来れるか……。(うれ)いは尽きなかった」


 グランザルはチャベスに元聖堂へ椅子を並べさせ、自分を囲むようにオレたち7人を座らせた――ラフィークの右にエスロビがついているが。


「しかし、さすがはズールの暗殺者たち。強運とそれぞれの力とで道を切り開いてきた。まずは遠路はるばるご苦労だった。金貨8枚、それでは足りないほど感謝しておる」


 何だ、全員に渡したのか。今でも干し肉をかじっているブロニッカには、新たな飯の種となっただろう。それにしても『ズールの暗殺者たち』とはね。やはり全員そうだったのか。


「では、ズールに頼んでここに皆を呼び集めた目的を語ろう」


 両手を後ろで組み、軽く微笑んだ。


「まず――わしは大海賊『骸骨(がいこつ)』の元頭領だ」


 その告白に、オレもガドニスも、あの岩のようなダルゲゾンでさえも――みんな目を剥いて驚いた。


 大海賊『骸骨』。その名を知らぬものはいなかった。海上貿易にいそしむ各国商船は、どれも残らず『骸骨』の襲撃に怯えているという。この10年ほどで急速に勢力を拡大し、海の上では敵なし。撲滅(ぼくめつ)に動いた各国連合の船団さえ一網打尽(いちもうだじん)にして、海の藻屑(もくず)と化さしめたという。


 まさに商人の敵、国家の敵。(たく)みに本拠地を変えるため、今現在もなお出没を予測するのは難しいらしい。ただ、近年は大人しくなったと言われているが……


 ベルサリオが挙手した。白いほっそりした手だった。


「あんたが頭領だったという証拠は?」


「金貨8枚を全員に配った。数年前、この元修道院を買い取った。それで納得してもらうしかないな」


 まあ確かに、並みの財力で出来ることではない。それにグランザルの醸し出す風格、威厳、底の見えない実力といったものが、何より明敏(めいびん)に大物ぶりを示していた。とてもそこらの老人が一朝一夕(いっちょういっせき)に身にまとえるものではない。

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