0029暗殺者たちと孤高の王
俺は哀訴でかわそうとする。クラネアは――暗殺者とはいえ――それほど非情ではない。その読みがあった。実際彼女は、俺の縮こまった態度に気勢を削がれたと見える。
「お前、口は固いのか?」
「まあ、そこそこ。ダルゲゾンからも生前、あることを頼まれたぐらいだからな」
真実を織り交ぜておけば信用されやすいだろう。俺はクラネアの信頼を勝ち取るべく、どんな手でも使うつもりだった。
彼女は短剣の狙いを俺に定めたまま問いかけてくる。
「ダルゲゾンから何を頼まれた? 正直に答えれば見逃してやるが」
ここは悩みどころだった。だが俺は、自分が生き残るためにも、ダルゲゾンとの約束を生きて果たすためにも、敢えて危険な選択をした。
「……言ったろ、俺の口はそこそこ固いんだ。喋る気はないな」
「ふん……」
クラネアは興味を失ったように鼻を鳴らすと、短剣を下ろした。俺は賭けに勝ったことを知った。こちらも両手を下ろす。
彼女は語調を変えて尋ねてきた。
「ハイドロ、一つ聞いていいか? ……オレの今の得手で、あの怪物を――グランザルを倒せると思うか?」
俺はダルゲゾンにも同様の質問をされている。あのときは彼が勝つと思ったものだが……結果は逆だった。窮地を脱してほっとしていた俺は、とりあえず明言を避ける。
「さあな。やってみるまで分からないだろうよ」
クラネアは木に近づき、刺さっている短剣を抜き取る。腰の鞘に納めた。
「話のついでだ。どう思う、今回のズールの依頼」
「というと?」
「お前も手紙をもらってここに来たんだろう? 巻物はズールの封蝋印だしズールの筆跡だ。どこからどう見ても彼の手紙に間違いない。だが昨晩ガドニスも言っていたが……」
クラネアの顔が歪む。何か嫌なことを思い出してしまった、という表情だった。
「ガドニスも言っていたが、今回のグランザルの財宝話は、何か裏がありそうだ。しかしグランザルもチャベスも、これまで嘘をついているようには見えない。確かに財宝はあり、グランザルを殺したものに譲り渡す、そんな不思議な話が実際あるように思わせている。しかし真実そのようなのにもかかわらず、やはりどこか薄ら暗い面がありそうなんだ。もどかしいことに、それがなかなか掴めない」
彼女の金髪のお下げが風になびく。ベルサリオには及ばないが、彼女も美形と呼べる容姿の持ち主だ。
「ハイドロ、それぐらいなら喋れるだろ? お前の意見を聞きたい」
俺は顎をつまんだ。今回の仕事の裏面、か。それについては、前々から考えていたことがあった。はっきりまとめて、なおかつ言葉にして撃ち出すのはこれが初めてだ。
「そうだな……。俺は思うんだが、ズールはもう殺されている可能性がある」
一拍の間。そののち、クラネアの顔色が青く変じた。
「何だと!」
筋違いな怒声を浴びせられ、俺は手を振って落ち着かせる。
「予想だ、予想。……ただ、ズールは今回の一件でこれまで一度として顔を見せたことがない。これは彼の性格上さすがにおかしい。俺は……俺はズールを信頼している。クラネアもだよな?」
「ああ」
「ズールは天然の人たらしだ。仕事はきっちりやるし、裏切らず、約束も誠実に守る。話術に長けていて、一緒にいる相手を必ずいい気持ちにさせる。放っておけば、誰もが彼を自然と崇拝するだろう。暗殺稼業という裏街道をゆくものでなければ、それなりの地位を得ていたんじゃないか?」
クラネアはズールを褒められるのが嬉しいらしい。かすかな笑みを浮かべてしきりとうなずいた。
「そうだ、その通りだ」
「そんな人物のズールが今回に限って、こんな乱暴な仕事をするものだろうか? 手紙を与えて呼び出しておいて、後はグランザルとチャベスの主従に任せ切りだなんて……どう考えてもおかしい」
クラネアは俺の両目を射抜くように見つめて、深刻な表情をした。無言の催促に、俺は続きを喋る。
「グランザルは真実を語っていない気がする。ひょっとしたら奴はズールを捕らえて拷問し、俺たち7人のことを吐かせて、今回の手紙を書かせたんじゃないか。そしてその後、用済みとばかりにズールを始末したんじゃないか。それなら彼がやってこないのも、彼の現在の状況をグランザルやチャベスがぼかすのも、筋が通る」
クラネアは震え声で問いかけてきた。
「じゃあ、ズールはもう……」
「死んでいる。それが俺の見立てだ」
彼女は膝の力が抜けたようにその場に崩れ落ちる。両手を落ち葉の上についた。声が震えている。
「そんな……そんな……。ズールが、ズールが殺されたなんて……!」
あまりの嘆声に、俺もちょっと話の補強を余儀なくされた。
「おい、さっきも言ったけどこれは単なる予想だ。外れてる場合もある。ズールはまだぴんぴんしているかもしれない。ただそういう可能性もあるってだけの話だ。……おい、聞いているのかクラネア」
彼女は俺の言葉など右から左へ素通りさせているようだ。両手が枯れ葉を巻き込みつつ拳に握られる。
「おのれ、グランザル……! 今すぐにでも奴の首を掻っ切ってやる!」
もどかしく立ち上がったクラネアが、猛然たる勢いで屋敷に戻ろうとする。俺はその金髪のお下げを掴んで引っ張り、彼女を背中からずっこけさせた。
「何をする! ハイドロ!」
激怒するクラネアに、俺は冷や水をぶっかけた。
「落ち着け。お前の投擲じゃグランザルを殺せない。特に、今の冷静さを失っているお前じゃあな」
彼女は唇を噛み締め、悔しさを押し殺した。しばらく葉っぱの絨毯の上で大の字になり、気持ちを静めていく。
「……分かったよ。離せハイドロ。確かに仮定の話で取り乱したオレが悪かった」
俺はお下げを手離した。クラネアは起き上がると、手の甲で左右の目尻を拭う。その後は、もういつもの彼女だった。
「どうやればグランザルを殺せるんだろう? お前は何か構想はあるのか?」
俺は沈思黙考した。
「そうだな、意表を突ければあるいは殺害できるかもしれない」
「本当か?」
「グランザルは――嘘をついていなければ――俺、クラネア、ガドニスの3人の名前と異名が一致していないはずだ。ここで正直に打ち明けると、俺は『水蜘蛛』だ。お前は『迅雷』だろう?」
クラネアは渋々、といって体で点頭した。
「見られた以上は隠してもしょうがないな。そうだ、オレが『迅雷』だ」
「ならガドニスは自然に『飛燕』ということになる。そうだな?」
彼女は今更その展開に気付いたとでもいうように口元を押さえた。
「しまった。隠しておくべきだった」
俺は苦笑する。クラネアのそうしたちょっと抜けた部分に対してではなく、それを含んで、喜怒哀楽がはっきりしている人間性に対しての笑いだった。
俺は親指で後ろを指し示した。
「この向こうに湖がある。グランザルをそこまでおびき寄せて水中に落とせば、後は俺が始末をつけられる。そうだな――これから俺が『飛燕』を演じるから、お前は『水蜘蛛』を演じろ。ガドニスにも協力してもらって、『迅雷』を演じてもらう。後はグランザルが油断した隙に乗じて、俺が湖へ誘って殺す」




