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0016暗殺者たちと孤高の王

「聞いたのか……」


 セグリットの声はいっそ沈痛だった。どうするべきか迷う風だったが、開き直りを選んだらしい。教え(さと)すような声音で述べた。


「仕方なかったんだ、レジム。『陽樹』のみんなを食わせるためだ。そのためには商人組合に活動資金を捻出(ねんしゅつ)してもらうしかなく、だから『カラス』には滅んでもらうわけにはいかなかったんだ」


「ゼンダの言う通り、ということですか?」


「さあ、奴がどう言ったのか知らない」


 俺はリーダーが今どんな顔をしているのか見てみたかったが、こちらが背中側なので果たせない。そして俺は、一ヶ月前のリューカス殺しの一件にも触れた。


「セグリットさん、あのときは貴方(あなた)が俺を殺そうとしたんですね。前もってリューカスの側に手紙か何かで通報して、奴らの迅速な対応を(うなが)した。だからリューカスは護衛を2人連れていたし、貴方は逃走先となる黄色い旗の小舟も用意しなかった。それどころか番兵に連絡して『陽樹』の俺を彼らに捕まえさせようとした」


「何でそう思うんだ? 理由は?」


 俺は視線で焼き殺すように彼の後頭部を睨んだ。


「『カラス』側も『陽樹』に組織として巨大化してもらっては困ります。あくまで対等な力関係を求めてきたんでしょう。だから俺本人の命を人身御供(ひとみごくう)としたんですね。そうでしょう? 正直に答えたら許しますが」


 セグリットはどうするか迷っている風だったが、やがて首肯した。


「その通りだ。リューカス暗殺自体は本当の仕事だったが、俺はあのとき、お前が下手人として捕まればいい、と考えていた。……済まなかった。許してくれ、レジム。もうしないから」


 口調に愛惜(あいせき)の色がある。俺は短剣を外し、背後へ腰を下ろした。


 直後に背中を見せていたセグリットが、長剣を抜き打って俺へ叩きつけてきた。俺は凶刃を短剣で受け止めると、舟の片側に体重をかけ、そのまま転覆(てんぷく)させる。


「うおっ」


 二人揃って水中に没した。俺は浮上しようとするセグリットを捉まえると、難なく刺殺する。船上で着るはずだった着替えを掴んで、そのまま泳いで逃げた。




「どうしたレジム。セグリットは?」


 貴族ノルドイの屋敷に住む仲間たちの中で、今回のゼンダ暗殺計画を知っているのはナンバー2のエウーズのみだ。彼は俺が現れると、一緒に姿を見せるはずのリーダーの不在に眉をひそめる。俺は濡れた衣服がだいぶ乾いてきて、事実を打ち明ける決心を履行する。


「ノルドイ様とエウーズさん、3人だけで話がしたいです。お願いします」


「……何事か起こったみたいだな。分かった、そうしよう。セグリットは……」


「死にました」


 エウーズは息を呑んだ。が、そこは『陽樹』の副団長だけあって、柔軟な対応力を見せる。


「じゃあついて来い、レジム。一切合切(いっさいがっさい)、あったことを正確に話せ」


 そうして俺はエウーズに導かれ、ノルドイの部屋を訪問した。ノックした扉の向こうで、彼は――27歳だ――机に向かって書類を書いているところだった。


 ノルドイは小柄ながら弾力に富んだ筋肉の持ち主であり、本人もそれを誇示できるきつい衣服を好んだ。年齢に比して若々しく、ほうれい線などの皺はほとんど目立たない。明朗快活、さっぱりとした顔つきだ。


「少し待ってくれないか、二人とも。もうすぐ書き終える」


「セグリットが死にました」


「何だと?」


 ノルドイ――『陽樹』の保護者は、はっと顔を上げた。


 俺はその後、ゼンダが今際(いまわ)(きわ)に残した言葉や、セグリットとの問答、そして彼を殺害した経緯を、嘘を一切交えず正直に語った。殺されてもいい、という覚悟の上でのことだった。


 エウーズとノルドイは、俺が口を閉ざすと真っ青な顔でお互いを見合った。


「セグリットが『カラス』の内通者だったとはな。道理(どうり)で『カラス』を今まで殲滅(せんめつ)出来なかったわけだ」


 エウーズが俺の肩に手を置く。親しみが込められていた。


「辛かっただろう、レジム。両親の仇を一緒に取ってくれるはずの相手が、実は『カラス』と通じていた。これまでの3年間は何だったのか、となるだろう。……心から信じていたんだろう、セグリットの事を」


 そのとき、俺の涙腺(るいせん)が崩壊した。自分でも驚くぐらい涙が次々に溢れ出し、拭っても拭っても水滴がしたたり落ちた。


「セグリットが俺に斬りつけてきて……それが……許せなくて……」


 彼は俺を殺して秘密が暴露されるのを防ごうとした。人間として、もはや信頼の対象とはなりえない。だから殺した。そこに罪悪感はほとんどなかった。


 しかし――両親といいセグリットといい、一体俺は、何人失えばいいのか。信じられると思っていた人物は、皆俺の側から去っていく。『陽樹』の仲間がいるものの、俺は孤独感を味わわずにはいられない


 それでなのか。俺はなかなか号泣を止められなかった。




 翌日、セグリットの死は、屋敷に集まった『陽樹』全団員に伝えられた。俺が刺殺したことは伏せられ、ゼンダと斬り合いになって命を落としたと報告された。メンバーの誰一人として泣かないものはなかった。5年前、13歳の頃から少年少女を引っ張ってきた団長の、突然の訃報(ふほう)。これで呑気(のんき)に笑っていられるはずもない。


 皆の慟哭(どうこく)が収まるまで待ってから、エウーズは次なる嵐を引っ張り込んだ。


「後継の団長はレジムとする。これからは彼がリーダーだ」


 俺は動じず、胸を張って首肯(しゅこう)した。


 昨夜のノルドイ、エウーズとの会談で、セグリットの死を知った彼らは、次期指導者に俺の名を挙げた。エウーズは自身が『陽樹』を率いる案を「似合わないから」と却下し、逆に俺を指名してきたのだ。なぜ、と問う俺に対し、エウーズは言った。


「こうなった以上、『カラス』の本格的な滅亡こそが『陽樹』の使命だ。そしてそれには、両親の仇を討とうとしているレジムの指揮こそがふさわしい。それにレジムは13歳、セグリットがリーダーになった年齢と同じ(とし)だ。全団員が団結するためにも、象徴は若いに越したことはない」


 ノルドイもこの案に賛成し、残りは本人である俺の決断待ちとなった――が、それはすぐに終わった。エウーズの解説に納得した俺は、改めて心を切り替えて、『カラス』を滅ぼすという従来の目的に立ち返っていたのだ。


『陽樹』団員たちは一人一人、俺と拳を軽く突き合わせた。リーダーと認めるための儀式だ。反対者は出なかった。45名の少年少女は、ここに再び一致団結したのだ。




 俺が団長の座に就いてから1年が過ぎた。その頃、リゲール王子とミゼッタ姫――宰相ファレイムの傀儡(かいらい)――との抗争はとうとう表面化し、(ちまた)は血の雨が降らぬ日はなかった。それにともなって、王都の商人組合と職人組合、『陽樹』と『カラス』の対立も激化した。『陽樹』はセグリット時代と異なって、隊商を守り切ったり、『カラス』のアジトを数件壊滅させたりと成果を上げている。


 そんなとき再び俺の前に現れたのが、暗殺者仲介人のズールだった。32歳と年齢的にも(あぶら)が乗っているようで、血色は良く精力がみなぎっていた。

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