0013暗殺者たちと孤高の王
俺は熟慮した。やがて一計を案じる。覆面を取り去って肩に縛り付けると、俺は再び水中深く潜り込んだ。そうして、壮年の男3人が引き揚げようとしている投網に近づき、無理矢理腕を絡ませた。目を瞑り、あたかも死んでいるかのようにぐったりしてみせる。網はぐいぐいと水面上に引き寄せられた。
「な、なんだ?」
男たちが叫んだ。自分たちの仕掛けに人間の少年が引っ掛かっていると気付いて、驚愕を隠せなかったのだ。俺はすぐさま桟橋の上にのせられ、騒ぎに気付いた番兵たちが近づいてくる足音を聞いた。俺は失神したふりをしながら、静かに息を吸い込んでぴたりと呼吸を止める。
「何だ、どうした、お前ら」
番兵が慌てふためく漁師たちを問い詰めた。男たちは答える。
「それが、うちらの投網にガキが引っ掛かっていて……。おい、どうだ? 死んでるか?」
俺を調べる人々が異常事態に気付いたようだ。
「大変だ。体はまだ温かいが、呼吸していないぞ!」
「溺死しているわけでもない……。こんなことってあるのか?」
「訳が分からないが、ともかく医者のところに運ぶんだ!」
番兵が制する。
「待て待て。こいつは12、3歳に見える若さだが、事前の情報どおりだ。たぶん『陽樹』の一員に間違いない。番犬は反応しないが……」
ずぶ濡れの俺は匂わないのだろう。番犬が噛み付いてくる、といった気配はない。
漁師が叫んだ――ありがたいことに。
「このまま見殺しになんて出来ませんよ! 番兵さんも、こいつが死んだら何も聞き出せませんよ?」
これは効いた。番兵は「まあ、な」と溜め息をつく。
「よし、分かった。俺たちのうち2名と同行して、街の病院へ担ぎ込むんだ」
こうして俺は、本来溺死者のための担架に載せられ、王都の中へ運ばれていった。俺としては一種の賭けだったが、とりあえず最悪の展開である斬殺をまぬがれて内心ほっと一息つく。後はどうやって逃げ出すかだが、もちろん夜の闇に紛れてのことだと心に決めていた。
呼吸を止めたままぐったりと、あれこれ思案していると、そこで聞き覚えのある声がする。
「おい、そこの担架、待て!」
リューカスの護衛たちのものだった。これはさすがにまずいと、俺は全く身動きせぬまま焦燥を募らせた。
護衛たちは馬に乗っているらしく、蹄の音が接近してくる。標的を暗殺したときは覆面をしていたから顔はばれていないはずだが、格好がブレーのみなので怪しまれるのは当然だった。しかも肩に傷を負っている。番兵2名が護衛たちに事情を打ち明ける隙を狙い、一か八か起き上がって逃げてしまおうか。俺はそこまで追い詰められていた。
まさに絶体絶命の危機――
だが、そのときだった。全く知らない声が割り込んできたのだ。
「ラクシャ! ラクシャじゃないか! おお、なんて可哀想な……!」
それは30代前半らしき男のものだった。どうやら俺のことをラクシャと呼んでいるらしい。事態の推移についていけず、俺は固まったまま動けない。男は俺の腕を掴んで揺さぶると、リューカスの護衛2人と港の番兵2人に、泣き声で訴えた。
「この少年は俺の息子のラクシャです! 今朝方漁に出たまま戻ってこなかったため、今埠頭へ問い合わせに出かけたところでした。心配が的中してしまった……!」
護衛が困惑しながら問いかけた。
「お前、名前は?」
「俺はバンジョーと言います。ああ、何てことだ、息をしていない! でもまだ体は温かい。助かるかもしれない! 大変だ、早く、早く病院へ――!」
番兵が執拗にバンジョーに尋ねる。
「本当にお前の息子なんだな? 『陽樹』の団員ではないのだな?」
バンジョーは号泣しながら「はい、はい」とはっきり応じた。
