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0045暗殺者たちと孤高の王

 俺は水中から焼け焦げたラセインの上着を突き上げた。


「どうしたグランザル! それでも大海賊『骸骨』元頭領か? かかってこいよ!」


 これは賭けだった。グランザルが俺の異名を『水蜘蛛』と承知していれば、慎重な奴のこと、湖に入ったりはしないだろう。


 だが奴はそうではなかった。俺を『迅雷』か『飛燕』のどちらかだと思い込んだままらしく、水飛沫を上げて水中に潜り込む。


 長剣を抜いて、無我夢中でこちらへと迫ってきた。その表情は憤激で歪められていた。


「おのれ、ラセインの仇――! 殺してやる、殺してやるぞっ!」


 馬鹿め、水中なら俺に(かな)う者などいやしない。全世界探しても、だ。俺は悠々(ゆうゆう)と、大安心で短剣を抜こうとした。腰に手をやる。


 え……っ?


 ない。短剣がない!


 どうやら湖に飛び込んだ際に鞘から抜け落ちてしまったらしい。何てこった。俺は無腰で闘わなければならなくなった。湖の中とはいえ、あの『骸骨』相手に……


 俺は接近してくるグランザルから逃れるため、水中に潜った。彼も追いかけてくる。長剣を右手に、体中怪我を背負いながら、その泳法は全く隙がなかった。ラセインの仇を討つためならどうなったっていい。そんななりふり構わない形相と体(さば)きだ。


 俺はとにかく攻撃するか防御するか、どちらかを選ばざるを得ない。ダルゲゾンを殺したあの強さを考えて、また相手が溺れ死ぬことを願って、俺は後者を選択した。より深い水底(すいてい)へ、海中生物のように潜行していく。肺活量にも潜水泳法にも自信があった。


 くるりと反転して天井方向を向く。グランザルがきびすを返し、水上へ逃れようとしていた。息が続かなくなったのに相違ない。


 俺はここぞとばかりに浮上した。老人の足を掴み、一気に沈み込めば、彼は空気不足で溺死するはずだ。


 急げ、急げ。もうここまでで、俺が暗殺者『水蜘蛛』だとばれているかもしれない。そうなるとグランザルは冷静さを取り戻し、湖から離脱してしまう。ここが正念場だ――


 俺は右手を伸ばした。『骸骨』元頭領の足首を捉える。よし、いいぞ。俺はそれを真下へ引っ張ろうとした。


 だが――


 グランザルは「愚か者め」と言いたげな微笑を浮かべていた。身を屈め、俺の右手を左手で掴む。そして長剣を突き出してきた。やられた。老人もまた、水中を得手としていたらしい。急浮上するように見せかけたのは、俺を捕獲するための擬態(ぎたい)だったのだ。


 俺の首筋に刃が迫る。()けようにも右手を確保されているため動けない。ただ水中では地上のように剣を振るうわけにはいかないのが、唯一の救いだった。剣の先端が俺の右肩を(えぐ)るも、首にある太い血管には届かなかった。激痛と共に血潮が水中へ流出するが、とりあえず致命傷ではない。


 俺は短剣の鞘を左手で腰紐から外すと、それでグランザルの左手を殴りつけた。誰がつけたか知らないが、彼のそこには深い傷跡があり、俺の右手を掴んだ拍子(ひょうし)に再び流血し始めている。それで俺の右手首を引っ張ったのは凄い執念だが、老人も人間。さすがに後退を余儀なくされたらしい。苦痛に顔を引き歪め、俺を解放した。


 そのときだった。


「レジム……」


 セグリットの声が聞こえたような気がした。両の足首を引っ張られる感覚。あのいつも見ている悪夢が、この土壇場(どたんば)で湧いて出てきたのだ。『陽樹』リーダーにして、『カラス』ナンバー2のゼンダと通じていた、裏切り者のセグリット……


 なぜ今出てくる。なぜ俺を恨む。そんな、そんな権利はお前にはないはずだ。両足を離せ。邪魔をするな――!


