0042暗殺者たちと孤高の王
齢にして倍以上の差があるガドニスとグランザル。だが歳が上の後者の方が、遥かに力強く、豪快な剣風を放つのはどういうことか。『飛燕』が柔なら老人は剛。そんな不可思議な印象がオレの脳裏に刻み付けられる。
「この怪物めっ」
青年は体の各所に深手でない出血を強いられながら、それでも間一髪、致命傷は避けていた。館主を中心に元聖堂で円を描くような動きを行なっている。主導権はグランザルにある、ということか。
ふわり、とガドニスが後方上空へ跳躍した。何の手がかりもなさそうな柱に指をかけ、全身を支える。
「素晴らしいな、グランザル。それではこちらもそろそろ本気を出すとするか」
「ほう……。まだ10割ではないというのか?」
「これからが暗殺者『飛燕』の真骨頂だ。受けてみよ、『骸骨』!」
ガドニスが柱を蹴った。先ほどまでとは段違いの速度と力強さでもって、老人に覆い被さるように斬りかかる。鉄と鉄の過激な衝突が起き、光の花が瞬間、その生命を散らして堂内を照らし出した。
「くっ……!」
初めてグランザルの顔からゆとりが消えた。離れ際、忌々しげに横に薙ぎ払うが、既にその場所に相手はいない。ガドニスはまるで翼が生えたかのように自由自在に、柱を蹴りつつ館主に斬りかかる。『飛燕』の剣術にこれまで足りなかった強靭さが加わり、柔の上に剛を得たような状態だった。
速い、速過ぎる。オレの目にも留まらぬほど、その流麗な体捌きは常軌を逸していた。攻撃が単調にならぬよう、踏み込んでの一撃も忘れない。そして怒り狂ったグランザルが反撃すると、あたかも胡蝶のように華麗にかわすのだ。
そして、遂に――
「痛っ!」
ガドニスの刃が老人の額をかすめ、出血を強いた。真っ向勝負で言えば、ダルゲゾンでは果たせなかった快挙だ。致命傷ではないが、かなりの血飛沫が飛散する。傷口は深そうだ。
そして運のいいことに、その流血が右目に入ったらしく、グランザルは視界を半減させられたようだ。縦横無尽に襲い掛かってくる『飛燕』の攻撃を前に、これは苦しい。
「おのれっ!」
館主は闇雲に暗殺者を捉えようとする。だが青年はあれだけ激しい動きにもかかわらず、一向息も乱れない。汗こそ少し掻いているが、それは運動のためというより極度の緊張のためと言うべきだった。
更にもう一撃、今度は老人の肩を直撃した。真っ赤な鮮血がほとばしり出る。
「どうしたグランザル、この『飛燕』の前に屈するか!」
ガドニスは次第に息遣いが荒れてきた怨敵を前に、更なる連打を浴びせていく。『骸骨』元頭領は劣勢を挽回するべく、広間の中心から列柱側へ移動しようとした。
「させるかっ!」
『飛燕』は隙を見せたグランザルの背中に切りつけた。これは惜しい、皮一枚で避けられる。だが赤い線が斜めに走った老人の姿は、実に弱々しかった。
オレはどきどきしながらその攻防に見入っている。殺せる? ガドニスが、あのグランザルを倒せるというのか? 期待と願望で胸が膨れ上がった。いっそ破裂しないのがおかしいほどだ。
ガドニスが中央で防戦一方の館主に、これは物凄い速度で頭上から唐竹割りを見舞った。老人は剣で受けて逆刃に傷つけられる事を恐れ、真横にすっ飛ぶ。かわされたガドニスは、体勢の崩れたグランザルを間髪入れずに追いかける。相手はくるりと反転し、背中を見せて逃げようとした。あの化け物の、これは何と情けない姿か。
「とどめだっ!」
ガドニスが暗殺者らしい、容赦ない突きを繰り出そうとする。それは老人の背中に刺さり、胸まで貫通して、勝利の一撃となるはずであった。
だが――
「ぐっ?」
老人が再度反転し――つまりは一回転して、長剣を振り回した。その途端、ガドニスは目の辺りを手で覆って後退してしまう。
「ガドニス?」
オレの目には、グランザルの剣はガドニスには届いていないと見えた。それなのに、なぜ――?
