0035暗殺者たちと孤高の王
「ベ、ベルサリオ……! グランザルにやられたんだな、クラネア」
ようやく落ち着いてきたオレは、ベルサリオの頭を抱き締めた。
「ああ。『岩躯』『火袋』に続き、『妖美』も返り討ちに遭ったというわけだ」
ラフィークが不謹慎にも口笛を鳴らす。痛快そうだった。
「これはいよいよ、あの老人を殺す隙というものが見えなくなってきましたねぇ。ハイドロ氏も戻ってきていないようですし、勝てる人間はいるんですかねぇ?」
そこへグランザルとチャベスが戻ってきた。老人の肩に乗った白布が赤く染まっている。
「悪いが男の客人方、ベルサリオの死体をとりあえず館の裏に運んでくれんかのう。チャベス、お主も手伝うのじゃ」
「承知いたしました」
ガドニスが困惑した。
「せめて彼女に何か着せるものをやってくれ」
「ではベッドのシーツでくるむのじゃ。その方が持ち運びも容易いからのう」
こうしてベルサリオだった肉体は、まだ夜明けてないうちにいったん屋外へ移動させられた。雨はしとしと降り続いている。
翌5日目の朝食は更に寂寥感が漂っていた。ダルゲゾン、ブロニッカ、ハイドロ、ベルサリオがいなくなり、暗殺者は半減している。盛り上げ役だったベルサリオが死んだことは、食堂に気まずい静寂をもたらした。皆、黙々と卵や野菜、パンを口に運んでいく。その動きはどこかぎこちなかった。
そんな中、グランザルだけが意気軒昂としていた。肩の傷――今となっては『妖美』の勲章だ――を痛がる素振りも見られない。旺盛な食欲を満たすことだけに集中しているかのようだった。
「どうしたんじゃ、皆。チャベスの料理の腕前に疑問でも感じたのかのう?」
オレは理不尽とはいえ、怒りを抑えきれない。
「あんたは……あんたはベルサリオを殺しておいて、よくそれだけ食えるな。暗殺者『水蜘蛛』としてオレは多くの人間を殺してきたが、翌日から数日は食事が喉を通らなかったぞ」
「ほう、お主はやはり『水蜘蛛』なのか」
「あ……」
グランザルは哄笑した。
「自分で漏らしてれば世話がないわい」
オレはガドニスに目配せした。ベルサリオの死にかこつけて、自分を『水蜘蛛』だとグランザルにさりげなく誤認させたのだ。ガドニスはこっそりうなずき、オレの機転を賛美した。
しかしオレは思う。この策も、本来の『水蜘蛛』であるハイドロがいなくなった今、続ける必要があるのだろうか、と……
食後、暗殺者とその奴隷を合わせた男3名――ラフィーク、ガドニス、エスロビ――は、雨の中ベルサリオの死体を墓穴へと運んでいった。それを見送った後、オレは厨房でチャベスに料理を習う。何かしていないと頭がおかしくなりそうだったからだ。
チャベスが鶏肉の焼き方を講義しながら、ふとこんなことを打ち明けた。
「ご存知ですか、クラネア様。元聖堂に掲げられている毛皮の上着なのですが……あれは、グランザル様のものではないんです」
オレは火加減の調整に忙しい。
「へえ、そうだったのか。じゃあ誰のだ?」
チャベスは妙に重々しく言った。
「グランザル様のご子息、ラセイン様のものでございました」
オレの顔をじっと見つめる。オレはそういえば、と思い当たる節があった。目の前のチャベス本人が言っていたっけ。『私はグランザル様の「今は亡きご子息」から、生前命じられています』と。それがラセインなのか?
オレがそのことを聞くと、チャベスはオレの記憶力に賛嘆した。
「よく覚えていらっしゃる。その通りです。それが大海賊『骸骨』の後継者、ラセイン様でした。3年前、命を落とされましたが……」
「ふうん。グランザルにとっては後継者を失ったわけか。それでこんな辺ぴな場所に引きこもってるんだな」
「いえ、グランザル様の当地における隠居生活は、それより以前から始められました。ラセイン様の訃報を聞いたご主人様は、それはもう悲嘆に暮れて……酒に溺れる日々でした」
チャベスは喋りながら、オレの相貌をいちいち観察する。さすがにオレも気付いた。
「何だよ。オレの顔に何かついてるか?」
「いいえ」
その後はごく普通の師弟関係で調理を学んだ。今度こそ美味いと言わせてやる、と、オレは意気込んでいた。ベルサリオの無残な死に顔を、努めて思い出さないようにしながら……
外套もびしょ濡れで3人の男たちが帰って来た。『飛燕』ガドニスが頭巾を取って、その狐顔を手の平で撫で上げる。
「いやあ、まいったまいった。墓穴には雨水が溜まってるし、足元は滑りやすいしで大変だった。……僕たちが出ている間、何か変わったことはなかったか、クラネア」
「そうだな、オレの料理の腕前が一段上昇したかな」
ガドニスはチャベスに脱いだ外套を手渡しながらげんなりした。
「勘弁してくれよ、クラネア」
「どういう意味だ」
『蟷螂』ラフィークがくしゃりと笑った。
「クラネア氏の調理は独特の味わいがしますからねぇ。胃が鍛えられるというか」
奴隷少年エスロビはいつも通り彼につき、かいがいしくその外套を脱がせる。いたずらっぽく笑った。
「ボクも同感です。クラネア様の作品の後だと、チャベス様の料理がいつもより美味しく感じられるというか……」
オレは遠まわしの罵声に憤慨した。
「どいつもこいつも……今に見てろよ。さあ、昼食だ、昼食。食堂に来い!」
ふとそのとき、ラフィークがいつも右腰にぶらさげている、丸めた鞭が目に付いた。なぜかドキリとしたのは、長く暗殺稼業に身を浸してきたゆえの予感だろうか。
オレは今回は弟子として、チャベスと共に料理を運んだ。テーブルの奥にグランザルが座り、こちらから向かって左がガドニス、右がラフィークという席順だった。厳密にいえば右手手前からラフィーク、エスロビの順だ。その目の前にパンとスープを置いていく。
外は嵐のような豪雨で、時折雷鳴が聞こえてきた。オレはチャベスに尋ねる。
「そういえばあんたはいつ食ってるんだ?」
「私は皆様が食事を終えられた後、後片付け・清掃してから、残り物をいただいております。食べきれなかったものは後に回すか、家畜に飼料として与えるかしております」
館の裏の鶏小屋で絞めた一羽を、大まかに切り分けて焼いてある。それを手の届きやすい位置に配置して、さあ午餐の準備は整った。オレも席に加わり、グランザルたちと井戸水で乾杯する。早速食べ始めた。
隣のガドニスがうなった。
「美味いな……。とてもこの前料理を焦がした奴の仕業とは思えん」
オレは単純な喜びに思わず頬が緩む。奴の肩を音高く叩いた。
「そうだろうそうだろう。特訓の成果だ、もっと褒めろ」
エスロビが恐る恐る料理に手をつけた後、その眉間の皺を解消する。オレに笑顔を見せた。
「美味しいです、クラネア様」
「上達してますねぇ」
彼の主人であるラフィークも太鼓判を押してくれる。オレは有頂天になった。
「どうだ、グランザル!」
老人は無心に食べた。まるでがっつく子供のようだ。




