表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/46

0042暗殺者たちと孤高の王

 (よわい)にして倍以上の差があるガドニスとグランザル。だが歳が上の後者の方が、遥かに力強く、豪快な剣風を放つのはどういうことか。『飛燕』が柔なら老人は剛。そんな不可思議な印象がオレの脳裏に刻み付けられる。


「この怪物めっ」


 青年は体の各所に深手でない出血を()いられながら、それでも間一髪、致命傷は避けていた。館主を中心に元聖堂で円を描くような動きを行なっている。主導権はグランザルにある、ということか。


 ふわり、とガドニスが後方上空へ跳躍した。何の手がかりもなさそうな柱に指をかけ、全身を支える。


「素晴らしいな、グランザル。それではこちらもそろそろ本気を出すとするか」


「ほう……。まだ10割ではないというのか?」


「これからが暗殺者『飛燕』の真骨頂だ。受けてみよ、『骸骨』!」


 ガドニスが柱を蹴った。先ほどまでとは段違いの速度と力強さでもって、老人に覆い被さるように斬りかかる。鉄と鉄の過激な衝突が起き、光の花が瞬間、その生命を散らして堂内を照らし出した。


「くっ……!」


 初めてグランザルの顔からゆとりが消えた。離れ際、忌々(いまいま)しげに横に()ぎ払うが、既にその場所に相手はいない。ガドニスはまるで翼が生えたかのように自由自在に、柱を蹴りつつ館主に斬りかかる。『飛燕』の剣術にこれまで足りなかった強靭(きょうじん)さが加わり、柔の上に剛を得たような状態だった。


 速い、速過ぎる。オレの目にも()まらぬほど、その流麗な体(さば)きは常軌を(いっ)していた。攻撃が単調にならぬよう、踏み込んでの一撃も忘れない。そして怒り狂ったグランザルが反撃すると、あたかも胡蝶(こちょう)のように華麗にかわすのだ。


 そして、遂に――


()っ!」


 ガドニスの刃が老人の額をかすめ、出血を強いた。真っ向勝負で言えば、ダルゲゾンでは果たせなかった快挙だ。致命傷ではないが、かなりの血飛沫が飛散する。傷口は深そうだ。


 そして運のいいことに、その流血が右目に入ったらしく、グランザルは視界を半減させられたようだ。縦横無尽に襲い掛かってくる『飛燕』の攻撃を前に、これは苦しい。


「おのれっ!」


 館主は闇雲に暗殺者を捉えようとする。だが青年はあれだけ激しい動きにもかかわらず、一向息も乱れない。汗こそ少し掻いているが、それは運動のためというより極度の緊張のためと言うべきだった。


 更にもう一撃、今度は老人の肩を直撃した。真っ赤な鮮血がほとばしり出る。


「どうしたグランザル、この『飛燕』の前に屈するか!」


 ガドニスは次第に息遣いが荒れてきた怨敵(おんてき)を前に、更なる連打を浴びせていく。『骸骨』元頭領は劣勢を挽回(ばんかい)するべく、広間の中心から列柱側へ移動しようとした。


「させるかっ!」


『飛燕』は隙を見せたグランザルの背中に切りつけた。これは惜しい、皮一枚で避けられる。だが赤い線が斜めに走った老人の姿は、実に弱々しかった。


 オレはどきどきしながらその攻防に見入っている。殺せる? ガドニスが、あのグランザルを倒せるというのか? 期待と願望で胸が膨れ上がった。いっそ破裂しないのがおかしいほどだ。


 ガドニスが中央で防戦一方の館主に、これは物凄い速度で頭上から唐竹割りを見舞った。老人は剣で受けて逆刃に傷つけられる事を恐れ、真横にすっ飛ぶ。かわされたガドニスは、体勢の崩れたグランザルを間髪入れずに追いかける。相手はくるりと反転し、背中を見せて逃げようとした。あの化け物の、これは何と情けない姿か。


「とどめだっ!」


 ガドニスが暗殺者らしい、容赦ない突きを繰り出そうとする。それは老人の背中に刺さり、胸まで貫通して、勝利の一撃となるはずであった。


 だが――


「ぐっ?」


 老人が再度反転し――つまりは一回転して、長剣を振り回した。その途端、ガドニスは目の辺りを手で覆って後退してしまう。


「ガドニス?」


 オレの目には、グランザルの剣はガドニスには届いていないと見えた。それなのに、なぜ――?


