0015暗殺者たちと孤高の王
ゼンダの容姿を細かく教えられ、俺は脳内の羊皮紙に忘れないよう書き込んだ。ゼンダは一日に一回、川にかかった低い橋の上を歩くという。その瞬間を狙ってトビウオのように襲い掛かり、必殺の一撃を加えてすぐ逃げる――ということで手順はまとまった。俺は肩の傷も完治しているうえ体調は万全だ。決行は明後日に決まった。
そして当日。俺は打ち合わせ通りに上流の林で待機した。黒い覆面に赤いブレー一丁の半裸だ。季節的に寒くはなく、軽い準備体操で汗が噴き出してきた。得物は腰の短剣一振りのみ。
そこへエウーズがやって来た。興奮に頬を赤くしている。
「ゼンダが今館から出てきた、もうすぐ橋を通過する。武装は長剣のみだ。早速やってくれ、レジム。絶対成功させるんだ」
「任せてください。大船に乗った気持ちで見ていてください」
俺はエウーズと手を合わせると、一人川の中へ入った。多少冷たかったが先月よりはましだ。流れは速いものの、すいすいと泳げる。
水中はいい。俺にとっては楽園だ。どんな人間であろうと――魚でさえ――俺には勝てないだろう。それぐらい、俺の水泳・潜行能力はずば抜けていた。
橋の高さは大人一人ぶんほど。レンガを組み合わせて出来ており、幅は狭い。そこを渡る者は、前後はともかく左右は隙だらけとなる。昨日の下見でそれらのことを十分確かめていた。これならいける、と確信を抱いたものだ。
俺が橋の近くで立ち泳ぎしていると、やがて戦士のような男がお供を連れて橋に差し掛かった。容姿は事前説明の通りだ。奴がゼンダ――。俺は武者震いを起こしながら、跳ね回る心臓をねじ伏せつつ、橋へ接近した。標的が描く直線と、俺が刻み込む直線とが、交差しようというその瞬間。
今だ――!
俺は水中から水飛沫を上げて、怪鳥のごとく飛び出した。真横からゼンダに襲い掛かる。
「うおっ?」
こんな襲撃方法を試された経験は絶無であろう。『カラス』のナンバー2は、俺の短剣を右胸に突き立てられて、そのままもろとも川の中に落ちた。お供が悲鳴を上げる。
「ゼンダ様っ!」
俺はしかし、相手に致命傷を与えられてはいなかった。切っ先は心臓や肺、臓器などの急所から外れていたのだ。無様な焦りが俺を捉えた。
もう一度だ。もう一度打ち込むんだ。俺はゼンダの肉をえぐりつつ、いったん短剣を引き抜いて、再度刺そうとした。だが標的はその凄まじい生への執着と馬力とで、何と俺を振り切ろうとする。
そのままだいぶ流された。やがて川下の縁に辿り着き、ゼンダは這い上がって逃げようとする。だが酷く出血する傷口はさすがに激痛を走らせるのか、その動きは幼児のように遅かった。
俺は奴を追い、水中から地上へと飛び上がる。今度こそ仕留めようと、四つん這いの背中に馬乗りになった。
そのときだった。
「ま、待て! 話を聞け!」
俺がゼンダの頚動脈を斬りつけるより早く、彼は制止の言葉を投げかけてきた。俺は周囲の無人を確かめると、「何の話だ?」と聞いてみた。俺にとっては珍しい逡巡だった。短剣を逆手に持って構えたまま、じっと奴の後頭部を見つめる。
ゼンダは荒い息をつきながら切れ切れに話した。右胸の苦痛を舐めながらの、弱々しい声だ。
「お前は先月リューカス様を殺害したのと同じ奴だな。手口が人間離れしている。誰に頼まれてこの殺しを決行したんだ、教えてくれ」
俺は覆面の中から答えた。
「リューカスのときと同じ人間に頼まれた。それだけだ」
ゼンダは力なく苦笑した。
