0028暗殺者たちと孤高の王
まだ早朝だ。若干暑い小春日和ながらも、石造りの屋敷の中はやはり涼しい。部屋の外に出て元聖堂に入ると、ラフィークが右に立つエスロビと共に、毛皮の上着を両手で広げて仔細に眺めていた。こちらの足音に気付いて振り返る。
「おはようですねぇ、ハイドロ氏」
「おはようございます、ハイドロ様」
「ああ、おはよう、2人とも」
ラフィークはステンドグラスを透過する東からの陽光を見上げた。
「もう少し外が明るくなったら、ガドニス氏も誘ってブロニッカ氏を埋めに行きましょう。構わないですねぇ?」
「ああ。……それよりその上着は何だ?」
ラフィークは元聖堂の神像の位置に、代わりのように置かれている一本の棒へ上着をかけた。
「分かりませんねぇ。なぜグランザル氏は、この着物をここにかけているのでしょう? 毛皮を使ってありますが薄手で、袖もないし、およそ冬には向かないものみたいですがねぇ」
俺は適当に考えた。
「グランザルの家族の形見とか」
「まあ、そんなところかも知れませんねぇ。何にしても彼にとっては大事なものなのでしょうねぇ」
その後、ガドニスが起きてきた。目の下に隈が出来ていて、酷い顔だった。
「どうしたガドニス。何かあったのか?」
「いや、何でもない。ちょっと寝不足なだけだ。……さあ、ブロニッカを埋めに行こう」
空元気を出しているのは何故なのだろう。
俺たち4人は朝食抜きで墓穴へ向かった。森の中は清浄な空気に満ちており、ぽかぽか陽気で汗ばむほどだった。
昨日ダルゲゾンを埋めたときは穴を拡張せねばならなかった。しかし、さすがにブロニッカまで同じようにするのは骨が折れるということで、今日は無理矢理詰め込んだ。そこへ農具で土を被せていく。身分の低い墓堀人のような仕事で、銘々気が進まなかったが、同じズールの暗殺者だったというよしみでどうにかやり遂げた。
そうしながら俺は、クラネアとガドニスのどちらが『飛燕』であり『迅雷』であるのか、つらつら考えていた。異名だけでは何を得手としているのか分からない。ズールが俺に付けた『水蜘蛛』という異名は、水関係だろうとすぐ推測され、ちょっと分かり易すぎて損をしている。まあ、水中で無敵という実際までは悟られないであろうが。
「ざっとこんなもんだな」
俺たちは昨日に続き、今日も埋葬を終えた。冥福を祈って花を手向ける。その後、お腹が鳴る音をそれぞれ響かせながら、陰気な墓地から退散した。井戸水で泥を落とすと、顔も洗って人心地つく。
館に戻ると、グランザルとクラネア、ベルサリオが食堂で談話していた。もっとも笑っているのはベルサリオだけで、関係を持ったグランザルを相手に自慢話に花を咲かせているようだ。
一仕事終えた俺たち4人が帰還すると、チャベスがタイミングよく料理を運んでくる。遅い朝食――もう昼食か――が始まった。
「何だお前ら。仲たがいか?」
俺はそう言って、対面しながらぎこちなく食事するガドニスとクラネアに声をかけた。昨日までは2人とも仲良さそうに喋っていたので、その懸隔が気にかかったのだ。
クラネアはしらを切る。
「何でもない。いつも通りで、少し喧嘩しただけだ」
ガドニスは同調した。
「まあそんなところだな」
俺の目にはクラネアが怒り、ガドニスが恐縮しているように見えた。だがそれ以上の追及は控える。どうでも良かったからだ。
ラフィークがグランザルに尋ねた。
「あの広間の毛皮の上着は、何のために掲げられているのですかねぇ?」
グランザルは作り笑いを浮かべて一同を眺め渡した。
「わしの現役時代の一張羅じゃ。大して意味はない。取らないでくれたまえ」
俺はその言葉に嘘を感じた。まるで何かを確かめるかのように、老人の瞳が全員の顔を探っていたからだ。それは普段冷静なグランザルにしては珍しく、感情を露わにした瞬間だった。もっとも、それがただの見間違いだったかと思われるほど、露出は刹那で終わってしまったが。
その後、昼食は何事も起こらず終わった。
午後はそれぞれ部屋に閉じこもったり、陽に当たりに外出したりしたようだ。俺は人目を忍んでまた湖に向かった。あんまり魚を取り過ぎると得手を疑われるだろうから、今回はよしておこう。俺はまたブレー一着になって水に浸かり、しばし無心に泳ぎ回った。今日の水は昨日より一段暖かだった。
途中、セグリットの亡霊が俺の足を捉まえに来るんじゃないか、と一瞬不安になったが、そんなことは当然発生しなかった。俺は魚よりも魚らしく、自由自在に水中を堪能した。
十分に楽しんだ後、俺は館へ戻ろうと服を着て、意気揚々と森の中を歩いていった。その途中のことだ。何かが突き刺さるような鋭い音が聞こえてきたのは。俺は興味を惹かれた。昨日のダルゲゾンの正拳突きは大気を震わせるような轟音だったが、こちらは突き刺さった刃がしばしか細く振動する感じだ。俺は気配を消して隠れながらその発生源に近づいていく。
そこにいたのは金髪お下げで褐色の肌、大きい瞳のクラネアだ。ちょうど次の短剣を木に投擲していた。それは狙いあやまたず、一本目の短剣のそばに命中する。さっきのような音が鳴った。
クラネアは一辺の可愛らしささえ捨て去り、暗殺者の目と表情で得物の貫通を見届けた。それはこの技こそが彼女の得手であることを端的に示している。これが、この正確無比な短剣投げこそがクラネアの技――暗殺手段らしい。
俺は頭の中で『飛燕』『迅雷』という異名をもてあそぶ。このクラネアの技術は、『迅雷』と呼ぶにふさわしいだろう。彼女は『迅雷』、ガドニスの異名は『飛燕』。これで間違いないはずだ。
俺は張り詰めた空気と殺気、緊張感に、肌が軽く粟立つのを感じた。ともあれ、ここは邪魔しちゃ悪い。早々に立ち去るとしよう。俺はきびすを返し、もと来た道を戻ろうとした。
と、そのときだった。
「はっくしょん!」
少し体が冷えていたためか、俺はこの状況で思わずくしゃみをしてしまったのだ。
「誰だ!」
聞きつけたクラネアがこちらに凄まじい怒気を叩きつけてくる。振り返ってみれば三本目の短剣を俺の方向に身構えていた。俺は両手を挙げてそろそろと木陰から出る。もし逃げたりしたら、あの刃が俺の背中に突き刺さることは間違いなかった。そんなのごめんだ。
「俺だ、クラネア。ハイドロだ」
絶体絶命。ここは彼女の気分が俺の一命を左右する。俺は喉の耐え難い渇きを覚えた。
クラネアが俺を睨みつける。殺気の塊が俺の顔面にぶつけられた。
「お前か、ハイドロ。……オレの技を見やがったな?」
まさか今更とぼけても仕方ないだろう。俺は首肯した。
「ああ、見た。そんなつもりはなかったんだが……」
「嘘付け! オレが気付かなければそのままやり過ごすつもりだったんじゃないのか?」
まあその通りだ。実際立ち去ろうとする場面を目撃されている以上、嘘はつけなかった。
「……悪い。でも誰にも喋らないから見逃してくれ」




