0027暗殺者たちと孤高の王
オレやグランザルも含め、食堂にいる皆が、チャベスの語る内容を興味深く聞いていた。老人がブドウ酒を一口あおる。
「この2年半のことは何か聞いておるか、チャベスよ」
「はい。何でも落ち延びた地方で食を満喫し、金がなくなれば道化芝居を演じて稼いでいた、とか。彼は私の料理の腕前にぞっこん惚れ込んでいました。どんな料理も食べてくださる方がいてこそ。ダルゲゾン様、ブロニッカ様のご冥福を心よりお祈りいたします」
全員杯を掲げた。でもオレは、彼らを殺したのはグランザルだろ、と少し呆れ返っていたが。
散会してからは、特に何事もなく2日目の夜が過ぎていった。オレは目の前で死んだ二人の生前の姿を思い出し、深更まで眠れないでいる。
死は誰にでも等しく訪れる。暗殺者として、どこでどのような最期を迎えたとしても、誰を恨むまでもないのは常識だ。だがダルゲゾンもブロニッカも、本当にあんな末路で満足したのだろうか……?
と、そこでドアを叩く音がした。続いて声。
「おい、ちょっといいか、クラネア」
『飛燕』ガドニスだった。
「どうした?」
オレは扉のかんぬきを外し、ロウソクを持つ彼を中へと招じ入れる。ガドニスはどことなく落ち着きがなかった。何を緊張しているのだろう?
「グランザルは異常に強い。強過ぎる。そう思わないか、クラネア」
ロウソクを机に置いて、ガドニスはそう切り出した。オレも同調する。
「ああ。まともじゃないな」
「あれは本当に病で死にかけている老人なんだろうか。僕にはそうは思われない」
「奴がオレたちに嘘をついているとでも?」
「その通りだ。グランザルはズールを仲介して、この殺人遊戯に僕たち暗殺者7人を招いたと言っているが……。その目的は本当に財宝の継承なんだろうか。何か隠しているように思われる」
「と言うと?」
「何らかの裏がありそうなんだ。今日の朝食後にラフィークと話していて、そこまでは意見の一致を見た。でもそれが何だかは分からない……」
『飛燕』は後ろ手に扉を閉めた。オレはその動きを不審に思う。
「ガドニス?」
正対する男の目に情欲の光があった。
「本当に久しぶりだな、クラネア。お前は美しくなった。俺が見込んでいた通りに……」
次の瞬間だった。オレはガドニスに無音で抱き寄せられ、あっと思ったときには無理矢理唇を奪われていたのだ。とっさのことで対応できない。
「んっ」
汗臭い男の匂いと味があった。両腕で突き放そうとするも、所詮女の力だ。『飛燕』はびくともしない。そのままベッドに押し倒された。
「ん、んんっ!」
師匠の手がオレの胸にかかる。オレは怒りを爆発させ、相手の股間を思いっきり蹴り上げた。
「ぐっ!」
この痛打にガドニスが離れたところで、オレはその下から抜け出した。短剣を手に掴んで鞘から引き抜く。
「何てことしやがる、ガドニス! 許さんぞ!」
相手の胸目掛けて突きを入れると、彼はするりとかわした。扉を開け放って外に逃走する。
「すまないクラネア。すまない」
ガドニスは心底申し訳なさそうに呟きつつ去っていった。オレは腕で口を拭うと、室外に向かって叫んだ。
「オレはズールの物だ。お前なんかの物じゃない! 今度やったら殺すからな!」
そうしてドアを閉め、かんぬきをかけた。
オレは心臓の高ぶりを忌々しく思った。ガドニスにキスされた。キスされた!
「ズール……。早く会いたいよ」
心からそう願った。
その後、オレはガドニス相手にどんな顔をすればよいか分からず、またなかなか眠れなかったこともあって、昼前までベッドの中に潜り込んだままだった。しかし朝食を抜いたせいですっかり空腹だ。ぐうぐう鳴るお腹の寂しさにはかなわず、結局オレは渋々室外に出た。厨房へ向かう。
料理していたチャベスはオレの登場に不安な顔をした。
「調理の勉強ですか?」
「いや、ただ単に腹が減っただけだ。昼飯はまだか?」
彼は明らかにほっとしていた。食材を無駄にされることがないと知っての安堵だろう、憎たらしい。
「男の客人4名がブロニッカ様の埋葬に朝早く出かけました。ただいま食事の準備をしておりますので、食堂でお待ちください」
オレは言われた通りにした。広い部屋ではグランザルとベルサリオが既に着席し、話に花を咲かせていた。ベルサリオの美貌は、悔しいが周囲を華やかにさせる力がある。
「私、子供の頃から美しくて……。今はこんな明るい化粧だけど、普段から不細工に見えるような化粧をして、邪悪な男を寄せ付けないようにしてきましたわ。目の下を暗くしたり、蝋を塗って皺を寄せたり……。身なりも汚らしい、肌を極力見せないつまらない衣装でした。そうしないとつまらない異性が近づいてくるんですもの、仕方ないですよね」
オレは席が二つ減ったテーブルを寂しく感じながら、ベルサリオの言葉に同意する。男なんて野蛮な生き物だ――ズール以外。
「何にしてもうるさいな、ベルサリオ。口から先に生まれてきたんじゃないか?」
『妖美』は憤慨した。
「あんたと話してないでしょうが、クラネア」
「ならでかい声を出すな。嫌でも聞かされるこっちの身にもなれよ」
「遠くの席に行けばいいでしょう」
「断るね。標的のグランザルをいつでも狙える位置にいたいからな」
ほう、と2人が感心した。
「あら、まだあんた、この人に勝てると思ってるの? ダルゲゾンとブロニッカがやられたっていうのに」
「隙をうかがえば殺せる。それが今のところないから控えているだけだ」
「そのまんま期限が来ておしまいになるわ。ねえグランザルさん?」
グランザルは苦笑した。
「そう言いながらベルサリオもわしの隙を狙っておるのじゃろう?」
「あら、信用ないわね。私はもう降りたって言ったでしょう?」
オレは面倒くさくなって黙り込み、チャベスの料理を待った。
(六)
水中にいた。いつもは胸一杯の空気を力に、自由自在に泳ぎまわれる俺は、しかしなぜか体が重たかった。両足に何かの物体がまとわりついているのだ。それは蹴っても蹴っても離れず、それどころか以前の数倍の力で脛とふくらはぎを締め付ける。
息苦しくなってきた。俺は水上へ逃れようとする。だが両足にへばりつく鉛のような何かはどうやっても除けない。肺が爆発しそうだ。一呼吸でいい、新鮮な空気が欲しい。必死で水をかき、上昇しようとする。だがまるであり地獄にかかった哀れな獲物のように、俺は意思とは反対により深い水底へと引っ張り込まれていく。
一体何が自分を殺そうとしているのか。俺は下を見た。足に絡みつくのは海藻でも魚類でもなかった。それは一個の人間だった。
セグリット――
彼はにっこり笑った。
「あのときは痛かったぞレジム。おかげで俺は死んだ。忘れたとは言わせないぞ……」
俺は凄まじい苦痛と恐怖に、水中にもかかわらず絶叫した……
気がつけば朝だった。俺は汗みどろで自分の両足を確認する。セグリットの姿はなく、俺はほっと安堵の溜め息をついた。近頃良く見るようになったこの悪夢に、俺は悩まされていた。




