0023暗殺者たちと孤高の王
「火事か?」
俺たちは徐行から疾走に切り替え、館の裏へと駆けつけた。見れば、クラネアが調理に失敗して肉を焦がしてしまっている。俺は軽く憤った。
「何やってんだ、貴重な肉を台無しにするなんて……!」
「うるさい。お前みたいなガキが文句を言うな」
埒の明かない台詞だった。俺は彼女を良く見てみた。
金髪のお下げを垂らし、可愛らしい相貌ながら、どこか不遜な瞳が一点きわ立っている。褐色の肌は皺がなく、もぎ立ての果実のようだ。幅の狭い袖を持つ、足首丈の水色のチュニックワンピースを着込んでいた。腰紐に短剣3本と長剣一振りを差していた。
ダルゲゾンが忍び笑いする。困惑気味のチャベスに向き直った。
「チャベス殿、ハイドロ殿の魚を焼いてくれないか。闘いの前に腹が空いてはかなわぬからな」
「承知しました。ハイドロ様、では食材を。助かります」
クラネアが巨人に対して首を傾げた。
「闘いの前……?」
わずかな間を置いて、彼女はその言葉の意味するところに思い当たったらしい。ダルゲゾンに謝罪した。
「すまない。オレが不調法で……」
「気にせんでいい」
俺はチャベスの調理音を聞きながら、ダルゲゾン、クラネアと共に食堂に入った。それぞれ起きてきたブロニッカとベルサリオが、椅子に座って昼食を待ちわびていた。ラフィークとエスロビ、ガドニスも入室してくる。
やがてグランザルが着席した。ダルゲゾンの意志を知っている俺はどことなく緊張してくる。同様にクラネアの顔も固かった。
「お待たせしました」
チャベスが極上の芳香を立ち上らせる魚料理をテーブルに並べていく。それが終わると、グランザルが水の入った杯を掲げた。
「では、昼食といこう。乾杯」
ここでダルゲゾンが動く。立ち上がって館主に正対した。独特の低い声で請願する。
「ひとついいか。この食事の後、それがしと殺し合ってほしい。受けてくれるな、グランザル殿」
場は一気に緊迫した。あのラフィークさえ目を見張っている。全員の視線を奪って、老人が答えた。
「よかろう。承知したわい。……でも別に前もって宣言する必要はないじゃろう。隙があればいつでもわしを殺そうとして構わないんじゃぞ」
「戦士の礼儀だ」
まったくこの男は……。俺はグランザルと『岩躯』ダルゲゾン、どちらかにとって最後となる食事を、共に味わった。途中で『妖美』ベルサリオが陽気に手を打ち合わせる。
「そうだ! どうせ2人が闘うんなら、ここに到着してもらえた金貨8枚を使って、どっちが勝つか賭けをしない?」
ガドニスが渋い表情で文句をつけた。
「おいベルサリオ、不謹慎だろう。考えて喋れ」
「あら何よ。暗殺者なんてどうせ不謹慎の塊みたいな存在でしょ。何を今更……」
太っちょのブロニッカが身を乗り出した。
「僕はグランザルの勝利に金貨2枚!」
俺は対抗する。
「じゃあ俺はダルゲゾンの勝利に金貨2枚!」
ラフィークが片手を挙げた。
「小生もダルゲゾン氏の勝利に同額で」
結局俺とガドニスとラフィークがダルゲゾンの勝利に、ベルサリオとブロニッカとクラネアがグランザルの勝利に金貨2枚を賭けた。綺麗に半分に分かれた格好だ。
老人が苦笑した。黄色い並びの悪い歯を見せる。
「年老いて病を負っているわしに賭けてくれるとは、ありがたいと言うべきなのかのう。或いはこれがこの世で最後の食事になるわけじゃな。堪能するとしよう」
美味そうに焼き魚にかぶりついた。
ダルゲゾンは相変わらずの小食で、先に済ませる。
