0039暗殺者たちと孤高の王
館主はいかにも楽しげにころころと笑った。余裕のていだ。
「……どうやら本気らしいのう。分かった。わしはそれまでに肩と右腕の傷を養生しておこう。楽しみじゃのう」
オレにも話を振る。
「クラネアも気が変わったらわしを仕留めに来い。そのときはガドニスとの約束を破棄し、殺し返してやるぞ」
「ふん」
オレは無視してパンをかじった。
その夜。自室で一人、オレは悩んだ。苦悩に懊悩を重ね、それが正しい道かと頭を働かせた。だが時間だけがただ過ぎていく現状を、このまま放置してはおけなかった。オレは思い切って部屋を出る。武器は全て残していった。
「起きてるか、ガドニス」
オレは『飛燕』の寝泊りしている2号室を訪ねる。ドアを叩くと、中から彼の声がした。
「クラネアか? ちょっと待ってろ」
かんぬきが外され、扉が開く。ロウソクを掲げ、少し驚いているガドニスの狐顔が現れた。
「どうした」
「別にいいだろ」
オレは中に入ると、ドアを閉めてかんぬきをかける。ガドニスは先日自分から押し倒してきたくせに、逆の立場になると狼狽した。
「おい、自分はズールの物だとまで宣言してたじゃないか。何考えてんだ」
オレもさすがに心臓が跳ねるのを止められない。ただ真正面から向き合うと、これでいいんだという確信を得られた。悩みの黒雲が吹っ飛んだ後には、嘘のない晴天が広がっている。
「ガドニス。お前と会ったのは4年前の暗殺の手ほどきの際だけだ。――この前オレを組み伏せたとき、こう言っていただろう。『本当に久しぶりだな、クラネア。お前は美しくなった。俺が見込んでいた通りに……』と。お前、4年前からずっとオレのことを覚えていたのか?」
ガドニスはふっと陰のある顔をした。
「ああ。忘れたことなんか一度もない。僕はあのとき確かにお前に惚れたんだ」
「ほう。どこら辺が良かったんだ?」
少し意地悪な質問をすると、『飛燕』はどうしたものかというようにしばし沈黙する。だがややあって口を開いた。
「男勝りなところかな。本当は弱いのに、意地を張って突っ張っているところが僕の琴線に触れた。それに、単純に好みの顔だったところもある」
ガドニスは後退し、ベッドにつまずいて腰掛ける。
「あの晩お前と別れてから、いつか再会したいと念願していた。それがつい先日に叶って、少し有頂天になっていたんだな。この前お前を抱こうとしたのは、お前も僕を大切に想ってくれているんだ、と勘違いしたための所業さ。ズールに悪いと思いながらも止められなかった。改めて許してくれ」
律儀に頭を下げる彼に、オレは苦笑した。
「オレの股間蹴りで怪我しなかったか?」
「僕のは特別頑丈なんだ」
「くだらない……」
オレはガドニスに近づくと、その手からロウソクを奪い、脇の机に置いた。その上で彼に抱きつく。
「オレのためにハイドロを殺させちまった。せめてその償いぐらいはしておかなきゃな」
そう言って、今度は自分からキスした。
後のことは覚えていない。濁流のように時が過ぎ去っていった。
「僕はゴロツキどもの巣窟で生まれた」
オレと共にシーツから顔だけ出して、ガドニスは昔語りをした。
「盗賊団の頭領とその愛人との間に、第一子として誕生したんだ。ケニーと名付けられた。彼らがどうやって稼いでいるのか、考えなかったし考えたくもなかった。お袋は僕を一人前――12歳になるまで面倒見てくれた。その間に教えられたのは人殺しや逃走、騙しや脅しの技術だけだ。初めて人間を殺害したときは、あまりの恐怖と罪悪感とで一晩中震えていたよ。ただそれも最初だけ。僕はすぐに血なまぐさい世界に馴染んでしまった」
オレの髪をいとおしそうに撫でる。
「親父の統制が上手くいっていたんだろう、盗賊団は時に追われ、時に人死にを出しながら、それでもまた再結集しては非道の限りを尽くした。その間、親父を裏切るものはいなかったよ。仲間思いで豪快で、とにかくその人望はひとかどのものだった」
オレは感心した。
「ズールのような感じか」
「ああ、そうだな。ズールのような胸のすく人物だった。しかしある晩だ。親父たちは官憲の兵士たちに襲撃を受けた。それはもう物凄い戦いで、僕のお袋は斬り殺され、親父もまた手傷を負って逃走した――泣きじゃくる僕を連れながら。盗賊団は今までになかったぐらい散り散りになり、僕は頭領たる親父と数名の部下だけに守られて、何とか落ち延びたんだ」
ガドニスの声が苦痛に満ちる。
「お袋の最期、親父の痛々しい姿、次々に殺された仲間たち。僕はそれらを目の当たりにして、一つの決意をした。これからは自分一人で生きていける、そんな力を獲得をしよう、と」
長く息を吐いた。
「そこでまず目指したのは読み書きの自由だ。僕には詩歌を吟ずる才能らしきものがあった。盗賊団が健在だったときは、よく皆に口頭で聴かせたものさ。自慢じゃないが、彼らは僕の詩歌を誉めそやし、これは金になるぞ、と賛嘆した。そのことが頭にあったので、僕は一人訪れた街で手製の台に乗り、道行く人々に語って聞かせたんだ。詩人の真似事さ。だが反響は大きかった。立ち止まって僕の言葉に聞き惚れるものが多数現れてな。一週間もするとおひねりをもらうまでになった」
「へえ、お前、そんな才能あったんだ」
ガドニスははにかみ、オレの頬に手を当てた。いつくしむようにさする。
「評判はようやく高まり、やがて領主の耳にまで届いた。彼に招かれて吟ずると拍手喝采さ。まだ12歳の僕は親父の元に帰らなくなり、領主を後援者として城に入り浸るようになった。幸いにも僕が盗賊団の頭領の息子だと知るものはいなかった。僕はそこで5年間、みっちりと読み書きの鍛錬に明け暮れさせてもらった。ラドウィク伯領の詩人ケニーといえば、知らぬものはないぐらいにまで成長したんだ」
オレはまばたきした。
「それがまた、どうしてズールの暗殺者なんかになったんだ?」
「……僕は風流人として楽しく雲の上を歩いていた。だが下から足を引っ張られ、地上に引きずり下ろされたんだ。そう、親父だ。彼はある日忽然と消えた僕を死んだものと思って、傷が癒えた後も捜さずにいたらしい。ところがどこかで僕の噂を聞きつけたようだった。僕が日頃から詩作のために手近な森を散策することも突き止めたみたいだ。そうして実際、会いに来たんだ。お供を2人従えてね。僕の側は詩人仲間とその従者の計5人だった」
そのときの恐怖やいかばかりだったろう。オレは彼の言葉に聞き入る。
「親父は僕を見つけるや否や、愕然とした顔に一種の喜悦を浮かべていた。『俺が分かるか、ケニー』と、僕の名前を呼んだ。僕の仲間たちは意味が分からず、目の前の3人と僕を交互に見る。親父は手を差し伸べた。『ここで出会えたのも運命だ。盗賊団に帰って来い、ケニー。また俺たちと一緒に自由気ままな暮らしをしよう。金はたんまり持ってるんだろ? そいつで酒盛りして、昔みたく詩歌を吟じてくれよ。そうして再び商人や職人どもの荷馬車を襲って、役人どもを返り討ちにして、血塗れの、野生動物のような暮らしをしようじゃないか』」




