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0043暗殺者たちと孤高の王

 奴は一時的に右目が見えない。そして列柱回廊の外側ならば、長剣を振り回す空間的余裕はない。更にそれは、こちらの再度の短剣投げも回避しづらい、ということになる。


 オレは隙を――短剣を投げつけられる隙を見定めようとした。残る短剣はあと2本。慎重に使わねばならない。


 そのときだった。


「ぐぅっ!」


 オレの左の鎖骨をグランザルの刃が(かす)めた。激痛と共に赤い体液が噴き出す。利き腕じゃない、まだ大丈夫。オレは自身を励ましながら、反撃の一突きを行なった。だが館主はそれを冷静に(さば)く。


 オレは再度の後退を余儀なくされ、それと共に余裕も奪われた。近い間隔、距離では短剣の命中精度は飛躍的に高まるが、同時に抜き撃つ空間的ゆとりもなくなる。それに回廊の奥まで押し込められたら、老人の攻撃から逃れられなくなる。


 動くしかない――!


 オレは思い切って柱の間をすり抜け、再び元聖堂へと躍り込んだ。ガドニスの死体が血だまりに沈んでいるのを横目で見つつ、全速力で横断する。


「馬鹿め、逃げられると思うたか!」


 グランザルの殺気が爆発したかと思うと、オレの肩甲骨(けんこうこつ)付近に稲妻(いなずま)のような激痛が生じた。斬られたのだ。それでも致命傷でないだけ、ありがたく考えるべきなのかもしれない。オレはさっきとは反対側の列柱回廊に逃げ込んだ。大海賊の元頭領は、まるで狩りを楽しむかのごとく追いかけてくる。


 今だ。オレは長剣を左手に持ち替えた。


「くらえっ!」


 振り向きざま、命数(めいすう)ともいうべき短剣2投目を放つ。それは正確にグランザルの心臓目掛けて飛翔した。


「甘いわっ!」


 彼はオレの1投目から、これあるを予期していたらしい。そうとしか思えないほどの素早さと緻密(ちみつ)さで、長剣を(ひらめ)かせて凶刃を撃ち落した。


 また駄目だったか。オレは傷のうずきと心臓の早鐘を実感しながら、それでも最後まで闘い抜こうとする。グランザルのような怪物相手に、秘技である投擲(とうてき)を予測されて、一体どうすればいいだろう?


 いや、待て。老人は投擲を警戒しているのだ。そこに隙を見い出せないか?


「勝負だグランザル!」


 オレは右手に長剣を握り締め、反撃を試みた。いかにも短剣投げがしづらい間合いで斬りかかる。館主は負傷の痛みさえ微塵も見せず反撃し、再びオレを追い詰めていった。しかし先ほど反対側の回廊で見せたような余裕は消えている。その顔はオレの2度の投擲で、相手を見くびるのをやめた戦士のそれだった。


 オレは腰に()いている3本目の短剣の柄に左手をかけた。いつでも抜き撃てるぞ、と見せびらかしつつ、右手の長剣で突きを繰り出す。老人の動きが、警戒感からか明らかに鈍くなった。


 オレはここで勝負をかけた。ガドニス、ズール、オレに力を与えてくれ――!


 オレは左手で短剣を引き抜くと、一気に間合いを詰めた。長剣同士でせめぎ合う横で、オレの刃がグランザルの腹目掛けて打ち込まれる。そう、オレは短剣を投げずに、握り締めたまま直接狙ったのだ。


小賢(こざか)しい!」


 老人はぱっと後方に跳んだ。オレの短剣は空振りする。だがオレは、間髪入れずに投げつけた――長剣の方を。『骸骨』は自分のそれで受け止める。


 その瞬間には、オレの右手に短剣が握られ、完璧な彼我(ひが)の距離で投擲された。絶対にかわせない間合いで、右目は見えず、左目も長剣が傘になって見えない。視界を塞がれた格好での一撃は、確実に彼の腹部の皮膚と肉を切り裂くはずだった。


 当たれ――!