「ロウソク!」


 オレは叫んでいた。『骸骨』はロウソクの上端(じょうたん)を捉えて切っ先に載せると、それを振り向きざまガドニスの目元に投げつけていたのだ。


 恐るべき格闘技の冴えであった。


「残念じゃったな、ガドニス!」


 次の瞬間、『飛燕』の利き腕を、更に一回転したグランザルの斬撃が両断していた。


「がああっ!」


 ガドニスの右腕が、長剣を掴んだままぼとりと床に落ちる。凄まじい出血が視界で躍り、オレは悲痛の声を発した。


「ガドニス!」


 そしてひざまずく『飛燕』に対し、とどめの一撃をくれんとする老人を制止しようと叫んだ。


「も、もういい! やめろグランザル! 勝負はついた!」


 青年はオレを見た。その顔は痛みと敗北感で悲壮なものだったが、その口端は若干笑っているように見えた。


 直後、グランザルの剣が袈裟懸けにガドニスを引き裂く。問答無用の致命傷だった。ガドニスは瞑目したまま、噴水のように血潮を撒き散らしつつ、その場に倒れこんだ。


「ガドニスっ!」


 オレは柱の陰から飛び出し、青年のそばに駆けつけた。もはや彼は息をしていなかった。ただ何かしら満足そうな笑顔で、黄泉路(よみじ)へと旅立っていた。


「う、ううう……っ! ガドニス……!」


 オレは彼の無残な姿に、ひざまずいて号泣した。涙は後から後から湧いてこぼれ落ちるものの、胸郭を埋め尽くす悲哀の塊は一向縮小しなかった。


 老人が息を切らしている。これもまた初めてのことであった。


「わしが肩と右腕を負傷していたとはいえ、ここまで追い詰めてくるとはな。天晴(あっぱ)れであった、ガドニスよ。真に偉大な術者であった」


 オレは力なく慟哭(どうこく)する。


「馬鹿……死ぬやつがあるか……おい……ガドニス……!」


 しゃくりあげるオレに、グランザルが冷酷に言い放った。


「クラネアよ、ガドニスは死んだ。これでこの館での殺し合いも最後というわけじゃ。もっとも、お主がかかってくるというのなら話は別じゃがな」


 オレはむせび泣きながら、ふらふらと立ち上がった。柱の方へ歩き出す。そして涙を散らしながら、無言で背後へ短剣を抜き放った。


 グランザルの右耳がぱっと裂断(れつだん)された。頭部中央への一閃をギリギリでかわしたのだ。彼は苦痛に顔を歪めたものの、むしろ楽しそうな口調で話しかけてきた。


「自分から仕掛けてきたな、『水蜘蛛』よ。ならばガドニスとの約定を守る必要はない。お主も殺してやるぞ、クラネア」


 オレは風を巻いて突進してきたグランザルから、素早く柱の陰に隠れた。不意打ちの投擲(とうてき)を避けられた時点で、あの『蟷螂』エスロビ同様、オレの勝ち目はないに等しい。それでも、ガドニスの仇を討つべく思考と体を猛回転させる。


 オレの得手は投擲だが、剣術も子供の頃からズールに鍛えられている。ガドニスにも初の暗殺のとき、一ヶ月近く教えてもらった。オレはそれらを思い出しながら長剣を引き抜く。


「それで隠れたつもりか、クラネア!」


 グランザルが鬼気(きき)迫る表情で右に回り込んできた。豪快な一刀を見舞ってくる。オレはそれを剣で弾きつつ、後方へ飛びずさった。老人は自身の血と返り血とで真っ赤に濡れながら、更に打ち込んでくる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