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0036暗殺者たちと孤高の王

「このソースはお主の手によるものか、クラネア?」


「おう」


「チャベスの味にそっくりじゃ。ということは、合格点ということじゃな」


 嬉しい。まだ一品しか作れないくせに、オレはもう料理の大家(たいか)の気分だった。


「じゃんじゃん食べてくれ、グランザル」


 それにしても、グランザルはオレたち「ズールの暗殺者」たちの仇である。ダルゲゾン、ブロニッカ、ベルサリオの命を立て続けに奪った、にっくき人物であるはずだ。それでもオレは復讐を遂げよう、という気にはならない。


 それはなぜかといえば、グランザルがあまりにも正々堂々、彼らの暗殺を受けて立ってきたからだ。館主は暗殺者7人が揃った際オレたちに話した条件を、今でもきっちり守っている。彼は仕掛けてきた者のみ殺した。正式な決闘で勝っているわけであり、非難するのはお門違(かどちが)いというものだった。だから文句のつけようもないというわけだ。


 食堂内は燭台の明かりがあるものの、外の曇天を反映している。いつもより薄暗い。そう、だから何が起こったのか、とっさには分からなかった。


 食事が始まって少し経ってからだろうか。空気を切り裂く鋭い音と共に、グランザルが急に苦しそうに自分の首を押さえたのだ。よく見ればそこには鞭が巻きついている。その端を辿ってみれば、攻撃を仕掛けたのは『蟷螂』ラフィーク――ではなくその奴隷、エスロビだ!


 彼はラフィークの右腰から右手で鞭を取り外すや否や、そのまま流れるようにグランザルの首へ叩きつけたようだった。オレはただ呆然とその攻勢を見つめた。


 エスロビが金切り声で叫ぶ。


「くたばれ、グランザル!」


 鞭を力強く引っ張ってたぐり寄せ、左手のナイフを老人の目に突き刺そうとする。グランザルはとっさに右腕で顔をかばった。そこに短剣の刃が深く食い込み、赤い血が噴出する。手傷を負ったのは老人なのに、焦ったのは奴隷の少年の方だった。完全に、完璧に不意を突いたはずなのに、予想外の敏捷性(びんしょうせい)で防がれたからだ。


 エスロビは素早く短剣を引き抜いて、今度こそとばかりに突き入れる。だが同じく食事用の短剣を右手に握り締めたグランザルは、それで再度の攻撃を弾くと、鞭を――負傷しているにもかかわらず、凄まじい力で――真っ二つに切断した。そうしてぱっと後ろに飛んで距離を取る。信じられない身のこなしだった。


 グランザルは腰の長剣を抜いて構える。ものの見事に奇襲を失敗したエスロビは、周章狼狽(しゅうしょうろうばい)して震え上がった。恐怖のいばらに全身を絡め取られた格好だ。


「どうやらただの奴隷ではなかったようじゃな、エスロビよ。見事な攻撃であった。危うく殺されるところじゃったわい」


「う、うわあああっ!」


 エスロビが狂ったように鞭の切れ端やナイフを投げつける。もちろん老人はそんな手当たり次第の、闇雲な攻撃など意に介さず払いのけた。その目が容赦ない光を帯びる。


 そうして疾風のように走りこみ、エスロビを袈裟懸けに斬り捨てた。真紅の血潮が傷口から湧き出し、エスロビは悲鳴を上げて椅子もろとも転倒する。ラフィークはオレとガドニス同様、全く動けなかったが、このときようやく呪縛から解かれたらしい。ひざまずいて奴隷少年を抱き上げる。


「エスロビ!」


 血の塊を吐き出しながら、少年は「兄様……」とだけ言葉を発した。そして、がくりと全身を弛緩させた。


 彼は、烙印を押された紅顔の美少年は、死んでしまったのだ。


 ラフィークは彼を床に寝かせると、長い両腕を器用に折り曲げて、両手で顔を覆った。


「エスロビ……エスロビ……」


 名前を連呼しながら、嗚咽を漏らしてしゃくり上げる。そこに、あの余裕たっぷりの『蟷螂』の面影はなかった。


 グランザルが剣をしまう。


「肩の次は右腕か……。チャベス、包帯を持って来るのじゃ」


 彼は冷静に自分の椅子に座った。今人間を――それも年端(としは)のいかぬ少年を――切り伏せたことに、何らの動揺も見せていない。首に巻きついた鞭を引き剥がして、食堂の隅に放った。


