0017暗殺者たちと孤高の王
「久しぶりだな、レジム――いや、今はレジム団長か」
「ちょうど良かったです、ズールさん。聞きたかったことがありましたので」
俺たちは個室に入って秘密の会話をした。こちらから切り出す。
「ズールさん。貴方は前団長のセグリットが、『カラス』のナンバー2であるゼンダと、裏で密かに通じていた――そのことをご存知だったんですか?」
「いきなり突いてきたな」
俺の倍以上を生きてきた人物は、出されたブドウ酒の杯に軽く口つけた。
「ああ、知っていたよ。だから俺はセグリットを全く信用していなかった。しかし『陽樹』は彼の組織であったし、俺が深く首を突っ込むべきではないと思っていたんだ。にもかかわらず1年前にリューカス、ゼンダと次々暗殺してもらったのは、商人組合の幹部からの要求を断りきれなかったためだ。実行者を誰にするか、セグリットと嫌々協議したのも今では懐かしい思い出だな」
「リューカス暗殺の際のセグリットの裏切りについては、ズールさんは知らなかったんですよね?」
「もちろん。ああ、あのときの俺はお前を助けるためにずいぶんと無茶したものだ。今ではやってよかったと思っているがね。……どうだ、団長の座は」
俺は正直に答えた。
「正直、金の工面に困ってます」
セグリットの「『カラス』との共存計画」は、ある一面では完全に正しかった。俺が率いる『陽樹』の活躍により、『カラス』はかなり弱体化した。すると俺たちを飼う商人組合は、『陽樹』の活動資金の減額を打ち出してきたのだ。狡兎死して走狗烹らる、という奴だ。犯罪集団がいなくなれば、警備団への給付もゼロにされる。
数名が命を落とし、または離れていって、現在『陽樹』は37名。彼らを食わせるために、俺は大金を掴む機会を探し回っていた。そこへ現れたズール。これはまさに天の巡り会わせだ。
果たして、彼は頭を下げた。
「すまないが、レジム。また暗殺を遂行してほしい。もちろん報酬は弾む」
俺は内心ほっとしていた。暗殺の成否という問題をうっちゃって、これでまた団員を食わせていける、と思ったのだ。リューカス、ゼンダを暗殺したときの見返りとして渡された金は、それぞれ目もくらむような額だった。そのことを回想すると、自然と頬も緩むというものだ。
「はい、喜んで!」
俺の勇み足過ぎる承諾に、ズールはやや呆れ顔だ。
「まだ具体的なことは何も話してないぞ。そんなに金に困っているのか……」
ズールは酒を飲み干した。唐突に切り出す。
「なあお前、改名してみないか?」
「改名、ですか? 何でまた……」
「レジムという名前はどことなく不吉な臭いが漂うからさ。お前――エウーズから聞いたんだけど――、両親を『カラス』に殺されたんだってな」
苦い思い出が胸を横断する。
「はい。4年前のことです」
「それにセグリットも1年前に死んだ。ゲン担ぎじゃないが、新しい名前で生まれ変わったようにやっていくのも悪くはない。違うか?」
「はあ、まあ……。どんな名前がいいでしょうか?」
ズールは少し酔って口調が滑らかだ。両手を広げて言葉を撃ち出す。
「ずばり『ハイドロ』でどうだ。いい名前だろう。今日ここに来るまでに考えたんだ」
「ハイドロ……」
俺はその語感を確かめた。別に悪くはないが……。ズールが続ける。
「ちょっと王子と姫の争いも過激になってきて、俺はこれからお前に何度も暗殺を依頼することになるだろう。俺とお前の仲を、新しく進展させる上でも、なかなかいい発想じゃないか?」
やれやれ、仕方ない。レジムという名前にさほど愛着がなかったこともある。
「分かりました。これからはハイドロを名乗ります」
ズールは上機嫌だ。脇に置いていた鞄から書類を出し始める。そうしながら世間話のように軽く舌を回転させた。
「セグリットはお前を『水の中を蜘蛛のように動ける』と評していた。これからはお前を『水蜘蛛』の異名で呼ぶことにするよ。そのつもりで。さて今回の依頼だが……」
あっけらかんとした口調に、俺は唖然となる。
「何のためにハイドロに改名したのか、これじゃ意味が分かりませんよ」
俺の愚痴に、ズールは傑作だとばかりに爆笑した。
その後、俺は『水蜘蛛』ハイドロとして、暗殺の仕事を着実にこなしていった。得た報酬は全て『陽樹』の活動資金に充てた。『カラス』との情報戦を制しつつ、着実にその成員を割り出し、殺していく。その一方で、若々しい団員たちに稽古をつけたり、共に戦わせて実戦を積ませたりなどして、全員を一人前の戦士に育てることも忘れない。
そしてズールとの再会から10ヶ月ほど経過したある日、俺たちはとうとう悲願を果たす。
まず俺とエウーズは、苦心惨憺の末『カラス』内に作った内通者を通じて、奴らのリーダー――やっと名前が判明した――シュタッツに対し、偽の情報を流した。警備の少ない隊商の馬車群が、今夕森の中を通ると信じ込ませたのだ。だがその隊商こそは、俺たち『陽樹』のメンバーが詰まった偽のものだった。
『カラス』はまんまと引っ掛かり、以前俺の親父の馬を停止させたときのように、木と木の間にロープを張って、そこで待ち構えていた。俺たちはそこにわざとぶつかって――もちろん低速走行だった――急停止する。すると、周りから雄叫びを上げて『カラス』たちが飛び出してきた。
「今だ! かかれ!」
俺は幌馬車に隠れていたみんなに号令をかけ、一斉に外へと飛び出した。狙うのはただ一人、『カラス』のリーダーであるシュタッツだ。既に人相は割れており、『陽樹』団員はその情報を共有していたのだ。
攻撃を仕掛けた盗賊団が、一瞬で仕掛けられた側に回った。この日のために鍛えてきた剣技、弓術、槍術を駆使して、『陽樹』は『カラス』成員を殺し、劣勢へと追い込みながら、標的を探し続けた。
そして――
「いたぞ! シュタッツだ!」
幼いころの火傷で顔の右半分がただれている、という情報通り、シュタッツは凄みある相貌だった。中年太りでやや腹が出ている。俺は既に手傷を負って動きが鈍くなっている奴に対し、猛然と躍りかかった。
「両親の仇だ! くたばれ!」
長剣を叩きつける。シュタッツは悲鳴を上げる暇もなく、俺の凶刃で頭から真っ二つにされた。血煙が舞って『カラス』頭領は仰向けに倒れる。確認するまでもなく死んでいた。部下たちがわめく。
「シュタッツ様!」
「ひええっ、助けてくれっ!」
「逃げろ、逃げろ……!」
俺たちは逃走する残党たちを追撃し、一人ずつ丁寧に仕留めていった。取り逃したのは数人で、後はみな『陽樹』の剣の下に屈している。俺は勝どきを上げた。
「『カラス』を滅ぼしたぞ! 『陽樹』の大勝利だ!」
メンバーはほぼ同時に得物を掲げ、随喜と共に唱和した。
3年前、俺が15歳の時、リゲール王子は戴冠の儀式でフネス王国国王となった。『陽樹』はそれを機に解体され、王都の治安維持部隊に組み込まれて、当初の役目を終えた。俺はときどき家を訪ねに来る仲間たちと談話し、互いの健康と無事を祈っては別れた。まず平穏な生活を送っていたのだ。