「では、元聖堂の広間で待つ。こちらの用意は出来ている。十分に味わわれよ」
こうして大男は最初に食堂を出て行った。
やがて一人、また一人と室外へ消えていった。最後に残ったのは俺とグランザルだ。俺は思い切って口を開く。
「おいあんた、勝算はあるのか?」
グランザルは微笑した。
「お主はどう見るのじゃ?」
逆に質問してくる。俺はその凄い目を見て、本音が喉奥からせり上がってくるのを止められない。気がつけばこう口にしていた。
「あんたが……勝つ」
「ならば、わしに賭けるべきじゃったな、ハイドロよ」
館主は立ち上がり、食堂の扉から出て行った。俺はその様を呆然と見送り、慌てて後に続く。
元聖堂の広間では、無手のダルゲゾンが仁王立ちしていた。邪魔にならないよう、他の暗殺者たちは柱の陰から見守っている。俺もそれにならった。
長剣を垂らしたグランザルがダルゲゾンと向かい合い、尋ねた。
「最期に言い残すことはあるかのう、ダルゲゾン」
「それはこっちの台詞だ、グランザル殿。それがしを殺せるものなら殺してみるがいい」
「素手で長剣に勝てるかのう?」
「今まで何度も勝ってきた。今回もそれを証明するまでよ」
「ならば死合おう」
先に動いたのはダルゲゾンだった。袖なしの灰色チュニックおよび、紺のブレーの下から盛り上がる筋肉。それが伸縮したかと思うと、次の瞬間には電撃の踏み込みと共に、強力な右の拳打が撃ち出されていた。そのままいけば、グランザルの頭部は卵の殻のように容易く粉砕されていたことだろう。
だがもちろん老人は待ってなどいない。凄まじいが所詮直線的であるに過ぎない一撃など、横に動いて難なくかわす。その敏捷性といったら! ダルゲゾンの速さを軽く上回っていた。
「でやぁっ!」
館主が斜め横の位置から、垂らしていた長剣を思い切り振り上げる。いくら鍛えた筋肉といえど、鉄の剣の鋭利さにはかなわないだろう。巨人の伸びきった腕が、下からの剣閃で二分される――誰もがそう考えたに違いない。
しかし――
「ふんっ」
暗殺者はかわされることを予期していた。丸太のような腕が神速の速度で右側面を薙ぐ。裏拳だ。グランザルは空振りした剣と共に、後方へと飛びすさって剛腕をやり過ごした。
それをダルゲゾンが追いかける。ステップを刻むような足遣いで、逃げる館主を捕まえようとした。老人はそんな彼の頭頂部目掛け、唐竹割りに斬って捨てようとする。
驚くべきは巨躯の反応だ。何と振り下ろされた刃を、左右のごつい手で挟みこんで止めたのだ。真剣白刃取りである。決闘を見守る俺たちが驚愕の声を上げたほど、それは見事な技であった。
大男が振り子のように右の蹴りを放った。大海賊『骸骨』元頭領の股間を狙ったのだ。当たれば睾丸だけでなく骨盤も砕け散るであろう豪快な攻撃だ。
だがグランザルはそれが到達するより早く、前方へと跳躍していた。ダルゲゾンの手に挟まれた凶刃を軸にして、一回転しながら相手後方へと降り立つ。
「うがあっ」
巨体が前方へ踏み出しつつ悶絶した。左手のちょうど親指の付け根にあたる部分を、刃でもって削り取られたのだ。鮮血が噴き出し、えぐれた箇所が真っ赤に染まった。見ているだけで痛々しい。
ダルゲゾンが振り向き、再び老人と向かい合う。グランザルは剣を水平に構えると、踏み込みつつ突きを放った。その容赦ない一撃は巨人の腹部にめり込み――はしない。何と『岩躯』は左手でかばって凶器を食い止めたのだ。左の掌を貫通したものの、切っ先は腹筋にさえ届かなかった。