 オレとガドニスは金縛りが解けたように、慌ててエスロビの死体に駆け寄った。ラフィークはただひたすら号泣するのみだ。彼にはグランザルにエスロビの仇討ちを仕掛ける、というつもりはないらしい。


 そこまできて、ようやくオレは気がついた。


「暗殺者『蟷螂』はラフィークじゃない、エスロビの方だったんだな。あの電光石火の鞭の一撃こそが、まさにカマキリの鎌だったというわけだ。だから『蟷螂』ということか。手足の長いラフィークの姿から、人々が誤断するように仕向けていた。そして油断している相手に、鞭を使って不意打ちを仕掛ける――それが『蟷螂』の得手だったんだな」


 エスロビの演技もラフィークの演技も見事だった。オレもガドニスもグランザルも、すっかり(だま)されていたのだ。


 しばらくラフィークの慟哭(どうこく)は続いた。




 中途半端に終わった昼食には全く未練を感じなかった。オレとガドニス、ラフィーク――ようやく泣き止んだ――は、『蟷螂』エスロビの死体を抱えて墓穴へ向かった。空は雨こそ止んでいるものの、黒雲が千切れ飛ぶなど不穏な気配を見せている。道すがら、ラフィークはエスロビとの関係をオレたちに話してくれた。




 今から27年前のことだ。大貴族ジャピマは辺境伯の娘シュザンヌと政略結婚した。その1年後、めでたいことに男児クロナを授かる。だが喜びの日々は5年後、唐突に終わった。シュザンヌが病に倒れて亡くなってしまったのだ。ジャピマはクロナを抱き締めながら、シュザンヌの亡き骸を前に号泣した。


 更に5年が経過した16年前、ジャピマに再婚の話が持ち上がる。相手は20歳のラグリー。未亡人で子供はない。その美貌もさることながら、死んだ夫の莫大な遺産を継いでいるという。ジャピマは大喜びで結婚を受諾し、晴れて夫婦(めおと)となった。


 だがその1年後、ジャピマは急死。ラグリーは彼との間に授かっていた男の子を産み、ザキノスと名付けた。彼女はジャピマの領地と人材を受け継ぎ、周辺の貴族たちが看過できぬほどの一大勢力となる。前夫の時代からラグリーの腹心だった家臣ノンチャが、軍事面の一切を取り仕切り、主を盛り立てた。15年前の出来事だった。


 以降、ラグリーは11歳のクロナを蔑視。事あるごとに「いらない子」「()み子」と(さげす)み、反対に自分の血を引くザキノスを可愛がった。だがザキノスはラグリーよりクロナに懐いた。それがラグリーの怒りを買った。


 2年後。ラグリーは「クロナがザキノスを殺そうとした」と嘘をついて、13歳のクロナを捕縛。奴隷として売り飛ばした。だがジャピマの忠臣でクロナの教育係でもあったガランは、この処置をあまりに不憫(ふびん)で理不尽と感じたようだ。彼はラグリーの見えない場所でクロナを買い取り、手元に保護した。クロナは肩の烙印といい、この1年散々な目に遭っていたらしく、ガランに抱きすくめられると安堵の涙を流した。


 以後、クロナは遠く離れた地でひっそり暮らすことになる。ガランの送金を元に、剣術を鍛え、その長い手足を使った自在の技を会得した。クロナはラグリーを恨みはしたが、実の子でもない自分が(うと)ましかったから、嘘をついてまで売り払ったのだろうと考えて己を納得させた。両親であるジャピマとシュザンヌを失い、頼れるものはガランのみ。心細い毎日だった。

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