閑話・ひつじの町(2)
服屋さんに来ればやることは一つ。ステラちゃんの装備更新である。
3人それぞれ一着ずつ服を買って、ステラちゃんにプレゼントして服装をリニューアルするのだ。星守里に帰れば、どうせ自分の家で好きに着替えられる? ちょっとよく分からないです。
「ホントにやんの……? あんまり期待しないほうが良いよ? あーし、着飾ってるだけであんま可愛くないし」
「いや……いやいやっ! 何を言うんですかっ!」
私はすぐさま、その言葉を否定した。可愛く跳ねたメッシュ混じりの艶めく金髪に、輝かしい青い瞳。その上元気いっぱいの微笑み。これが美少女でなくて何なのか!
「んじゃ、まず僕からね! じゃーん!」
ユイナちゃんはそう言って、買い物袋から勢いよく黒い何かを取り出した。上着……じゃない、羽織れるタイプのパーカーだ。それと、なにやらフードの部分に何かの絵……あっ、ドラゴンの顔!
「ドラゴンパーカーでーす!」
「わっ、かわいー! ありがとユイちん!」
喜びながら、ステラちゃんはパーカーを羽織った。
「じゃあパジャマにするしー!」
そして脱いだ。
「うんうん似合……えぇ!? もう脱いでる!! 外で着ようよー!!」
「色合い悪すぎでしょうが、今の服と」
フィオさんからのツッコミを頂けた。確かにブラウンの服に真紫の上着はちょっと、町じゃなかなか見かけない色かも。サーカスとかにいそう。
「今着てるものに合わせるのが基本でしょ? まあ、あたしの見てなさいよ」
「ステラステラ、フィオがくまさんパンツくれるって。アイツとお揃いの」
「あげないし! 履いてないし!」
「ほぇー。フィオっちかわいい趣味してんだねっ」
「風評被害!!」
私としては、かっこいいフィオさんが実はくまさんパンツなのも……やめよう。ゲンコツが飛んできそう。
こほん、と咳払いして。
「じゃ、手出して」
「? ほいっ」
フィオさんは呼びかけて、ステラちゃんの腕にそっと触れた。なにやら、カチャカチャと金属チックな音。
「はい、オッケー!」
「……おお!!」
感動したように、ステラちゃんが声を漏らした。右腕の先に巻きついて煌めくのは、黄金の月。
「ブレスレットだー!」
「綺麗でしょ? 星のペンダントしてるから、星には月かなーと思って。どうよユイナ? あたしはちゃんと相手の服装を見て考えられてるけど?」
「はーっはっはっは!! 何かと思えばやっちまったね!!」
「な、何よ……?」
な、何でしょう……? ユイナちゃん、まるで勝ち誇ったかのような高笑い。
「最初に決めたはずだぜ……それぞれ"服"を選んで持ち寄るって! フィオのそれはアクセ! 服じゃないから失格なんだよッ!」
「な……なんだってー!?」
フィオさんが絶叫した。
「いや……いやいや、タンマ! 分かった、ふ、服! あたし的には服よこれも!」
「へー、言ったな? じゃあスッポンポンでもそれ巻いたら外出できるんだ、フィオは?」
「上等よ!! やってやろうじゃない!!」
「ちょちょちょ!! やってやっちゃダメです!! どれだけ負けたくないんですか!!」
ズボンに手をかけていたフィオさんを大急ぎで止めに入った。ユイナちゃんと張り合うとたまにヘンになってしまうあたり、正直彼女、実はボケ気質な気もしている。
「そのー……実は、私も間違えて帽子を買っちゃったんです。服じゃなくて」
「あー。帽子はセーフだと思うよ?」
あ、セーフなんだ。ユイナ審判曰くセーフ。
「なんでよ!?」
当然、フィオ選手から抗議が出るわけで。
「だって、帽子は頭にしっかり覆い被さってるし。服みたいなもんでしょ」
「ブレスレットも腕にしっかり巻きついてるし!」
「はいはーい。抗議で試合を妨げる人は無期限の出場停止措置となりまーす」
罪に対してペナルティが凄まじく重い。服選び、恐ろしい競技。
「ハーちゃん、どれどれ?」
「あ、はいっ。これです」