「商人組合の連中だな。お前は声と体つきから察するに、年が若そうだ。恐らく『陽樹』の団員だろう。違うか?」
俺は無言だ。それを肯定と受け取ったか、標的はその線で話を進めた。
「いいことを教えてやる。セグリットは裏切り者だ。奴は5年前に『陽樹』のリーダーに就いてから、『カラス』のナンバー2である俺と密かに連絡を取っていたんだ」
その台詞の衝撃に、俺は聞いてはいけないものを耳にしてしまった、という後悔がまず湧き立った。責めるようになじる。
「嘘だ。嘘つきだ、お前は」
「本当のことだ。……では聞くがな」
ゼンダはおびただしく出血しながら口だけは休ませない。
「どうして『カラス』は商人組合の隊商が走る道のりを知っていたか? なぜ『カラス』は『陽樹』の待ち伏せ場所を前もって予想していたか? 答えは簡単だ。セグリットが、『陽樹』のリーダーである奴が、『カラス』のナンバー2である俺にこっそり教えてくれていたからだ」
「馬鹿なことを言うな。なぜセグリットさんがそんな真似をする必要がある? どんな利益をもってお前に重要事項を伝達したというんだ?」
「答えは簡単だ。『カラス』なくして『陽樹』はあり得ないからだ」
苦しそうにゼンダは嘲笑してくる。
「商人組合に自分たち――『陽樹』の存在の有益性を訴えるためには、都合の良い敵手が必要だった。それでセグリットは職人組合の裏組織『カラス』に目をつけた。生かさず殺さず、いつまでも自分たちを引き立たせる、そんな存在としてな。だからセグリットは表面上は『カラス』撲滅を訴えていたが、裏では情報を漏洩して守っていたんだ。それが『陽樹』の真の姿だ、少年よ。……だがそんな裏の取り引きをしていた俺を殺すとは……。セグリットめ、陰の協定は破棄するつもりなんだな……」
俺は耳を塞ぐ替わりにゼンダの喉笛を掻っ切った。そして素早く川の中に身を躍らせる。下流にあるはずの、セグリットが乗る小舟を目指して泳いでいった。
ゼンダの暴露は俺に強烈な衝撃を与え、心を揺動させた。もし奴の話が本当なら、『陽樹』の数々の空振りがなぜ起こったかの説明になる。それに、そうだ。俺は3年前の『カラス』襲来で、両親や隊商の面々を皆殺しにされた。あのときも『陽樹』は遅れて現れている。セグリットは『カラス』の仕事を前もって知っていて、あえて見逃したのではないか。
考えてみれば、盗賊団たちがまだ幼い自分だけを殺さなかったのは、見逃して『陽樹』の成員に加えさせるためではなかったか。それ以外に俺が生き残った理由が思いつかない。
ゼンダの言葉の端々が、俺に真実だと告げている。脳裏に働きかけている。俺はやがて、セグリットの待つ小舟を見つけた。ある意味両親の仇だといえる、彼の舟に乗り上がる。
「遅かったじゃないか、レジム。首尾よくゼンダを殺せたのか?」
セグリットはその美貌をほころばせ、俺を歓迎してくれた。俺はうなずき、覆面を取り払う。セグリットは舟を漕ぎ出した。
「よくやったな。今日は美味い肉を食おう。よく肥えたいい鶏があるんだ」
俺はしかし、彼の背中に覆い被さるように、短剣の刃をそのそっ首に当てた。セグリットは当然驚いて硬直した。
「な、何の真似だ。おいレジム、冗談はよせ」
肝を潰したような声。俺はそれも憎たらしい。
「セグリットさん、俺はゼンダから全て聞きました。殺し損ねがきっかけで……。彼と裏で通じていたんですね。『カラス』の蛮行の一部を、あえて見逃していたんですね。正直に答えてください」




