0011暗殺者たちと孤高の王
古代の人間がこしらえた長い街道は、しかしいつまで経ってもなかなか終わらなかった。俺は迫りつつある夕闇の不気味さに、まるで両親の恐怖をうつされたかのように身を震わせる。
そして――
「うわぁっ!」
暗いから直前まで分からなかった。前方の道を、左右の木に渡るように縛り付けられた縄が塞いでいたのだ。親父の馬はそれにぶつかって前のめりになり、続く俺たちの馬車に衝突した。派手な破砕音と共に木製のそれは壊れ、俺とお袋はつんのめって転げ落ちた。
「レジム! ランダ! 大丈夫か?」
親父が俺とお袋の名前を呼ぶ。それを突如周囲から湧き上がった人間の雄叫びがかき消した。隊商の人員が恐れをなして口々に悲鳴を上げる。
「盗賊団だ!」
「『カラス』の襲撃だ!」
「ひええっ! 助けて……!」
それらの声はたちまち、断末魔の叫びに取って変わった。俺は呆然と、人々が虐殺される地獄の中で立ち尽くした。お袋は馬車から転落した際に頭部を強打して、全く動かなくなった。親父は黒装束の覆面にすぐさま斬り殺された。守ってくれるはずの騎馬は弓矢の一斉射で次々に倒された。
『カラス』の面々は俺以外のあらゆる大人を殺戮すると、きびきび行動した。財貨の入った箱を積み出し、奥からやって来た仲間の荷馬車に担ぎ入れる。空になった、もしくは壊れて使い物にならなくなった隊商の馬車を、数人がかり道路脇に捨て去った。そして俺の存在には目もくれず、あっという間に馬に乗って走り去っていった。実に熟練された、見事な手並だった。
俺は暗闇の中、突然自分の人生をねじ曲げられて、大切な人たちを皆殺しにされて、衝撃と無常感とで一杯になっていた。震えは止まらず、全身虚脱して抜け殻のようになり、ただ孤独に泣き続けた。
そこへ彼らが現れたのは、いったいどれくらいの時が過ぎ去った後であったろう。少なくとも夜はまだ明けていなかった。燃え盛るたいまつを手に、馬に乗った多くの若者が近づいてきたのだ。俺は泣きじゃくりながらその一団を見上げる。誰も彼も未成年――10歳から14、5歳の男女であった。
その中でもひときわ目立ったのは、非の打ち所のない外見の、眉目秀麗な少年だった。腰に長剣を佩き、髪の毛は金色で獅子のたてがみに似ていた。年齢は15歳くらいか。
「おい、そこの子供。生き残りはお前一人か?」
俺は盗賊団がまた帰ってきたのかと怯えながら、涙を流しつつうなずく。彼は馬から降りると、くつわを取りながらそばに寄ってきた。
「この惨状……どうやら『カラス』にやられたようだな。お前、名前は?」
俺はこわごわ答える。
「レジム」
「俺はセグリット。警備団『陽樹』の頭だ。どうやら生き残りはお前一人のようだ。怖かっただろう? でももう大丈夫だ」
どうやら助けてくれるらしい。俺は嗚咽を漏らし、セグリットの手を借りてようやく立ち上がった。彼は仲間たちに何やら合図すると、俺を馬に乗せ、自分も飛び乗った。
「俺たち『陽樹』は王都の覇権争いに踏み込んでいる。今は一人でも仲間が欲しい。これも何かの縁だ、一緒についてこい」
そう言って馬に鞭を入れ、走り出した。ぞろぞろと集団がついてくる。俺は落馬しないようセグリットの胴にしがみつきながら、どこへ行くのかも知らぬまま運命に身を委ねた。
着いた先は王都だった。厩に馬を預けると、セグリットはエウーズという、ナンバー2らしき部下の少年と共に、『陽樹』の面々と離れた。どこへ行くのか分からないまま、俺は2人の後についていく。エウーズは俺を元気付けようとしてか、陽気に話しかけてきた。
「どうだ、この服。面白いだろう、レジム」
何でも道化師を装って奇抜な格好をするのがエウーズの趣味だという。彼の顔はひょうたんのように不細工この上なかった。容姿端麗なセグリットと並ぶと特にその酷さが際立つ。襟元と袖で黄色いシェーンズを見せつつ、青いチュニックに琥珀色のブレー。膝から下は布で長靴を巻き付けている。長剣を腰紐から提げていた。
「おいらやセグリットは『陽樹』を立ち上げてまだ一年にもならない。それでも商人たちから重用されてるんだ。『カラス』は職人組合の手下だと言われてる。隊商を襲って金品を巻き上げ、職人組合に上納するのが奴らの仕事なんだ」
しばらく歩いて、セグリットがようやく足を止めた。広壮な官舎が目の前に建っている。彼は門番に顔を見せただけで内部へ通された。俺とエウーズも後に続く。階段を上り、2階の一室で扉を叩いた。
「セグリットです。ウィーゼルさんの隊商の末路が判明いたしました」
「入れ」
ドアを開いて入室すると、ちょうど2人の肥満体の男が向き合って会話しているところだった。俺を一瞥して怪訝な顔をする。
「そいつは?」
「隊商の生き残り、レジムです。年は10歳とか。今回は彼の『陽樹』入団もお願いしにきました」
それからセグリットは、俺の親父やお袋の隊商が『カラス』に襲われて、俺以外全滅したことを報告した。右側の男がうなる。
「ウィーゼルは死んだか……。惜しい男を亡くしたものだ。今後も『陽樹』としてしっかり『カラス』撲滅に動いてくれ。その子供の登録を許可する。……下がってよい」
「はっ」
セグリットは俺とエウーズをうながして室外に出た。俺は建物から出る際、彼に聞いた。
「今の大人たちは?」
「商人組合の重鎮の方々だ。『陽樹』は彼らの支援の下、盗賊団――特に『カラス』――の情報収集と殲滅を目的に結成された。一ヶ月前には『カラス』と交戦し、奴らを敗退させたこともある」
あの盗賊たちを――大人たちを、こんな子供たちが? 俺は自分もまた若いことを忘れ、素直に感嘆した。セグリットは俺の頭を撫でた。
「レジム、両親の仇を討ちたければ『陽樹』で強くなるんだ。その方法を皆で考え、共有し、実践していく。お前の命は俺たちが預かった。共に生きるぞ。全力でついてこい」
そうして俺は『陽樹』の人員に組み込まれた。
その後は毎日があっという間に過ぎていった。『陽樹』団員としての礼儀作法と戦闘方法を訓練され、時に隊商を守ったり、時に王都周辺で盗賊団と交戦する。俺が人を殺めたのは11歳のときだった。手傷を負ったこともあったが、幸いいずれも軽傷で済んだ。
『カラス』とはなかなか出くわさなかった。王都へ来るはずの隊商を迎えに行ったら、既に連中に襲撃・殺害されていた――ということが何度かあった。そのたびに俺は悔しさで胸が塞がれた。両親の仇、『カラス』。俺はいつしか、その滅亡を念願するようになった。
セグリットたちとの出会いから3年が経過した。13歳になった俺は、ある特殊な技能を得るに至る。それは驚異的な肺活量と呼吸方法、身体能力を活かした、人間離れした潜水能力だった。ある春の日、誤って川に転落した際に、自分が魚のように動き回れることに気付いたのだ。18歳のセグリットはそれをほめそやし、「お前は水の中を蜘蛛のように動けるな」と評した。




