0021暗殺者たちと孤高の王
いや、しかしそれならこんな手紙、そもそも寄越さないか。俺は硬いパンをスープで柔らかくして口に運ぶ。何だかそれが今のオレの思考を反映しているかのようだった。
そこでベルサリオが大声でのたまった。
「私、昨晩遅くにグランザルさんと寝たわ」
オレたちの大半は、食っていたものを吐き出して驚いた。ハイドロが口元を拭いながら抗議する。
「おい、何の宣言だよ」
ガドニスが呆れ顔で被せた。
「どこの娼婦だ」
ベルサリオが不愉快を隠さない。
「何よ、娼婦呼ばわりしないでよね。私の自由意志なんだから。ねえ、グランザルさん」
グランザルは静かに目玉焼きの黄身をすくっている。
「事実じゃから仕方ないのう。そう、わしはベルサリオを抱いた。久しぶりに女体を楽しませてもらったわい。長生きはするものじゃ」
オレは男女を交互に眺めて馬鹿馬鹿しさを感じずにはいられなかった。
「ということは、行為の最中隙だらけであったろうグランザルを殺すのは、わけもなかったはずだ。それでも一応暗殺者なんだろう、ベルサリオ。なぜ財宝を掴み損ねたんだ?」
ベルサリオは軽く首を振った。
「それがねえ。色々いたしている間、こっちが狙おうとするたび、彼ったら身を緊張させるのよね。一分の隙もなかったわ。それどころかこっちに殺気を叩きつけてくるの。私にはとても殺せなかったわ。だから後は普通に楽しんじゃった」
『飛燕』ガドニスが微苦笑した。
「噂に聞いたことがあるぞ。……地方のファレイム宰相派貴族たちが、ある日突然ベッドの上で絞殺体で発見される。一夜を共にしたはずの女はどの事件でも煙のように消え失せていた。その女は同一人物で、絞殺は暗殺者としての仕事。彼女は『妖美』という二つ名で、貴族の男たちから恐れられている……。そんな噂をな」
ベルサリオを見つめる。8割の本気と2割の冗談を交えて投げかけた。
「お前がその暗殺者なんじゃないか?」
彼女はあっさり兜を脱いだ。疲れたように笑ってみせる。
「はいはい、もうグランザルさんを殺すの諦めたし、認めてあげるわ。私こそはその『妖美』よ。行為の最中だったり終えたりした男を、背後から紐で絞り上げて殺害するのが私の得手。もちろん脱出方法や経路は確保した上でね」
やっぱりこいつ、強いわけでも何でもなかったのか。いや、オレとは段違いの美しさは、彼女の強さに含めてもいいのだろうか?
太っちょのブロニッカは、屋敷の主に冷めた視線を送った――食べ物を喉に詰め込みながら。
「殺しにかかってきたものは抵抗・反撃に遭って殺される覚悟をすること……とかいう話じゃなかったの? なぜ『妖美』ベルサリオを殺さなかったの?」
老人は顔を皺くちゃにした。
「別に彼女は殺しにかかってきたわけではないんでのう。そのつもりはあっても、最後まで実行に移さなかったのじゃ。見逃してやるのが当然というものじゃ」
ベルサリオはその通りだとばかりにうなずいた。太っちょに蔑視を放つ。
「ブロニッカ、あんたとはしてあげないから」
肥満体にはてんで効果がなく弾き返された。
「性欲なんてどうでもいいよ。僕は食欲さえ満たせればそれでいいんだからね」
ラフィークが静かに果実を切りながら論評する。
「なんて単純極まりない人間たちでしょう! ねえ、エスロビ?」
エスロビは彼の右側でパンをかじっていた。
「ボクには分からないです、ラフィーク様」
オレは水をあおり、ふぅ、と一息ついた。
「どう思う、ダルゲゾン?」
寡黙な男は「くだらん話だ」と一蹴した。
朝食後、暗殺者たちはそれぞれ動き出した。ダルゲゾンとハイドロは日課の訓練をすると称して敷地の外へ出かけていった。ベルサリオとブロニッカは「昼まで寝る」と言い残し、それぞれの自室に引き取った。ラフィークとエスロビは元聖堂の広間でガドニスと雑談を始める。
オレはチャベスに調理方法を習おうと考え厨房へ向かった。ズールは語学や裁縫、剣術など色々な技をオレに教えたが、調理だけは枠の外だった。
「ドシア夫妻の出番がなくなるだろう」
召し使いの毎日の仕事を取るな、ということらしい。だからオレは料理のみは下手糞のままだったのだ。6日後の日没まで暇だし、オレはチャベスになら学んでも構わないだろう、と思って彼の仕事場に入り込んだ。
「これはこれはクラネア様。いかなる御用でしょうか」
「調理の仕方を教えてくれ」
「は?」
オレが説明すると、彼は笑って請け合った。
「それでは私めでよろしければ、美味しいスープの作り方を伝授させていただきましょう」
「助かる、チャベス」
「でもその前に、水汲みを手伝っていただけますか? 敷地内に井戸がございますので」
「了解」
オレとチャベスはバケツを持って戸外に出た。確かに小さいながらも井戸があり、底に水が溜まっている。早速汲み上げに取り掛かった。作業の最中、オレの頭に一つ閃くものがある。
「どうだチャベス、オレにこっそり財宝のありかを教えてくれないか? 他の連中は全員――グランザルでさえも――置き去りにして、2人でさっさと金持ちになって、それぞれ悠々自適の生活を送るってのはどうだ? 悪くない話だろう」
チャベスはにべもない。少し硬い声色で言った。
「グランザル様を裏切ることは出来ません。私はグランザル様の今は亡きご子息から、生前命じられています。グランザル様の老後の安泰を図るように、と。また、決して裏切ってはならぬ、とも」
気分を害したのか、ぷりぷり怒りながらバケツに水を注ぎ込む。オレは頭を掻いて詫びた。
「やれやれ、強情だな。分かったよ、悪かったよ。頼むから、変に意地悪して嘘の調理方法を教えたりするなよな?」
チャベスはようやく笑顔を取り戻した。
「もちろんでございます」
(四)
俺は森の中に響き渡る轟音を耳にした。ダルゲゾンが始めたな。俺はその音の発生源へ向かった。空気が細かく振動し、伐採でもしているかのような雰囲気だ。いや、それはいつものごとく、ある意味『伐採』なのだろう。
彼の巨体は遠くからでも良く見えた。ダルゲゾンが大木に向かって正拳突きを見舞っている。一撃一撃ごとに樹木に亀裂が入っているようで、それはあたかも悲鳴のようだった。凄い音だ。何よりそれを生み出すダルゲゾンの強力たるや。おお、おっかねえ。
俺は彼一流の鍛錬風景を見届けるや、近くの湖――数日前の散歩で発見した――へ向かった。水が恋しい。暗殺者『水蜘蛛』として、水から離れた生活はやはり心苦しかったのだ。
目的地に着くと、俺は周囲に人影がないことを確認してから、早速ブレー一丁になった。水中に水飛沫を上げて飛び込む。高揚感に満たされながら、俺は自由自在に泳ぎ回った。体にかかる浮力の心地よさと言ったら! 俺は浮き浮きと魚たちを短剣で刺し殺しつつ、その一方で考える。
もしグランザルをこの水中に引きずり込めれば、赤子の手をひねるより容易く殺せるだろう。ここは俺の領域だ。まず負けるはずがない。