 その瞬間だ。


 グランザルは、とっさにその左手の平を腹部にかざしたのだ。


「ぬううっ!」


 うめき声と共に、オレの最後の希望は防がれた。渾身(こんしん)の一投は彼の左手を貫いたが、そこまでで止まってしまったのだ。老人は血がしたたる左手を垂れ下げながら、オレに長剣の一撃を見舞ってきた。オレは柱を回り込むように逃げたがかわし切れず、ふくらはぎを(えぐ)られてしまう。凄まじい激痛に、オレは床に倒れ込んだ。


 負けた。もう死は確実だった。後はそれがいつ訪れるかだけだ。


 オレは流血しながら、ガドニスの元に這いずった。せめて彼と共に死にたい。その願いを知ってか知らずか、グランザルはオレにゆっくりと近づいてきた。


「これでズールの暗殺者も皆息絶える。わしの息子ラセインの復讐も終わる。見事な闘いじゃったぞ、クラネア。『水蜘蛛』というには水に関係した攻撃もなかったが……。まあいい。今とどめを刺してやる」


 剣を持ち替える気配があった。オレの背中を真上から貫き通そうという腹積もりらしい。オレは来たるべき激痛と最期のときを思って、全身を強張(こわば)らせた。


「死ねいっ!」


 オレは息を詰めた。ガドニスの死体にすがりつく。


 と、そのときだった。


「そこまでだ、グランザル!」


 大声と共に館内に走り込んできたのは2人の男。燭台の明かりに照らし出されたのはその顔は……


 頭に包帯を巻いた『水蜘蛛』ハイドロ!


 もう一方は――だいぶ痩せているが――暗殺者仲介人であり俺の恋人、ズール!


 オレはあまりの驚愕に、一瞬痛みさえ忘れた。


「ズール! グランザルに殺されたんじゃなかったのか?」


 老人は剣をそのままに、オレに抗議した。


「人聞きの悪い事を言うな。わしは何度も言ったじゃろう、ズールは生きておる、と」


 オレはもう一人の健在ぶりに喫驚を隠せない。短剣一振りを帯びた身軽な姿は、確実に生者のそれだった。


「ハイドロ、お前も何で生きてるんだ? ガドニスに殺されたんじゃなかったのか?」




   (一〇)




 俺はやや息を切らしながら、『飛燕』ガドニスの死体と負傷した『迅雷』クラネアを見つめた。ズールがクラネアの元に近づく。今まさに彼女を殺そうとしていたグランザルは、剣を仕舞って一歩引いた。その顔は苦虫を噛み潰したようだった。


 ズールは老人を制する。


「もういいだろう、グランザル殿。クラネアはラセイン殺しではない」


 大海賊『骸骨』元頭領は鼻を鳴らした。


「知っておる。仕掛けてきたから応じたまでじゃ。それより、なぜ来た。今日の日没まで姿を見せない約束じゃったではないか」


 怒り心頭に発し、ズールを睨みつける。それをよそに、仲介人は恋人の前で両膝をつき、彼女を抱き起こして両腕で掻き抱いた。


「すまなかった、クラネア。グランザル殿の実力を過小評価して、結果危険な目に遭わせてしまった」


 クラネアは感激する前に頭が混乱しているようだった。


「ずいぶん痩せたな、ズール。ああ、夢みたいだ――」


「この2年半、人相を変えなきゃと必要以上に焦って、だいぶ体を絞ったんだ」


 そこで大男の温もりに心が解きほぐされたのか、クラネアはズールの胸で泣いた。


「ズール……! 会いたかった、ずっと……!」


「今その足を手当てしてやる。包帯を持っているんだ」


 俺はクラネアの、今まで見たことがないほどの(やわ)らいだ表情を見つめた。ズールにちょっと嫉妬する。


 クラネアはふくらはぎを治療されながら、その痛みもどこかへ吹っ飛んでいるかのように質問した。

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