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0037暗殺者たちと孤高の王

 やがて4年前、クロナ22歳のときだ。ガランに伴なわれて、若干11歳のザキノスが突如彼の前に現れた。ザキノスは既に俊英(しゅんえい)で、頭の回転は可愛らしい見た目から想像も及ばぬほどだった。彼が言うには――


 実母のラグリーは最近になって頻繁(ひんぱん)に酒を飲むようになった。ある日深酒が過ぎて、まだ若いと安心しているザキノスに対して、迂闊にもこう口走ったのだ。


「あのクロナを奴隷として売り払った理由が分かる? あいつ、ジャピマに似ていたのよ。あの目が、あの顔が、ジャピマの奴にそっくり。だから殺してやろうかと思ったわ。ジャピマを毒殺したみたいにね。でもさすがに父子が揃って急死じゃ、あたしが疑われるでしょう? だから穏便に売却したの。今頃どうしてるかしらね、あの子。まあ、あたしにはザキノスがいるし、相続した遺産も土地もあるし、ノンチャは随分と働いてくれるし。クロナがどうなったって、知ったこっちゃないと言えばそうなんだけどね」


 ザキノスは寒々とした思いに捉われた。自分一人の安寧(あんねい)のために、ザキノスの父ジャピマを殺し、兄クロナを売り払い、平然とする母。ザキノスは、恐らく彼女――ラグリーは前の夫も毒殺したのだろう、と確信する。この女には金にしか執着がなく、そのためなら何だって蹴落とすのだ。


 気がつけばザキノスは、手近にあったナイフを父と兄の仇の胸に突きたてていた。


「ぎゃあああっ!」


 突然の凶行に悲鳴をあげ、ラグリーは11歳の息子の顔を凝視しながら死に絶えた。声を聞きつけて現れたのはガランだ。彼はザキノスがラグリーを殺害したと知って質問してきた。


「なぜですかザキノス様?」


 それほど驚いた様子ではない。彼はザキノスの日頃の才気煥発(さいきかんぱつ)ぶりを知っていたのだ。ザキノスは答えた。


「この女の前の夫と、僕の父と、売り払われた兄様と、みんなの仇を討ったんだ。……僕を殺すかい、ガラン?」


「とんでもない。しかしこのままではいずれ、ザキノス様は母殺しで処刑されてしまいます。ここは私めを信じて、共にある場所へお逃げください。そこでは貴方様の兄クロナ様も待っております」


 これには冷静なザキノスも驚愕した――


 ザキノスはそのように語り、クロナに平然と手を差し出した。


「クロナ兄さん、僕らは母は違えど同じジャピマの息子だ。僕は母殺し、兄さんは奴隷に堕ちてしまったが、これからは手を携えて共に未来を切り開いていこう」


 クロナは握手した。信頼感が相手の手から伝わってくる。


「でもザキノス、具体的には何をしていくんですか?」


 弟に対してもですます調だった。ザキノスは(ほが)らかに笑う。


「暗殺稼業さ。僕は11歳だけど腕は立つ。今のクロナ兄さんよりもずっとね。試してみるかい?」


 クロナは無邪気な、しかし底知れない笑みをたたえるザキノスに慄然(りつぜん)とした。


「暗殺稼業っていっても、いったいどこから依頼を受ける気ですか?」


 ガランが兄弟の再会とその境遇に涙を拭いている。人生最良の日とでも言いたげだった。


「拙者にお任せくだされい。王都に不穏の気配あり、拙者の知り合いが腕利きの暗殺者を(つの)っております。彼を――ズールを訪ねましょう。信用できる男です」


 こうして2人とガランは王都へと旅立った。2人は名前を変えることにした。クロナはラフィーク、ザキノスはエスロビ。


 その道中、立ち寄った森でラフィークはエスロビと腕試しをする。エスロビは鞭が達者で、ラフィークは木剣で立ち向かうが全く歯が立たない。


「どうだい、僕の鞭は。まるでカマキリの鎌みたいだろう?」


 やがてエスロビは鞭で兄の得物を取り上げた。ラフィークの完敗だ。弟は召し使いに笑いかける。


「どう思う、ガラン。僕が前に出るより、兄様が交渉事を担当し、僕がその影で仕事をこなす、というのは。僕は――そうだな、兄様の奴隷という役を演じよう。うん、それがいい」


