0008暗殺者たちと孤高の王
オレはさっき覚えた戦慄からまだ抜け切れず、脂汗がこめかみから頬へ伝い落ちるのを放置した。
「グランザル、オレはズールからの依頼でここに来た。チャベスから聞いたが、この館に住むのが仕事だって言うのか?」
「さしあたってはその通りじゃ」
今度はまともに答える。
「前金じゃ」
もう一方の手に握っていた布袋を、突然こちらに放ってきた。オレは金属音を立てるそれを受け止める。用心しながら中身を確かめた。ひい、ふう、みい……8枚の硬貨が入っている。全て金貨だ。
「大金じゃないか」
「遠くからわざわざ来た客人に対しての、それはわしからの礼儀じゃ。仕事とは別に、な。そしてわしが依頼する『本当の仕事』は、そんな金がちっぽけに思えるほどの莫大な報酬を約束するんじゃ。ともかくチャベスが万事案内するから、その通りにここでのんびり暮らしておればよい。『全員』揃ったそのときこそ、わしの真の依頼を打ち明けよう」
オレは試しに金貨を噛んでみた。歯形が残る。どうやら本物らしい。
「これがズールの意志か?」
「そうじゃ」
これに渋々ながら、オレは納得した。
オレの館での生活は淡々と過ぎていった。食事は質素で、これは後に集う方々のために節約せざるを得ないからだ、とチャベスは弁明した――聞いてもいないのに。何にせよ、聖堂裏の食堂ではオレ一人だけの食事が行なわれた。グランザルは「全員」揃うまでは同席しないと言う。
「なあチャベス、オレのことはどれだけ知ってるんだ? 一目でオレをクラネアだと見抜いたよな?」
給仕も務めるチャベスが答えた。
「大雑把な見た目とお名前のみです。後はグランザル様から何も聞かされておりません。『全員』揃うまでは私も教えてもらえない運びとなっております」
「ここに集って何をするのかもか?」
「左様でございます」
一事が万事この調子で、要領を得なかった。しかし敵意は――あの初会見のときの殺気以外――欠片も感じられなかったので、オレは放っておいた。「全員」揃うまでは教えてくれる気がないことも、次第に分かってきていたのだ。
4日目の昼だった。オレは二度と会うこともないのだろうと考えていたある人物に、ここでばったり会った。オレの暗殺の師匠、身軽に登り疾風のように走るあの懐かしき男――『飛燕』だ。彼はチャベスに元聖堂へ導き入れられたところだった。オレは声をかけた。
「おい! 久しぶりだな」
黒い髪を銀の環で頭上で絞って垂らし、狐のような顔。服装以外は何もかも当時のままだ。『飛燕』はしばし瞠目していたが、やがて目を細めた。
「あのときのお前か。驚いたな。すっかり見違えた……」
どうやら向こうもこちらのことを覚えていたらしい。3年半ぶりの再会であり、お互いの無事に何となく笑ってしまう。
どうしてここに来たのか話し合うと、経緯は似たようなものだった。ズールの封蝋印が押された彼直筆の手紙で、この館を訪問するよう指示された――
オレはしばらく外で待ち、『飛燕』が荷物を落ち着けて出てくるのを待った。やがて彼は現れた。こんな辺境で信頼できる人間に出会えたのは、やっぱり嬉しい。オレはグランザルやチャベスの耳がないことを確認すると、小声で言った。
「オレ、お前だから――『飛燕』だから話すぜ。オレの名前はクラネア。暗殺者としての異名は『迅雷』だ」
『飛燕』はにやりと笑った。同じく抑制した声量で返す。
「よし、僕も名乗ろう。僕の名前はガドニス。異名は――もう知っているな――『飛燕』だ」
ガドニスか。もしこの再会がなければ、一生知らなかっただろう。
「ここでは異名を隠しておこう。あのグランザルがどこまで知って僕らを招き入れたのか、現段階では分からない。何もこちらから手の内を明かすこともなかろう」
「そうだな。連中は何を考えているか分からない。でもオレたちが揃えば鬼に金棒だ。ここは一つ、チャベスを取り押さえて尋問してみるか?」
ガドニスはオレの額を軽く指で弾いた。
「やめとけ。チャベスはいいが、あのグランザルは相当使う。不穏当なことは避けておいた方がいい」
オレは打撲箇所を少しさすりながら食いついた。
「やっぱりそう思うか?」
「ほう、クラネアも奴の実力を感じ取ったか」
「ああ、最初は殺されるんじゃないかと思った」
「上出来だ。多少は暗殺者として練度を高めたようだな」
翌日、館を訪れたのは18歳ぐらいの青年だった。若干幼さが残るものの凛々しい面立ち。大きな瞳には天性の明るさがあり、鋭い鼻梁、色素の薄い唇と相まって女の目を惹かずにはいられない。痩せ気味ながらも引き締まった筋肉は柔軟性に富んでいそうだ。髪は緑がかった黒色で、後ろでまとめて垂らしている。薄い茶色のブリオーと青色のブレー、先の尖った布の短靴を身に着けている。腰には短剣だ。
オレとガドニスが挨拶すると、横柄に返してきた。
「ああ、よろしくな。俺はハイドロだ。ズールに呼ばれて来た」
「……暗殺者なのか?」
「さあな。お前らこそどうなんだ?」
「答えかねる」
「なら聞くな」
続いて現れたのは女だ。ハイドロの来訪から半日と経たなかった。
金髪を結って腰まで垂らし、濃紫色のブリオーの上には、赤地で黄色い刺繍を凝らしたコルサージュをまとっている。長ったらしい袖を縛って小物入れにしていた。身長はオレよりやや上だ。
「あなたたち、ズールはどこにいるか知ってる?」
オレとガドニス、ハイドロは壁に寄りかかったまま、異口同音に答えた。
「さあ」
なのに彼女はオレにだけ反応する。
「ちょっとそこの不細工。同じ女ならもっと丁寧に応えなさいよ」
「オレは不細工って名前じゃない。クラネアだ。お前こそ気付いていないようだが、かなりのブスだぞ」
しかし女は――オレとほぼ同年齢に見える――頬に手の甲を当てて笑った。
「おほほほ。私は絶世の美女だけど、そうであることを隠すためにあえて不細工に見えるお化粧をしているの。これに限らず、仕事の必要に応じて細工を変えるわ。私の素顔にお目にかかった紳士は数少ないのよ。私の名前はベルサリオ。ベルサリオ『様』とお呼びなさい」
オレは言った。
「ベルサリオ、それじゃ素顔見せてくれよ。減るもんじゃないだろ」
「あんたねえ……!」
三日の間隔をおいて次に現れたのは、巨大な山のような、分厚い筋肉をまとった男だった。30代半ばといった印象だ。髪の毛はなく、袖なしの短い灰色チュニックをまとい、紺のブレーを穿いている。膝から下はブーツに入れ込んで上から紐で縛る形。岩場のような眼窩から潰れたがごとき目で周囲をうかがい、箱のような鼻を時折振動させている。唇は薄くて細く、彼の造作の中では唯一まともに見える。拳には拳ダコが出来ていて、ひとたび握れば石をも砕くであろうことが察せられた。
こいつはまたかなりの腕利きだ――と思ってチャベスとのやり取りを眺めていると、ベルサリオが割って入った。彼女は確かに不細工に見える化粧を施していたらしく、今の顔はなるほど美人の範疇に入る。




