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0012暗殺者たちと孤高の王

 そして季節が移り変わろうとしていた際、彼は俺を教練場から呼び出した。見晴らしのいい街角で密談する。目の前に広がる(みやこ)の景色は穏やかで、商人組合と職人組合の血で血を洗う抗争など夢幻のように思えた。


「実はお前の強力な水泳能力を頼んで、一つ成し遂げてほしいことがある」


「何ですか?」


 セグリットは声を低めた。周囲をうかがいながら俺にささやく。


「暗殺だ」


「暗殺……?」


 何でもある強力な権限を持つ職人組合の幹部がいて、名をリューカスという。あの『カラス』の立ち上げにも関わったとされる重要人物だ。商人組合にとって目障りこの上ない。そしてこいつは健康に人一倍気を使い、毎日川沿いを散歩するのだという。


「レジム、お前の実力を見込んで言うんだ。川の中から忍び寄り、散歩するリューカスの目の前に現れて、奴を暗殺してくれないか。これはお前にしか出来ない仕事なんだ」


 初夏の生温い風が吹き渡った。やってやれないことはない、と俺は思う。セグリットに拾ってもらった恩を返すのは今このときだろう。俺はうなずいた。


「分かりました。やってみます」


「そうか、そうか」


 セグリットは俺の承諾に顔を(ほころ)ばせた。




 まずは予行演習ということで、セグリットは副団長のエウーズに対し、川岸を歩くよう命じた。もちろん何のためかは告げていない。


 ブレーのみというやや恥ずかしい恰好ながら、俺は水中に潜行した。夕暮れの川の水は冷たかったが、気力で我慢だ。エウーズが歩いているその背後から、ゆっくり目測をつけて接近していく。そして――


 俺は一気に川べりに躍り上がると、水飛沫の音に驚いて振り返るエウーズに向かって、体当たりを敢行(かんこう)した。


「わっ!」


 エウーズがびしょ濡れの俺に倒され、何が何だか分からず驚愕する。本番ならば俺の手には短剣が握られ、リューカスの腹に突き刺さっているというわけだ。


「レ、レジム? これは一体どういうわけだ?」


 そこへ笑いながらセグリットがやって来た。俺と一緒に仕掛けたドッキリに何とも楽しそうだ。ネタばらしをする。


「勘弁してくれよな。びっくりしたじゃねえか」


 すっかり肝っ玉を冷やすエウーズに、俺もセグリットも爆笑した。だがこれで準備は万端整った。後は本番をしくじらないようにするだけだ。




 暗殺決行の日が訪れた。空は晴れており、リューカスが散歩を取りやめるようなこともなさそうだ。セグリットが計画の再確認をした。


「俺は桟橋(さんばし)の舟で脱出口を作って待っている、レジムはエウーズと連携し、リューカスの到来を待ち受けてくれ。じゃ、万事ぬかりなく、な」


 彼はそう言って俺たちと握手すると、港へと向かった。俺は覆面をして抜き身の短剣を手にし、外套をまとって森の中に潜む。エウーズの口笛が合図で、それはリューカスの登場にあわせて鳴らされる予定だ。それを耳にしたら水中へ飛び込む。後は上流からリューカスに追いつき、刺殺するだけだ。


 全ては刹那(せつな)の瞬間の勝負。俺はさすがに軽く心臓を躍らせながら、そのときを待ち続けた。


 だが――


 森の中で石のようにうずくまる俺の元へ、何とエウーズが駆けて来た。口笛を鳴らさず、だ。


「大変だレジム。リューカスが現れたんだが、奴は護衛2人を引き連れているんだ。奴一人じゃない、3人が並んで歩いている。どうやら暗殺計画はばれているらしい」


 俺は彼の額から噴き出す汗を眺めた。どうも本当のことのようだ。エウーズは走ってきた疲れでぜいぜいと息をしている。俺は聞いた。


「でもリューカスは川沿いを歩いているんですよね?」


「ああ」


「なら問題ない。決行します」


 エウーズが愕然とした。さすがに無茶だと判断したのだろう。


「やめとけ。返り討ちに遭うぞ」


「平気です。これでも『陽樹』の団員ですから」


 俺は外套を脱ぎ捨てて半裸になると、エウーズの制止も待たず、川の中へ飛び込んだ。短剣を握り締めながら標的抹殺を誓う。川の流れと自分の泳ぎとで、あっという間に予行演習の場所に差し掛かった。目を水中から出してリューカスを見定める。