「レジム……」


 セグリットは笑みを含んだ声で俺の鼓膜を震わせる。


 そこへグランザルが急接近してきた。一方俺は、湖底の方向に向かってゆっくり沈んでいく。このままじゃまずい。殺されてしまう。俺は焦燥(しょうそう)にかられ、何とか足を動かそうと(こころ)みた。だが俺の意思に反し、どちらの足も海藻(かいそう)が絡んだように自由を奪われている。みるみる近づく老人から、逃れられないでいる。


 もう駄目だ。俺は諦めかけた。


 そのときだった。


「レジム、断ち切れ。俺たちの負の運命を――!」


 セグリットの力強い声がした。両足が急に軽くなる。そして、気がつけば――失くしたはずの短剣が目の前に浮かんでいた。


 俺はそれを掴んだ。全身に力がみなぎり、肩の傷さえ気にならなくなる。俺は一気に浮上した。こちらの勢いに瞬間瞠目したグランザルとすれ違う。


 彼の刃は俺にかすりもしなかった。一方俺の短剣は、老人の心臓に突き立てられる。俺は湖面から顔を出し、立ち泳ぎしながら深呼吸した。やがて、グランザルの死体が浮かび上がってくる。


 最期の言葉もないまま、とうとう大海賊『骸骨』元頭領はここに息絶えたのだ。




 しばらくして、クラネアを抱きかかえたズールが息せき切って現れた。チャベスの姿もある。俺はグランザルの死体を引っ張って岸に上がった。召し使いに問う。


「一対一でグランザルを殺したぞ。これで財宝は俺のものだな、チャベス」


 彼は涙を流しながら不承不承(ふしょうぶしょう)認めた。


「はい。財宝は、『骸骨』の遺産は、ハイドロ様のものです!」


 クラネアが今は亡き館主を呆然と見つめる。


「死んだってのか、あのグランザルが……。信じられんな」


 ズールは感嘆した。


「さすがは『水蜘蛛』だ。水中では無敵だったな」




 俺、ズール、チャベスは、3人がかりでガドニスとグランザルを葬った。ズールが力仕事を終えて一息つく。俺に尋ねてきた。


「グランザルの息子ラセインを暗殺するよう、俺はお前に頼んだ。そしてお前は見事にやってのけた。そのお前からして、今回の俺の要請はどう映ったんだ? 『骸骨』の息子を実際に暗殺した犯人であるお前にとっては、彼の屋敷に誘い込まれたことは不審に映ったはずだが」


「俺には仲介者であるあんたへの信頼と、犯行現場を誰にも目撃されていないという自信があった。だからまずは様子見しようと周囲に溶け込んだんだ」


「なるほどな」


「まあ、親子ともども俺が殺すことになるとは思わなかったけどな」


「あの元聖堂に掲げられていた毛皮の上着が、ラセインのものらしきことは、薄々感じていたのか?」


「ああ。そうでなくとも、グランザルにとって大切な品物であるのは間違いないと踏んでいた。湖へおびき出す際に使えると、こっそり考えていたんだ。ここまで上手くいくとは思わなかったけどな」




 主の死んだ館で、俺はチャベスから財宝のありかを教えられた。それはこの建物の隠し地下室にあるという。クラネアが妙な顔をした。


「足元だったってのか?」


 俺も意外の感に打たれた。


「てっきりどこかの離島にあるのかと思ってたけど……」


 チャベスは厨房から絨毯(じゅうたん)を丸めてどかした。木製の床を探り、取っ手を引っ張る。暗闇の穴がぽっかりと開いた。彼は先頭に立って地下室に入った。俺たちも後に続く。そこには各種の宝石、首飾り、冠、金貨、錫杖、腕輪、指輪などがロウソクの光できらめいていた。一体金貨何万枚になるのだろう……

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