決意と試練のアステリズム3
俺はひたすらに走った。
ジョイドが傍観を決め込んでくれたお陰で単純に走るだけで済んだのが幸いだった。
魔獣は声をあげる事すらなく静かに粒子になって消えていった。思ったよりも早く毒が回ったようでどうにかスタミナは間に合ったのだ。
俺は魔獣に一撃をくれることも無く生存した。
「でも君の勝ち方は外道のソレさ。決して誇れやしない」
「だろうな」
元々誇る気など微塵もない。けれど卑怯者だと罵られるよりも鈍く心を抉った。
此方に来てから心が鈍磨したものと思っていたからそんな痛みが一層感じられる。
それでも、俺は生き残ったのだ。
死人に口なしとはニュアンスが微妙に違うが俺とてこんな所で死ぬ訳にはいかない。
ジャックやアニ、一と篝。頼れる仲間と旅を満喫ついでに『欠片』を回収するのだ。
止まれる訳が無かった。毒殺したこと自体に後悔なんてしない。
「うーん、ま、いっか。人となりは大体把握したし。ここでボクがサクッと殺しても風情が無いしさ。君を見逃してあげよう。感謝するがいいさ」
何の気紛れかそんな事をジョイドは言った。
胡散臭く感じるけれどそれでも俺は限界を迎えていた。足は重いし頭はズキズキと痛んで裂けてしまいそうだ。今の俺なら先程の風の刃を避けれず、あっけなく死んでしまうだろう。
だから態々見逃すと言うのならば愚直に従うのが吉か。
「おお、そうか」
考える分だけの時間が惜しい。
生返事を返すとジャックの元へ戻ろうと歩き出す。
一日は戦闘に費やしてはいないだろうが半日程度はシキミのフロアを空けた気がする。
流石にジャックが心配だ。
「…『ロマンスのヒロインになれたからというだけで、すぐさまロマンスの主人公と結婚したに違いないということにはなるまい。こういう考え方には我慢ならないせっかくのドラマもこういう得手勝手な判断にあっては、こわされてしまう』ね」
唐突にジョイドはそんな事を言った。それは耳に覚えがあった。
意図せずども体は反応する。
「どうしたのさ、さっさと去るものだと思ったけど。ボクはちょっと皮肉を言っただけじゃない。何故足を止めるのさ」
「どうして…」
「お前はどうして地球の文章を暗唱できるんだ?」
去ろうとした足は何時の間にか止まっていた。それも無理ない話だろう。
今の科白を俺は知っているのだ。
他の誰でもない彼女がーー唯が読んでいた本だから。
確か『ピグマリオン』の序文だった気がする。
共犯者とは言え唯がそんな些細な本の好みまで話すものだろうか。ましてやそれを諳んずるほどに記憶できるものだろうか。
「あはは、バレちゃったね。別段隠してた訳じゃないけどさ、そう。ボクは転生者さ。真っ当に早死にしてこんなサナトリウムにぶち込まれたのさ」
転生…?
一瞬の思考の空白が生じる。
「…サナトリウム?」
「そう、サナトリウム。この世界は正にそれさ。欠陥品をピックアップしてGMの演出に利用されて掌の上で踊らされ続ける世界。GM個人の楽しみに依存した世界。これをサナトリウムと言わずして何と言うのさ?」
ジョイドは不満そうにけれど饒舌に語った。
「ぶっちゃけると君に恨みはないし殺す理由も無い。ただ、唯さんに付いて行って復讐の果ての景色が見たいだけさ。GMの好き勝手出来る世界で自分だけ縛られてるのが癪だから、だから唯さんに自分の意志で加担してるって訳。やっぱり人生楽しまないとさ」
あっけらかんとした表情で言い放った。
「そうか…」
異世界への転生者、その可能性は前々から考えてはいた。
それは脅威になり得ることは重々承知だが、それでも…奇妙なことに安心感はあった。
いきなりこちらの世界に来て孤独感自体は感じる事はなかった。
でも、ふとした折に疎外感を感じていた。
『俺はこの世界に於いて異物で本来はいるべきではないのではないか』。
俺はこの世界で欲望にある程度忠実に従い、好き勝手やって来た。
だからそんなこともそうそう感じやしないし、気にも留めない。
それでも、気分が落ち込めばそんな事を考えてしまう。
敵ではあれ、同じ異物。
若干シンパシーを感じてしまう。
「まあ、今はジョイドなんだろう?だったら、こっからも敵としてやってこう。俺もその欠片に用があるしな。無論今はすたこらするけど」
「うん、また遠くないうち…具体的には数時間後には会うだろうけどさ。その時までバイバイさ」
そう言い残すとジョイドの姿は掻き消えた。
「にしても科白のセレクトが一々刺さるんだよな…ロマンスのくだりとか嫌がらせかっての」
悪態をつきながら、俺は再びジャックの元へ戻る。