 いた。確かに前後を大柄な男たちが守っている。


 俺は心臓の鼓動が早まるのを感じながら、後はもう潜水して近づいていった。慎重に距離を(はか)る。そして真横についたと見るや、一気に川べりへ躍り上がった。


「何だっ?」


 リューカス――猿に似ているとの情報通りの男――が、護衛と共にこちらへ振り向いた。俺はずぶ濡れで冷えた体を燃焼させ、対象の胸に鋭い切っ先を叩きつけた。


「がはあっ!」


 標的の男は血を噴き出しながら、致命傷を手で押さえて仰向けに倒れる。それを確認するや、俺は再び川に飛び込もうとした。


「おのれっ!」


 2人の護衛が同時に俺へ斬りつけてきた。避けられない! 間一髪で深手(ふかで)こそ逃れたものの、俺は肩口を刃で裂かれてしまった。激痛が走る。


「くっ……」


 水飛沫を上げて再度水中の人となった。俺は上流から下流へと一目散に逃走し、セグリットの待つ波止場へと向かう。


 血が噴き出す傷口は広がって、俺に更なる苦痛をもたらした。それと共に全身の関節が凝り固まってくる。俺は必死に手足を動かしつつ、息継ぎの誘惑に耐えながら、目的地へと急いだ。計画では、セグリットは黄色い旗を立てた小舟で俺の到着を待ちわびているはずだ。それに乗れば後は安全となる。そのときを目指して、懸命な潜行を続けた。


 だが――


 港にはセグリットの舟はなかった。多数の貿易船や漁船が停泊し、そのうちのいくつかは荷揚げ・荷下ろしの作業を行なっている。水夫たちの掛け声で色々騒がしい。そしてそこに黄色い旗の舟など、一艘(いっそう)も見当たらなかった。


 それだけではない。長剣を()いた5人ほどの番兵たちが、番犬をともなって桟橋(さんばし)をうろついていたのだ。この動きはおかし過ぎる。十中八九(じゅっちゅうはっく)俺を捕らえようとしていることは間違いないが、時間的にいって、川をまっすぐ泳いできた俺より早く、リューカス暗殺の下手人を探せるわけがないのだ。標的の死の一報がこんなに素早く届くなどありえないはずだ。


 俺は帆船の陰に隠れながら、頭を水面より上に出して、新鮮な呼吸を味わった。そうしながら考える。


 セグリットが俺を裏切った――


 結論はそれだった。リューカスについていた護衛といい、この番兵たちといい、暗殺計画は事前にばれている。この話はごく一部の者しか知らないはずなのにもかかわらず、だ。喋った人間は――さっきのエウーズの慌てぶりからして彼は違うだろう――セグリット以外にいない。


 俺は罠に(おとしい)れられたのだ。それはとても衝撃的で、俺は心の()り所を一辺に失った気持ちにさせられた。


 だがそれは懐かしい感覚でもあった。父と母を殺されて一人泣いていたあの夜のように、また何もかも失っただけだ。


 ともあれ、むざむざ捕まるわけにもいかない。何で俺を裏切ったのか、セグリットに聞きたい気持ちもある。だが肩の傷の酷さから考えるに、ここからひと気のない場所を探して泳ぎ続けるのは無理があった。となると、どうやって番兵たちの包囲網をかいくぐるか、となる。

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