「ロウソク!」
オレは叫んでいた。『骸骨』はロウソクの上端を捉えて切っ先に載せると、それを振り向きざまガドニスの目元に投げつけていたのだ。
恐るべき格闘技の冴えであった。
「残念じゃったな、ガドニス!」
次の瞬間、『飛燕』の利き腕を、更に一回転したグランザルの斬撃が両断していた。
「がああっ!」
ガドニスの右腕が、長剣を掴んだままぼとりと床に落ちる。凄まじい出血が視界で躍り、オレは悲痛の声を発した。
「ガドニス!」
そしてひざまずく『飛燕』に対し、とどめの一撃をくれんとする老人を制止しようと叫んだ。
「も、もういい! やめろグランザル! 勝負はついた!」
青年はオレを見た。その顔は痛みと敗北感で悲壮なものだったが、その口端は若干笑っているように見えた。
直後、グランザルの剣が袈裟懸けにガドニスを引き裂く。問答無用の致命傷だった。ガドニスは瞑目したまま、噴水のように血潮を撒き散らしつつ、その場に倒れこんだ。
「ガドニスっ!」
オレは柱の陰から飛び出し、青年のそばに駆けつけた。もはや彼は息をしていなかった。ただ何かしら満足そうな笑顔で、黄泉路へと旅立っていた。
「う、ううう……っ! ガドニス……!」
オレは彼の無残な姿に、ひざまずいて号泣した。涙は後から後から湧いてこぼれ落ちるものの、胸郭を埋め尽くす悲哀の塊は一向縮小しなかった。
老人が息を切らしている。これもまた初めてのことであった。
「わしが肩と右腕を負傷していたとはいえ、ここまで追い詰めてくるとはな。天晴れであった、ガドニスよ。真に偉大な術者であった」
オレは力なく慟哭する。
「馬鹿……死ぬやつがあるか……おい……ガドニス……!」
しゃくりあげるオレに、グランザルが冷酷に言い放った。
「クラネアよ、ガドニスは死んだ。これでこの館での殺し合いも最後というわけじゃ。もっとも、お主がかかってくるというのなら話は別じゃがな」
オレはむせび泣きながら、ふらふらと立ち上がった。柱の方へ歩き出す。そして涙を散らしながら、無言で背後へ短剣を抜き放った。
グランザルの右耳がぱっと裂断された。頭部中央への一閃をギリギリでかわしたのだ。彼は苦痛に顔を歪めたものの、むしろ楽しそうな口調で話しかけてきた。
「自分から仕掛けてきたな、『水蜘蛛』よ。ならばガドニスとの約定を守る必要はない。お主も殺してやるぞ、クラネア」
オレは風を巻いて突進してきたグランザルから、素早く柱の陰に隠れた。不意打ちの投擲を避けられた時点で、あの『蟷螂』エスロビ同様、オレの勝ち目はないに等しい。それでも、ガドニスの仇を討つべく思考と体を猛回転させる。
オレの得手は投擲だが、剣術も子供の頃からズールに鍛えられている。ガドニスにも初の暗殺のとき、一ヶ月近く教えてもらった。オレはそれらを思い出しながら長剣を引き抜く。
「それで隠れたつもりか、クラネア!」
グランザルが鬼気迫る表情で右に回り込んできた。豪快な一刀を見舞ってくる。オレはそれを剣で弾きつつ、後方へ飛びずさった。老人は自身の血と返り血とで真っ赤に濡れながら、更に打ち込んでくる。