「しかし、肩に焼きごての(あと)――烙印がないと、奴隷の役は無理でしょう」


 エスロビは意に介さず言った。


「じゃあすぐにでも烙印をつけよう。調達して、ガラン」


「それはいくらなんでも無茶苦茶です。お考え直しを」


「駄目だよガラン、僕を落ち延びさせたのはお前なんだ。最後まで責任を取ってもらわなくちゃね」


「エスロビ様……」


 こうしてラフィークは暗殺者『蟷螂』として、奴隷のエスロビと共にズールと面会した。場所は王都の裏街道だった。ラフィークはエスロビと共に声質も喋り方もガラリと変えていた。これからは自分が『蟷螂』として、奴隷という設定の真の暗殺者――エスロビのご主人様役を演じるのだ。


「貴方がズール氏ですねぇ。小生はラフィーク。こっちは奴隷のエスロビ。仕事を回していただけるとのことで……」


 ズールはエスロビの烙印を見て信用したらしい。


「ガラン殿の紹介だからな。2人に殺してもらいたいのは……」


 そうして2年半前、王都から脱出して地方へ落ち延びるまで、暗殺を成功させること6回。莫大(ばくだい)な報酬はガランが管理して、2人は国内情勢の変化を見守っていた……




 エスロビを埋葬し終わった。ラフィークは暗殺者『蟷螂』を演じる必要がなくなったため、語調を昔に戻している。


「……というわけです。小生らは自分たち兄弟の輝かしい未来を獲得すべく、今回の奇妙な暗殺に全身全霊で集中していました。グランザル氏を完全に油断させている、その確信もありました。でも、それだけじゃ駄目でした。あの強いエスロビですら殺されるなんて……。ガランに何と報告すればいいか……。ともかく、これで『蟷螂』は終わりです。僕では暗殺者の物真似こそ演じられても、実際の暗殺なんてものは出来っこありません」


 オレは尋ねた。


「で、これからどうするつもりなんだ?」


「このまま館を離れて、ガランの元に帰ります。ズールには会わずに。そしてもらった金貨で店でも何でも始めたいと思います。お二人はまだ館に(とど)まるおつもりですか?」


 ガドニスがうなずく。


「もちろんだ」


 オレも続いた。


「オレはズールを待つ」


 ラフィークはエスロビの墓の前の岩に腰掛けた。


「じゃあ僕は墓前で少し祈ってから出発いたします。お二人ともお元気で……」




 オレたちは館への道を辿っていた。ラフィークとエスロビの半生を脳裏で何度も眺め直す。このまま無言で帰還するのかと思いきや、ガドニスが口を開いた。


「これで残るは俺たちだけだな、クラネア」


「ああ。ハイドロが戻らなければな」


『飛燕』はつぶやくように言った。


「戻らないさ」


「どうしてそんなことが言える?」


「僕が殺したからさ」


 オレは聞き捨てならない台詞に、愕然(がくぜん)とガドニスを見上げた。


「お前が殺した?」


「そうさ。急流の川がある谷底目掛けて、背中を突き飛ばしたんだ。崖の高さはともかく、水深の浅さで頭を打ったようだ。その上でいくらなんでもあの流れの速さじゃ、もう生きてはいないだろう。『水蜘蛛』も死んだってわけだ」


 オレはぞっとして足を止め、短剣の柄に手をかけた。ガドニスは少し歩いてからこちらの様子に気付き、振り返る。その狐顔に、オレは感情の起伏を見い出せなかった。

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