0041暗殺者たちと孤高の王
オレは目をしばたたいた。
「どういうことだ、ガドニス」
「つまりこうだ。グランザルの息子ラセイン――大海賊『骸骨』の頭領は、ズールの暗殺者7人のうち誰かによって暗殺されたんだ。3年前にな。グランザルは恐らく死体の状況からそうだと悟った。違うか?」
『飛燕』の射抜くような視線に、グランザルはすかしたりとぼけたりはしなかった。
「……違わん。分かっているならもう隠すまい。わしは5年前よりこの屋敷でチャベスと共に隠居生活を送っていた。だが3年前、元部下から我が息子ラセインの死を聞かされた。戴冠したばかりの国王リゲール、その紋章が入った短剣を胸に突き立てられて、船の甲板に仰向けに倒れていたそうじゃ。それはいつ、誰によって行なわれたかも不明じゃった。ただ夜明けと共に明らかになったという」
オレは首を傾げる。
「どういうことだ。それをお前はズールの暗殺者の仕業だと、どうして断定できたんだ?」
グランザルは長く息を吐いた。
「簡単なこと。リゲールと大海賊『骸骨』とは、奴が王子の頃から付き合いがあったのじゃ。……4年前、フネス王国国王ウルフォンが病で亡くなった。そして王子リゲールの一派と姫ミゼッタを立てる摂政ファレイムの一派とで王位継承権を巡る内乱が起きた。この争いは1年ほどで王子の一派が勝利を収め、リゲールは次期国王となって戴冠した。姫は塔に幽閉され、摂政と部下はことごとく斬り捨てられた……」
今更勉強し直すまでもない歴史の1ページだ。
「わしが率いる大海賊『骸骨』は、それより数年前から規模を拡大させておった。王国の商船を襲うこと度々で、巨万の富を得ていた。しかしその一方、その獲得した財貨の一部は王子一派に裏金として渡っていたのだ」
「何だと……!」
オレは喉の渇きを覚えた。グランザルの暴露は深刻を極めるものだったからだ。リゲールは商人組合と組みながら、それを陰で裏切っていたことになる。老人は続けた。
「このことを知っていたものは幾人かいたが、最も影響力が高かったのは3年前当時の『骸骨』の実質的な頭領である、我が息子ラセイン。リゲール王子は『骸骨』の海賊行為を半ば黙認して好きにやらせていたが、3年前に姫と摂政の一派に対して勝利すると、臭いものには蓋をとばかりに『骸骨』撲滅に動き出した。その手始めが、ラセインの暗殺、というわけじゃ」
渋面を作り、唾を吐きたげな様子を見せた。
「そしてその当時リゲールの影で動き、多額の報酬と共に政敵を暗殺していたのがズールの暗殺者7人……。どうじゃ、つじつまが合うじゃろう?」
オレは怒気を抑えられなかった。
「おい、それじゃオレたちを釣るためにズールの手紙を偽造し、この館に呼び集め、皆殺しにしようとしたわけか? 財宝云々は作り話で……!」
グランザルは鼻で笑った。
「馬鹿め。財宝の話は本当じゃ。ズールの手紙も正真正銘奴が書いたものじゃ。提示された条件を満たしてわしを殺した相手には、本当に財宝を明け渡すつもりじゃった。ただし、ガドニスに依頼したように、期限までに殺しに来ない腰抜けは生きて帰すつもりもなかったがな」
「じゃあやっぱりガドニスを殺した後は、オレを殺すつもりなんだな?」
「言ったろう、約定は守る、と。念のためチャベスに命じて、厨房での調理講習の際、お主の態度を確かめさせておいた。ラセインの名前を聞いてもお主は無反応だったと聞く。それでチャベスはお主がラセイン殺しの犯人ではないと自信をもって報告してきたのじゃ。そうじゃな、チャベス?」
チャベスが視界の端で頭を下げる。オレはそういえばそんなこともあった、と思い出した。グランザルがうなずく。
「じゃからクラネア、お主から仕掛けてこない限り、お主の命は保障しよう。そこでわしとガドニスとの決闘を見守っておれ」
オレは明かされた事実にくらくらした。
「何てこった……。大海賊『骸骨』が商船を襲って強奪した金品が、リゲール王子の懐を介して、オレたちの成功報酬になっていたってのか。そして今また、『骸骨』の財宝を懸けて、殺し合おうっていうのか……」
そこで妙に気にかかった。
「おいグランザル、何でリゲール現国王を殺そうとしない? 利用されて捨てられた『骸骨』の元頭領として、ラセインの父親として、殺すべきはリゲール国王じゃないのか? オレたち暗殺者たちも、仲介者のズールも、リゲールは国王になってからその存在を消そうとした。ズールもオレたち7人もどうにか地方へ落ち延びたが、リゲール国王が敵だと骨身に徹して知っている。ここは協力してリゲール殺しにかからないか?」
首を振ったのはガドニスだ。彼はオレの提案をやんわりと拒否した。
「クラネア、もういいんだよ、あいつのことは。なあグランザル?」
グランザルも同様だった。
「ああ。暗殺者7人とズールを逃したリゲール国王は、すっかり恐怖してろくに城から出ないと聞く。暗殺はさすがに不可能じゃ。そして、そんなことをする価値すら、もうあの男にはない……」
老人は鞘から長剣を引き出した。かなりの業物らしく、無数のロウソクの光を反射する刀身が美しい。
「わしは――わしはこの7日間、楽しかったぞよ。病を負っているというのはもう嘘だとばれておるじゃろうが……。この老いぼれの体に死闘と女体は刺激的じゃった。皆自分の信ずるところをもって生を爆発させ、死んでいった」
ダルゲゾン、ブロニッカ、ベルサリオ、ハイドロ、エスロビ、ラフィーク。いなくなった者たちの無念の顔が、オレの脳裏で構成されては消えていく。グランザルがやたらと響く声でつぶやいた。
「信ずる。そう、わしらは裏街道を、この世の闇を、手探りで――自分の信ずるものを杖とすがって今日まで生きてきた。己の技への信頼、親友への信頼、家族への信頼、仕事仲間への信頼……。その意味ではわしらは同じじゃ。いや、人間なら誰しもがそうなのかもな」
口を閉ざした。燭台の輝きが夢幻的な光景を創り出す中、軽く深呼吸する。最後の闘いへいざなった。
「お主がラセインの仇でないのは残念じゃが、まあそれも良かろう。今まで死んだ中に含まれていたのじゃろうな。さて――そろそろやろうか」
ガドニスが剣を抜いた。背後のオレを手で制する。オレは柱の陰に隠れた。自分が闘うわけでもないのに、心臓は早鐘を打って止まらない。
「よし、勝負だ、グランザル。全力で行くぞ」
「もちろんじゃ。来い、ガドニスよ」
ふわり、と一枚の羽が老人に投げられた。ガドニスが音もなく躍り掛かったのだ。剣と剣が交差し、甲高い金属音と共に鋭い火花が散る。それを合図に、激しい剣戟が始まった。
次々に繰り出される斬撃、刺突が交錯し弾かれ、めまぐるしく攻守が入れ替わる。決死の表情のガドニスに対し、グランザルも険しい顔つきながら、どこか余裕を持っていた。オレは何度も館主の凶刃が『飛燕』の服を浅く切りつける様に、目を閉じて耳を塞ぎ、どこか遠くへ逃げてしまいたかった。それほどはらはらし、緊張を持って二番目に愛しい人の闘いを見守る。
「どうしたガドニス、そんなものか!」




