0022暗殺者たちと孤高の王
問題はどうやって館からこの湖まで連れてくるかだ。グランザルの生死に興味はないし、財宝の話も嘘っぱちだと考えているが、ズールの願いが老人の死ならばやらざるを得ない。その結果お宝が転がり込んできたら、辞退せず頂こう。それが俺の思考だった。
陸上での戦いはとうに諦めていた。ベルサリオの証言を受けるまでもなく、俺はグランザルの実力を正確に自分より上と算出していた。この点では俺は自分にさえ非情である。
これから6日後の日没まで、果たして暗殺の機会を得られるかどうか……
それにしても、やはり水の中はいい。心が安らぐ。
しばらく湖を堪能した後、食えそうな魚のみ皮袋に詰めた。木にかけておいた衣服を再度身にまとい、館へ引き揚げることにする。また明日もここへ来よう。俺は名残惜しく我が世界を見つめると、振り切るように森の中へ歩いていった。
そのときだった。俺の耳に、大木のへし折れる豪快な粉砕音が聞こえてきたのは。大量の紅葉が擦れ合うざわめきと、それが地べたに身を投げ打つ衝突音が続いた。俺はそっちの方向に駆け寄ってみた。
ダルゲゾンが、正拳突きだけで大樹を真っ二つにしていた。俺は背中に寒いものを感じた。なんて破壊力だ。あの拳を受けたら、さすがのグランザルも、他の暗殺者たちも、まともではいられないだろう。
ダルゲゾンはとっくにこちらに気付いている。自分の拳を眺めながら言った。
「今朝とは見違えるように元気になったな、ハイドロ殿。今のお主はなかなか手強そうだ。どうだ、それがしと生死を懸けて一戦交えてみるか?」
「お断りだ。勝てるはずがない」
俺は平手を振る。ここでようやく巨人がこちらを向いた。埋もれた目で俺を見つめる。
「そうか、つまらんな」
俺は彼の岩石のような顔に視線を投じながら、少し気になっていたことを尋ねた。
「あんたは――ダルゲゾンはこの2年半何をしていたんだ。みんなには差し障りがあるからとか言って語ろうとしてなかったけど。……ま、答えたくないならいいんだが」
ダルゲゾンはしばし沈黙した。その後、俺に正対する。
「それがしはグランザル殿と闘うつもりでいる。帰還するなり、すぐ、な」
ほう。それは見ものだ。俺は彼の棍棒のような両腕を眺めた。あれが当たったら、62歳の老人の頭など、あっという間にひしゃげてしまうだろう。
その大男はしかし、若干ためらいがちに質問してきた。
「貴殿から見てそれがしに勝ち目はあると思うか? 正直に答えてほしい」
極めて真剣な言葉に、俺は顎をつまんで熟慮する。まだ両者の実力なんて全然知らないんだが、それはダルゲゾンも承知の上だろう。真面目に答えた。
「そうだな、いけるんじゃないか?」
俺は力量差をそう計算する。ダルゲゾンは満足そうに微笑み、腰を下ろしてあぐらをかいた。
「少々時間はよいか?」
俺は首肯した。特段、急いで帰る理由はない。木にもたれかかると、巨人が顎を掻いて話し始めた。
「……それがしは生まれついての決闘馬鹿だ。農村に生まれた後、齢二桁になったところで戦争に駆り出されてな。そこで死ぬのかと思ったら、意外に生き残り、武勲さえ立てた。それで将来大成するだろうと、とある武道場から住み込みの見習いに勧誘されたのだ。もちろんそれがしは大喜びで引き受けた」
重々しい口調だが悲劇的ではない。
「畑仕事のかたわらで、剣や槍、弓矢、乗馬などの訓練を行なった。数年が経ち、それがしが教えられる側から教える側に回ったのは自然の成り行きだった。しかしそれがしはこの通り無粋な偏屈でな。自分より弱い教官を尊敬出来はしなかったのだ」
意外に饒舌だった。
「やがてそれがしはこの体格を得て、真の武器は徒手空拳だと悟った。だが道場主の壮年の男はそんなそれがしを異端として蔑み、教官たちと共に無理矢理それがしを武道場から追い払った」
「信念を曲げて居残る選択肢もあっただろう」
予想外に、ダルゲゾンははにかんだ。
「それが、それがしには無理だったのだ」
顔をつるりと撫でた。
「結局やけになって、王都の酒場に入り浸り、飲んだくれるようになった。それがしが稼いできた金はすぐさま底をつき、このままでは食い逃げしなければならない……とまで追い詰められた。そのときだ。ズール殿が手を差し伸べてくれたのは」
それが出会いだったのか。
「それがしはズール殿に飲み代を肩代わりしてもらった。この巨体を縮めて恐縮したものだ。すると、ズール殿はそれがしに、暗殺をやってみないかと持ちかけてきたのだ。彼は生来の人たらしだ。それがしは彼に信用を置き、裏稼業に手を染めることとなった。……後はくどくど言うまい。ズール殿の下で暗殺を繰り返したそれがしは、たちまち高い報酬を得て富豪の端に加わった。だが2年半前、ズール殿の急の要請で地方へ逐電した。他の暗殺者たちと同様にな」
ダルゲゾンは遠くを見つめるような目になった。
「それがしはそこで『撃拳館』という武道場を開いた。今度はうるさい先輩教官も道場主もいない。それがしは自分を追い出した連中を見返そうと、この2年半の歳月を若者の育成にあてて過ごした。それはそれなりに幸福だった。そう、幸せな日々だったのだ。……だが最近は運営資金が枯渇してきて、どうしたものかと思い悩むようになった……」
「生徒から費用をもらっているんじゃないのか?」
「いや、無料で教えている。そうでないとそれがしのような偏狭な男の下で、厳し過ぎる訓練をこなしたいとは誰も思わぬ」
つくづく不器用な男だった。
「だから今回の仕事は待望のものだった。それがしがグランザル殿を殺し、財宝を手に入れれば、金の問題は即座に解決する。それも恐らく永久にな。さっきも言ったが――それがしは屋敷に戻ったら、グランザル殿に決闘を申し込む」
俺は口笛を吹きかけてやめた。
「あんたやっぱり『岩躯』だろ」
「そうだ」
「何で俺にだけこんな話を?」
ダルゲゾンは腰紐に吊り下げていた袋を外し、俺に放って寄越す。硬貨らしき金属音が中から響いた。
「もしもそれがしがグランザル殿に倒されたら、『撃拳館』は潰れてしまう。貴殿は口が固そうだし、頼みごとを引き受けてくれるとそれがしは睨んだ。このグランザル殿よりいただいた金貨8枚を渡すので、もし最悪の結果になったら、半分は取っていいから、残り半分を『撃拳館』の教官に渡してほしい。駄目か?」
「気弱だな」
「もちろん勝つつもりでいるが、勝てるばかりとは限らぬゆえに、な」
俺は手の平で皮袋をもてあそぶ。やがて真上に放り、落ちてきたところを横から取った。
「いいだろう。これも何かの縁だ、引き受けるよ。後でズールがあんたに宛てた手紙をもらうぞ。地図が必要だからな」
ダルゲゾンは立ち上がった。俺より頭二つ分はでかい。
「感謝する。では戻るか」
帰ってきた頃には太陽が中天高く昇っていた。もう昼だ。門をくぐって敷地に入ると、何やら焦げ臭い香りが漂ってきた。館の厨房の方からだ。ダルゲゾンがつぶやく。




