0044暗殺者たちと孤高の王
「それにしてもズール、お前は知っていたのか? グランザルのやろうとしていたことが」
ズールは包帯の端と端を結んだ。
「もちろん。その上で、俺は暗殺者たち7人に仕事を持ってきた。ただそれだけさ」
――大海賊『骸骨』元頭領グランザルは、長い歳月をかけてズールを捜し回り、2ヶ月前ようやく発見した。そのときズールは地方領主のもとにかくまわれ、がりがりに痩せた姿で老人の訪問にあう。名前はデイブと変えていた。しかし高い身長とほくろの位置、この地方に現れた時期から、ズール本人であると見破られた。
グランザルは城の陰までズールを連れ出し、サシで取り引きした。夏の暑い時期で、白雲の流れは穏やかだ。
「お主が3年前に雇っていた暗殺者たちを一堂に集めたい。その中からわしを一対一で殺害出来た者に、大海賊『骸骨』を率いていた時代に稼いだ財宝を渡す。そういう条件でな」
仲介人はもちろん半信半疑だった。
「貴殿が『骸骨』頭領であったという証拠は? 財宝の一端ぐらいは見せてもらわねば話にならないな」
「いいじゃろう」
同行していた召し使いたちから袋を受け取る。ズールが覗いたその中身は、金塊の山だった。グランザルは静かに笑う。
「それはお主にくれてやるわい」
ズールは信じざるを得なかった。だがまだ疑いの心が晴れない。
「目的は奈辺にあるのかうかがいたい。なぜ殺されたがる? それに本当に暗殺者たちに殺されたいというなら、わざわざ同時に多数を集める必要はないはずだ。何なら心当たりのある者1名だけを呼び寄せ、そいつが負けたらまた次の者を招じ入れる――それでいいはずだ。貴殿はなぜ複数を集めたがっているんだ?」
訪問客は声を低め、やや厳しい顔をした。
「腹を割って話すと、わしの息子ラセインは3年前、王子の名前入りの短剣で刺し殺されたんじゃ。恐らくはリゲール派であるお主の仲介する暗殺者によってな。違うかのう?」
ズールは答えず、首を縦にも横にも振らなかった。それをグランザルは「認めた」と解釈した。
「あの頃お主が雇っていた暗殺者の中に、ラセインの仇がいるはずじゃ。それをお主が立場上口に出来ないことも承知しておる。だから、ただ集めるだけでいい。欲に目がくらんだものだけをわしは殺すつもりじゃ。7日と期限を切って、それまでにかかってこなかった連中はそのまま無事にお主と再会させよう。それがわしの考える復讐じゃ。どうじゃ?」
ズールはグランザルが国王派閥でもなくミゼッタ姫派閥でもないことを直感した。直感。それは生きる上で、いつも当てにしてきた嗅覚だった。
改めて老人を見やる。かなりの使い手のようだが、自分の仲間たちに勝てるとは思えない。それに彼は面白がっている。暗殺者たちと手合わせしたい、闘いたいと、そのうずきが両目から見て取れた。戦闘狂という奴だ。どことなく『岩躯』ダルゲゾンに似ていた。
「分かった。では暗殺者一人一人に金貨8枚を渡すんだ、長旅の手間賃としてな。それなら俺の封蝋印と直筆で、彼らに手紙を書こう。7人全員が要請通りに集まるとは限らないが、それでよければ」
金貨8枚を、7人全員に手間賃として渡す。その要求は滅茶苦茶だったが、目の前の年老いた男は――ズールが驚愕したことに――あっさり承諾した。
「では話はまとまったな。旧友が集まるのじゃ、お主も来るか?」
「当然だ。これで貴殿に約束を反故にされたら、仲間たちに申し訳が立たない。俺もそれなりに剣術を使う。この命を懸け、監視役として同行しよう」
「よかろう」
ズールは直筆の手紙をしたため、懐かしい封蝋印を押した後、飛脚に手渡す。そしてグランザルと共に、一足先に彼の屋敷へと赴いた。
こうしてズールの手紙を読んだ7人の暗殺者たちが、続々とグランザルの屋敷へと集まってきた。もっともグランザルとの約定があるため、ズールは彼らと会うことなく手近な農村の宿屋に身を隠した。グランザルを信用して――
クラネアが胸に手を当てた。はらはらと涙を流す。
「そうか。グランザルの言っていたことは正しかったのか。オレはもう、ズールが無事に帰ってきてくれただけで、嬉しい……」
グランザルは渋い顔だった。
「なぜ日没前に戻ってきた、ズールよ。約束と違うではないか」
ズールは俺を仰いだ。
「そこのハイドロが、川に流され俺の潜む農村へと辿り着いてな。頭を怪我していたので介抱していたんだ。ハイドロが気がついたのが昨日の夕方だった。事情を聞き、真っ暗な中をここまでどうにかやってきた。約束を破ったのは申し訳ないが、ハイドロがガドニスに川へ落とされたと聞いて、これはおかしなことになっていると思い知らされた。それでひとまず争いを止めるべく、ここまで駆けつけたわけだ。クラネアが命に別状ないのは、不幸中の幸いだった」
ズールはクラネアをお姫様のように抱き上げた。
「遊戯は終わりだ、グランザル。もういいだろう。幕引きとしようじゃないか」
グランザルは渋々とうなずく。
「ふん。仕方ないのう。その娘の命、見逃してやるとするかな」
俺は彼らの注意が逸れているうちに、元聖堂奥に掲げられた毛皮の上着を手にした。それをロウソクの明かりであぶると、盛大に火が点く。
グランザルが気付き、血相を変えた。
「ハイドロ! 何をしている!」
俺は言うべき事を言った。
「ラセインを殺したのは、この俺だ」
グランザルもクラネアも、目を丸くして驚愕した――ズールはこのことを知っていたので驚かない。
「何だと……!」
俺は次第に炎を上げつつある上着を持って、館の出入り口へと走り出した。
「ははは! ついて来いよ、グランザル!」
「おのれ! 待てぇ!」
そう、俺は大海賊『骸骨』の頭領、ラセインを暗殺した。3年前のことだ。
ズールの指示と情報で、俺はグランザルの息子の乗る船に接近し、ロープを引っ掛けて甲板に上った。そして一人月を眺めて酒に酔っていたラセインに近づき、一刺しで殺害したのだ。
リゲール国王の紋章付き短剣を使ったのは、この暗殺を依頼した国王直々の要請だった。国王は『骸骨』を見限ったと、暗に海賊たちに伝えるためらしい。もちろん当時の俺は両者の結託も対抗も知らなかった。ただ単に難しい仕事をこなした、という感慨のみだった。
ともかくそれが俺の最後の仕事となり、2年半前、ズールの手引きで地方に落ち延びたのだ。
俺とグランザルの、森の中での追いかけっこが始まった。こちらは頭に怪我を負ったとはいえ、十分に回復している。一方グランザルは、ガドニスとの闘いでだいぶ負傷し疲労しているようだ。速度は五分五分だった。
俺は奴をかっかさせるべく大声で挑発した。
「お前に見せてやりたかったぜ! ラセインの胸を短剣で突き刺したときの、奴の愕然とした表情をな!」
「おのれっ!」
憤怒が身体能力を向上させたか、グランザルがぐんぐん距離を詰めてくる。追いつかれたら一刀で負ける。こちらも死に物狂いで突っ走った。目指したのは――湖だ。
もうぎりぎり、向こうがあと半歩で俺の背中をぶった斬れるというその寸前で、俺は湖に飛び込んだ。頭の怪我――ガドニスに突き落とされた際に負った――が痛むが、そこは我慢だ。