これが決め手となったか、護衛たちは番兵2人に命じた。
「リューカス様殺害の下手人を追う。港へ行くぞ!」
「はい!」
どうやら俺は人違いで見逃されたらしい。ほっと安堵の溜め息が出そうになり、慌ててこらえる。面倒な連中が去った後、バンジョーは漁民たちを急かした。
「皆さんありがとうございます。俺も手伝いますので、早く医者に見せに行きましょう」
担架は持ち直され、俺は再び病院までの道を揺られていった。
俺は九死に一生を得たわけだが、このバンジョーという男がなぜ俺を助けたのか、その目的は奈辺にあるのか不可解だった。俺はちらりと薄目を開けて彼の顔を見たが――やはり記憶にはない。赤の他人だ。
俺は大人たちに担がれて病院にたどり着いた。ベッドに寝かされた時点で、さすがにこらえ切れなくなり、大きく深呼吸する。これには漁民も医者もバンジョーも喜んだ。俺は今目覚めたとばかりにしらじらしく両目を開け、バンジョーに笑顔を向ける。
「父さん……!」
無論こんな見ず知らずの男が父な訳はない。親父は3年前に『カラス』に殺されている。ここは彼のでっち上げに合わせたのだ。バンジョーも呼吸を合わせた。
「ラクシャが目覚めた! ありがとうお医者様、担架を運んでくだすった方々!」
周囲に感謝の念を振りまき、握手して回った。さっきの嘘泣きといい、見事な演技だった。彼が俺に優しく話しかける。
「……ラクシャ、落ち着いて聞きなさい。ここは王都の病院。お前は恐らく漁業中に舟から転覆し、意識をなくして漂っていたところを、この方々に救われたのだ。……そうですね、皆さん」
漁師たちは苦労が報われたことに感激している。
「良かったですな、バンジョーさん」
「これはほんのお気持ちです」
バンジョーは漁民に何かを握らせた。硬貨の音がしたから、きっと金だろう。
「もう息子は大丈夫です。ありがとうございました。お仕事を邪魔してしまい、本当に申し訳ありませんでした」
彼らが思わぬ収入にほくそ笑んで帰ると、医者は俺の肩の傷を糸で縫合し始めた。激痛に全身が引きつったようになるが、俺は何とか声を抑えた。
「これでいいだろう」
医者は包帯を巻くと、バンジョーと俺に対して質問する。
「もうラクシャ君は大丈夫です。ただ衰弱が激しいようですから、一晩ここに泊まっていきますか?」
バンジョーは柔らかく拒んだ。
「いえいえ、ラクシャは元気そうですし、このまま自分の屋敷まで戻って休ませたいと思います。ありがとうございました」
そう言って、医者に診療費・施術費を若干上乗せして渡す。かなりの額だったのだろう、医者は驚いていた。
「こ、こんなに……」
「気持ちです、気持ち。さあ、寒いだろうラクシャ。俺のブリオーを着るんだ」
上着を脱いで俺にまとわせる。当然ぶかぶかだった。そうして、俺を連れて退院した。
あまり見覚えのない街角を通りながら、俺は窮地を救ってくれたバンジョーに、道すがら尋ねた。
「一体あんたは何者なんですか? どうして俺を助けたんです?」
バンジョーは小声で返してきた。それにしても大きい男だ。
「俺はバンジョーという名前ではない。実はズールというんだ。10日前、リューカスの暗殺を『陽樹』のリーダーであるセグリットに依頼して承諾された。あいつはリューカスの毎日を観察して、標的の日課――川べりの散歩に気が付いた。そこで、潜水能力のやたらと高い13歳の少年――名をレジムというらしい――がいるので、彼に任せてみることにした――と、これはお喋りのエウーズから昨日聞かされた次第。彼はリーダーが潜水少年を波止場の舟で回収する予定であることも教えてくれた。そして、決行が明日――つまり今日であることも、な」




