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0038暗殺者たちと孤高の王

「何でそんなことをした? ハイドロといざこざでもあったのか?」


「いや、グランザルとの約束だ」


「グランザルとの?」


「俺が暗殺者殺しを引き受けたんだ。最終日の刻限まで動きそうにない腰抜けの暗殺者を、グランザルの代わりに始末する役目だ」


「そんなものを受諾したのか?」


「ああ。僕はもちろんそんな真似はやりたくなかったが、ダルゲゾン、ブロニッカの相次ぐ殺害とその仕留め方に震え上がって、ある条件と共に受諾した。それはクラネアだけは見逃してほしいということだった」


 オレを? オレは目をしばたたく。ガドニスは自嘲の笑みを浮かべていた。


「グランザルはそれを呑んだ。そのためさ、俺が昨日午後に動いたのは。川へ向かったハイドロの後をつけて、『飛燕』の異名のごとく物音を立てずに近づいた。そうして気付かないで川を見下ろしているあいつを、谷底に突き落とした……」


 肩をすくめる。


「ここで短剣や剣で刺殺・斬殺できなかったのは、僕の生来の弱さだな。同じ『ズールの暗殺者』であることからくるよしみを重んじたんだ。まあどちらにせよ、ハイドロが助かった可能性はなかっただろうけどな」


 ガドニスは悪びれずそう言葉にした。オレは短剣の柄から手を離す。


「誰が守ってくれと言った? オレがいつ、そんなことしてほしいと頼んだんだ?」


「僕がお前を守りたかったんだ。ただそれだけだ。悪いか?」


 正面から見つめられ、オレはぷいと横を向いた。こんなことで心を揺り動かされる自分が嫌だった。論点をずらす。


「ガドニス、お前はどうするんだ? その約定だとお前は見逃してはもらえないぞ。期限切れになったらグランザルはお前を殺しに来るんじゃないのか?」


 彼は破顔一笑(はがんいっしょう)した。


「心配してくれるのか、クラネア」


「うるさい」


 オレたちは再び館への道を歩き出した。ガドニスがこちらを見ずに話す。


「僕はグランザルと殺し合いたい。闇から手を伸ばして標的を仕留める、暗殺者としての技術が僕にはある。でもそれ以外の実力――実際に日の光の下、強敵と正対して闘った場合の力量は? それが僕の長い間の疑問だった」


 ぽつりぽつりと語る。


「グランザルは――彼は申し分ない。老人が『妖美』と『蟷螂』に手傷を負わされたのは彼の不覚でもあり僕の不覚でもあった。もっと早く、グランザルが真に万全な状態――ダルゲゾンをひねり殺した際のような――のときに、決闘を挑むべきだった。でもまあ、今でも彼は十分強いだろう。それで満足するしかないか」


 オレには理解不能な、男の世界だった。


「ついていけないな」


「すまない」


 やがて敷地に入り、建物に到着する。グランザルが絞め殺した羊を館内に持ち帰るところだった。


「おお、帰ってきたか。あんまり時間がかかるゆえ、てっきり逃げ出したのかと思ったわい」


 ガドニスが毅然(きぜん)とした、勇ましい態度を取る。


「僕は逃げない。グランザル、必ずあんたを仕留める。ただし、それは今ではない」


「そうかのう。二箇所も負傷しているわしなら、お主の腕で殺せるのではないか? 今が好機じゃぞ?」


「挑発ならよしてもらおうか。……それよりラフィークは放っておくのか?」


 グランザルは何の興味もなさそうだった。


「『蟷螂』でないなら構わん。どこか遠くでひっそり暮らせばよい」


 裏口から入り、厨房に屠殺(とさつ)した獲物を置く。チャベスが早速解体に取り掛かった。グランザルは「部屋で休む」と言い残し、立ち去る。


 オレはガドニスと共に元聖堂に入り、十字架の代わりに飾られている毛皮の上着の前に来た。何となく豆知識を披露したくなる。


「知ってるか? これ、グランザルの息子のラセインって奴の形見らしい。チャベスに教えてもらったんだ。3年前に死んだんだとよ」


 初耳だったらしいガドニスは、顎をつまんで考え込む。


「3年前か……。まだ『ズールの暗殺者』7人が、リゲール新国王からの仕事をあちこちでこなしていたときだな」


「それがどうかしたか?」


 狐のような顔の中で、両目が力強く輝いた。


「いや、待てよ……。まさか……。うん、うん。そうか、そういうことだったのか」


 オレはガドニスの納得ぶりに食いつく。


「何だよ、何か分かったのか? オレにも教えろよ」


 ガドニスはやんわり手を振った。


「いや、大したことじゃない。ただこの部屋のラセインの上着の前では、グランザルは本気も本気、純度十割の力を出してくれるだろうってことさ。まあ残りの日数――今日は5日目だからあと3日か――のうち2日はのんびりやり過ごそう。グランザルの回復を待ってな。僕も全力を出し尽くせるように、なまった体を鍛えなおすのさ。そして8日目の朝、ここで決闘だ。クラネア、応援してくれるか?」


 オレは腰に手を当てて溜め息をついた。


「はいはい、見守っててやるよ。でもお前が負けたら、オレも黙っちゃいないかもな」


「それは困る」


 ガドニスは真剣だった。オレの瞳を睨みつけてくる。


「お前を生かすためにハイドロ殺しという汚れ役を引き受けたんだ。生きてズールに会いたいんだろう? なら自制しろ。俺がグランザルを殺すか、それとも期限切れが来るか、どちらかを待て」


 オレはズールの名前に力なくうなだれた。


「そのズールなんだが……。本当にグランザルの言う通り、今でも生きていると思うか?」


 ガドニスもさすがにうなった。


「老人の言葉に嘘はなさそうに見えたが……。もしズールが奴に殺されているなら、僕の戦いは復讐になるな。強い動機が一個出来る」


 オレは拳を握り込んだ。爪が皮膚に食い込む勢いで。


「もしあの化け物がズールを殺しているなら、オレは奴を生かしてはおけない。頼むぞ、ガドニス。グランザルを殺してくれ」


「任せろ」


 頼もしい一言だったが、それは悲壮感を漂わせていた。オレは決意する。


「もしもお前が倒れたら、オレが……」


「だからそれは困るって言ってるだろ」


 ガドニスは呆れたように首を振った。




 5日目の夕食はオレ、グランザル、ガドニスの3人だけとなった。チャベスの仕事だろう、エスロビの血痕は綺麗に取り除かれている。何にせよ会話もほとんどなく、陰気な食事だった。


 しかしグランザルは一人、陽気で肉を頬張る。


「もう残りはお主らのみじゃ。わしはお主らが殺しに来てくれるその瞬間を楽しみにしておるぞよ。何なら今でもいいんじゃぞ」


 オレはガドニスと目を見交わし、互いに無言で手元へ視線を戻した。ともかくこの老人の心身の強さにはついていけない。ガドニスは羊肉を切り分けながら、抵抗するように宣言した。


「グランザル、僕は期限日の朝にあんたを殺すつもりだ」


 老人はぴたりと食べる手を止めた。真意を確かめるような視線をじわりと放つ。


「本当かいのう。そのまま日没の時間切れまで待つつもりじゃなかろうな」


「僕はハイドロを始末した。あんたとの約束――クラネアだけは見逃してもらう代わりに、臆病者を排除する――を果たすために。クラネアさえ無事なら、僕はそれでいい。自分自身、あんたとサシでやり合って己の実力を試したい。……というわけで、それまでは仲良くいこう、グランザル」

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