0010暗殺者たちと孤高の王
オレたち7人の客は、溜め息をついたり天を仰いだりうなったりと、老人が明かした正体を各々噛み砕こうとしていた。
グランザルはその様子を一渡り眺めてから、しわぶきを一つした。
「さて、わしはこの通りすっかり痩せてしまった。というのも、老いて抵抗力がなくなり、流行り病をこじらせてしまったのだ。医者によれば余命いくばくもないという」
これまた、オレはびっくりしていた。とても死ぬ寸前には見えないほど――確かに肉はついていないが――、老人は健康そうに思えていたからだ。
「わしには『骸骨』頭領時代に築いた、莫大な財産、財宝がある。だがそれは冥土にまでは持っていけぬ。わしはこれを未来ある誰かに託すべきだと考えた。そしてどうせなら、ただ死を待つより、生きているうちに誰かに殺された方が、悪行三昧を尽くしてきたわしにはふさわしいと考えた……」
グランザルの口調は荘厳で、嘘をついているようには思われない。
「そしてわしは、知り合いのズールに依頼し、その仲介で働いた7人の暗殺者たちをこの場に呼び寄せたのだ。わしを殺してもらうためにな。そして、わしの命を奪うことができた者一名に、財宝を与えようと決意した。宝の在り処はわしとチャベスしか知らぬ。条件はこうだ」
1.必ず一人で暗殺に及ぶこと(協力してはならない)
2.毒は使わないこと
3.暗殺に及んだ場合のみ、グランザルの抵抗・反撃に遭って殺される覚悟をすること
4.チャベスをさらったり危害を加えたりしないこと(違反した場合、遠慮なく殺させてもらう)
5.期限は7日後の日没までとすること
以上を厳守して見事わしを殺した者に対し、チャベスが条件達成を確認した上で、財宝のありかを教える……
さしもの豪胆な、肝の座ったオレたちも、これには呆気に取られていた。これが彼の言っていた、「美しく面白い、血にまみれた遊戯」ということか。途方もない話であり、開けっ放しの口を閉じるのにも苦労する。
ガドニスがとんでもないことを言った。
「なら7人全員総がかりでグランザルを殺し、チャベスを拷問にかけて宝のありかを吐き出させれば、分け前を7等分出来て話も早いだろうぜ」
しかしダルゲゾンは首を振った。岩石のこすれる音がしないのが不思議に思われるほど、その顔は角ばっている。
「戦いは常に対等で、一対一であるべきだ」
ハイドロが口笛を鳴らした。明らかに今回の仕事を面白がっている。エスロビに次いでの若さゆえか。
「とてつもない依頼だな。こんなのは生まれてこの方初めてだ。でもどうせならズールを同席させてほしかったけど」
館主は苦笑した。
「お主らのズールへの信頼は篤いのじゃな。奴なら以前にも語ったとおり、わしが殺されるか、期限が過ぎるかすれば、チャベスの早馬でここに現れる。それで勘弁してもらおう」
太っちょのブロニッカが干し肉を食べ尽くしたようだ。
「話は分かったけど食い物はないの? 腹が減って死にそうだよ」
どんな胃袋をしているんだろう? オレは呆れた。グランザルが全員に告げる。
「では夕食といこうか。この全員の無事な集結を祝して、盛大に。今夜からはわしも食卓に同席させてもらおう」
オレたちは食堂へ歩き始めたグランザル主従に続けとばかり、席を立って彼らの背中を追った。ガドニスが珍しく感嘆した。
「全然隙がないな。本当に死ぬ寸前か?」
ラフィークが右手でエスロビの左手を引いた。
「今日はいくらでも食べなさいねぇ、エスロビ」
奴隷の少年は喜んで、無邪気な笑顔を相貌にのせた。
「ありがとうございます、ラフィーク様。ボク、お腹ペコペコだったんです」
そうして夕食会が始まった。今まで毒見はチャベスのみだったが、今回からグランザルも加わる。二人して指定された食べ物や水に手をつけた。それを見届けた者たちは安心して、それぞれ料理に手を伸ばす。
ベルサリオが嬉々として卓上の焼肉を見つめた。
「今日は豪勢ね」
羊が一匹絞められ、食卓に供されたのだ。ブロニッカが骨付き肉にかぶりつく。
「美味い、美味い……」
ガドニスがゆで卵の殻を剥いている。
「グランザルは僕たちを暗殺者だとおっしゃったが……本当にそうなのか、みんな。全員ズールの元で働いていたのか?」
返事はない。もはやそれは当然の認識だった。ラフィークがにやりと笑う。
「小生は暗殺者ですよ。そうですよねぇ、エスロビ?」
エスロビは果物をかじりながらうなずいた。
「え、あ、はい。ラフィーク様はそうです」
オレはここは試しにと聞いてみる。
「暗殺者としての異名は? 仕事の請け負いを、まさか本名で行なっているわけじゃないだろう、ラフィーク?」
普通はこの問いには答えない。異名から暗殺者としての得手を推察される恐れがあるからだ。現にグランザルは身を乗り出して聞き入っている。興味深いのだろう。
ラフィークはしかし、あっさり吐き出した。
「小生の異名は『蟷螂』です」
蟷螂、つまりカマキリか。確かに彼の手足の長さは尋常ではない。オレは重ねて問いかけた。
「それはズールの名づけか?」
「いいえ。小生が便宜上、名乗り始めましたねぇ」
ラフィークはエスロビに肉を切り分けつつ、オレに聞き返した。
「小生は名乗りましたよ。貴女は教えてくれないのですかねぇ?」
「ズールに再会したら聞けばいい」
オレはずるくもそうかわした。オレの異名『迅雷』は、それだけでは短剣の投擲に結びつかないが、連想される可能性がないわけではない。ラフィークは追究しようとはせず、パンを口に運んだ。
「ズールの下で働いた凄腕の暗殺者たち7人と、大海賊『骸骨』の元頭領による、奇妙な殺し合い。くくく、これは確かに楽しくなってきましたねぇ」
オレはこれからのことを思ってやや暗鬱な気分に落ち込んでいた。
(二)
俺が10歳の頃の話だ。家業の習得という目的もあって、俺は商人である両親と共に隊商の馬車に揺られていた。故郷より遠く離れた王都への旅。買い付けた宝石類の運搬で、総勢20名ほどの商人に護衛の騎馬が10名くらい付き添ってきていた。
その道中、お袋は俺に将来のことを話した。馬車の外にはうっそうたる森林が広がっている。
「レジム、よくお聞き。お父さんのような立派な人間になるには、素早い計算力と様々な顧客対応、商品の適宜買い付け、そして何より幅広い人脈の構築が必要です。あなたには6歳の頃からそれらを教えてきましたし、この先もまた学習してもらわねばなりません。立派な跡取り息子として、恥ずかしくないように成長するのですよ」
「はい」
俺は目の前で馬に乗る親父の背中を眺めた。幅広く、いつも大きいそれは、しかし心なしか震えている。
「何でお父さんは怯えているの?」
お袋は俺の頭を抱き寄せた。
「この辺りには凶悪な盗賊団『カラス』が出没するから気をつけろ、と、組合の要員から注意されていたからです。でももう大丈夫。もうじき森を抜けますから……」




