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0007暗殺者たちと孤高の王

「分かった。信じてるからな、ズール。オレが信じられるのはズールただ一人だけだ。いつまででも待ってるからな。必ず――」


 なぜかオレは、目の前の恋人と永遠の別離にさらされる予感がした。震える体を叱咤(しった)し、語を継げる。


「必ず来てくれよ、俺の元へ」


「ああ。約束だ」


 かくしてオレとドシア夫妻は、半日で荷物をまとめると、渡された地図の場所へ向かって旅立っていった。ズールは見送るどころか、バタバタと慌ただしく、次の暗殺者の元へ馬を駆っていった。


 そうして月日は流れ、今に至る――




「クラネア様、あれではないでしょうか」


 老人騎手フォルガーが、オレを追憶から呼び覚ました。宿を出てからも物思いに(ふけ)っていたため、近づいてきた木造りの囲壁にようやく気がつく。


「森の中といい、囲壁といい、あれは修道院じゃないのか?」


「しかし場所はここであっております」


 門は無用心にも開けっ放しだった。見張りさえいない。そこを潜ると、中央に石造りの大きな館を置いて、壁内は畑と牧場に区分けされていた。牛や豚、鶏や羊の群れが、それぞれに許された範囲で騒ぎまわっている。


「おうい、そこのお方!」


 フォルガーが叫んだ相手は、50歳ぐらいの小男だった。若禿で耳の周りにしか髪がなく、それも白髪交じりで老いを感じさせる。小ぢんまりとしていて、衣服に着られていた。シェーンズの8角(ひだ)を襟元で露わにし、灰色一色の上下である。


「これはこれは、お客様ですかな」


 ちょうど牛の乳搾りをしていたところだ。割と甲高い声に唖然となりながら、とりあえずオレは馬から滑り降りた。


「手紙の件で来たんだが」


 慎重に切り出す。ズールの手紙が罠だという可能性があったからだ。だが男は丁寧にお辞儀をしてにこやかな笑みを浮かべた。そこに誰かを(おとしい)れようという謀略の陰はない。


「私はチャベスと申します。ズール様より聞き及んでおります。あなたはクラネア様ですね?」


 オレはズバリと切り返されて、少し対応にまごついた。「手紙の件」だけでここまで通じるとは、確かに裏はなさそうだ。


「ああ、オレがクラネアだ。ズールはどこにいる?」


 そうなると、2年半も会っていない恋人への思慕(しぼ)がオレを突き動かす。まずは顔を一目見たい。そして抱きついて温もりを感じ取りたい。


 だが、チャベスは残念そうに首を振った。


「クラネア様、まずはしばらくの間、この館にお(とど)まりください。ズール様は事が成りましたその後に現れる手はずになっておりますので……」


「何……?」


「そちらのご老人の方は、馬と一緒にこの近くにある宿屋へ逗留(とうりゅう)してください。必要なもの、費用はこちらでお出ししてあります。決して窮屈な思いは致しませぬよう、万事取り計らってありますので、鑑札を受け取ってお引き取りください」


「ちょ、ちょっと待て。何でズールは来ないんだ? 『事が成りましたその後』って、いったいどういうことだ? 意味不明すぎるだろ」


 チャベスは平身低頭謝罪した。


「申し訳ございません。ズール様はある事情でこちらには来られないのです。それは貴女(あなた)様のここでのご滞在にも関係あるのです。今はこれしか申し上げられません」


 ここまで来たら手ぶらで帰るわけにもいかない。何より、ズールは手紙で『仔細(しさい)はそこで聞くとよい』と書いている。ここはこのチャベスという男に従うしかないだろう。いずこに目的があるのか知れないが、オレは簡単に取って食われるほど(やわ)じゃない。


「分かった。フォルガー、言う通りにしてくれ。チャベス、案内しろ」


「かしこまりました」


 館は石の組み積み造りだ。チャベスの後に続いて正門まで回り込むと、2階建てぐらいの高さの母屋に、奥に長い平屋の建物が左右にまとわりついているのが分かる。全体的に直線を基調とした構成で、立派な教会を作ろうとして諦めたような、どことない不完全さを(かも)し出していた。


 入り口頭上に十字架はない。元々備え付けてあったらしい痕跡があることから、誰かが後から取り外したのだと知れた。扉を開き、薄暗い堂内へ入る。チャベスは入ってすぐの場所でロウソクに火を点けた。これは珍しいステンドグラスからの採光と、小男の明かりとで、内部の様子がうかがえた。


 天井は柱から伸びる半円形の交差穹窿(きゅうりゅう)によって支えられており、列柱回廊が左右に並んでいる。四角柱、円柱が交互に並ぶその隙間から、奥の壁に等間隔に扉がついているのが見える。チャベスがこちらの視線に目ざとく気付いた。


「あれがお客様用の個室でございます、全部で8つあります。クラネア様は当館を訪れる予定の方々のうち、最初のお一人でございます」


「8人集まるってのか?」


「いいえ、一つは当館のご主人様の部屋にてございます」


「お前は召し使いか」


左様(さよう)です。私は別の個室で寝泊りしています」


 そのまま正面に向かう。柱に囲まれた空間には神様が祭られていることもなく、祭壇の代わりに突っ立っている棒には誰かの上着がかかっていた。それは毛皮で出来ており、売ればなかなかの値がつきそうだ。そこを奥として柱に囲まれた長方形の空間は、地べたへ丁寧に石を敷設(ふせつ)しており、あたかも広々とした決闘場のようであった。


 もし上着の代わりに十字架が掲げられ、その手前に長椅子が列を成していたら、これはもう立派な教会だ。そうでなくしたのが不審である。オレは顎をつまみ、この異様な景観を作り上げた者の目的が奈辺(なへん)にあるのか考え込んだ。


 そのときだった。オレの背後から老人の声がしたのは。


「いらっしゃい」


 オレは腰の短剣に手をかけつつ、ぱっと振り向きざま飛びすさった。それまで一切気配を感じなかったのに、いきなりぞっとするほどの猛烈な殺気が放射されたのだ。殺される、と感じた瞬間、オレは反射的に動いていた。しかし身を低くして様子を見ると、もはやその不穏(ふおん)微塵(みじん)も感じられない。ただ意気軒昂(いきけんこう)そうな老人が、ロウソクを持って(たたず)んでいるだけだった。


 皮と骨だけのようなやせ衰えた男だ。目は病に浮かされたような光を明滅させ、こけた頬は摂取した栄養が行き渡っていないようにも感じる。白い髪の毛は年齢に比して豊富であり、皺の多い顔面と不釣り合いだ。歯は不揃いで汚く、唇は乾いている。しかし腰は曲がっておらず、年齢にそぐわない実力が垣間見えた。緑色のチュニックに赤いブレー、皮製のサンダルを身につけ、腰には長剣を備えている。


 彼は微笑んだ。


「わしの名はグランザル。この館の当主じゃ。お嬢さん、お主のことはズールより聞き及んでおる。クラネアだな?」


 オレは魔窟に潜む猛獣と対峙しているような、危うい気持ちを拭いきれない。しかしズールの名前に反応してしまう。


「ああ、オレがクラネアだ。グランザル、と言ったな。ズールとはどういう関係だ」


 館主(かんしゅ)はもったいぶった。


「ここは戦乱の中うち捨てられた修道院でな。わしが数年前に買い取って改装し、チャベスを召し使いとして住み暮らし始めた。もし敬虔(けいけん)な信徒ならば申し訳ない、ここには神はおらぬ」

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