果てなき戦いを見かねたのか、ステラちゃんは私の方を向き直って話しかけてきた。隠しておく理由もないので、私は二つ返事でそそくさと小さな紙袋を漁る。
「じゃーん! どうでしょう?」
「わっ……!」
私が差し出した帽子を、ステラちゃんはすぐに受け取ってくれた。表裏をひょいひょいと何度もひっくり返しながら、キラキラ輝く目でプレゼントを眺めている。なんだかこっちまで嬉しくなってしまう。
「よいしょ。似合うかなー?」
「はい。とっても!」
丸い帽子をかぶって、ステラちゃんはとびきりの笑顔を見せてくれた。真っ白なわたわたの帽子に茶色のリボン。予想通り、彼女の服の色合いとマッチしてすごくかわいい。
「えへへー、ハーちゃんありがとー! マジ好きぴー!」
「す、好き……ど、どういたしまして、ですっ」
「これで18連あいこか……」
「アンタそろそろグーやめたら? 頑固者はモテないわよ」
「あっ、じゃんけんで勝敗決めてる」
ふと後ろを振り返ると、某仲良し二人組は必死にグーチョキパーの出し合いに励んでいた。
「はい喧嘩しなーい。2人もありがとー」
かくして、装備更新もといオシャレ対決、勝者不明で終了である。
それから、楽しい時間が過ぎて。
「おっ。眠れない羊はっけーん」
宿屋の屋根で夜空を眺めていた私の横から、そんな声がした。
「もー。羊じゃないです」
「あはっ、ごめん。ハーちゃんの髪、真っ白でふわふわだからさ」
ステラちゃんは困ったような顔で言う。
「ちょっと、さっきまでのほとぼりが冷めなくて」
「わかるー。あーしも目、覚めちゃったんだよね」
傾斜の薄い屋根に寝転ぶ私の横で、ステラちゃんは三角座りになった。のどかな放牧の町ということもあって、夜は本当に静かだ。冷たい夜風の吹く音と、隣の少女の吐息だけが耳を優しく通り抜ける。
「ずーっとトランプやっちゃったね。ユイちん、全然負け認めないしー」
「ふふっ……ユイナちゃんが勝ったら勝ったで、今度はフィオさんの泣きの一回が始まっちゃいますしね」
長く苦しい戦いだった。私は一回も勝っていないけれど、心のヒーラーなのでちゃんと心をセーブしました。全然悔しくなんてないです。
「わっ、今日星きれー」
ふと紺色の空を見上げ、ステラちゃんが言った。
「そうですね。満天の、って感じです」
そして。
「その……星はもう、大丈夫ですか? ステラちゃん」
余計なお世話かもしれないけど、聞いておかないと。星降りの災害──あの星々は、たとえどれだけ綺麗でも、ステラちゃんの大切なものを奪った犯人かもしれないのだ。
「ありがと。でも大丈夫。まあ嫌なこともあったけど……あーし、星は好きなんだよね。名前通り」
その言葉を言うのに、どれほどの葛藤があったのだろう。それを乗り越えるために、私はどのくらい役に立てたのだろう。
「ね。星の正体って、ハーちゃんなんだと思う?」
「正体……ですか?」
「うん。星ってなんで、夜しか現れないんだろうね? みんな寝てる中、なんで夜通し光ってるんだろ」
「うーん……」
そういえば、考えたこともなかった。確かに星は夜しか見えない。
…………あっ、でも逆に夜は太陽が見えない。ってことは。
「もしかすると……太陽に頼まれて、やってくるのかも」
「太陽に?」
「はい。太陽も夜は休みたくて……でも、太陽が休んだら世界は真っ暗になっちゃうから。お友達の星たちを呼んで、自分が西に沈んだ後の世界を代わりに照らしてもらってるのかな、って」
「なるほどなるほどー」
なんて。全部妄想だけれど。
「ステラちゃんは?」
「んーとね。でもあーしは、星はいつも空から見てくれてると思うんだ」
そう言いながら、ステラちゃんはブレスレットの光る右手を掲げた。届かない星を、それでも掴もうとするかのように。
「星座ってあるじゃん? 星が決まった順に並んでて、なんかの形に見えるやつ」
「カニとか、天秤とかですね」
乙女、双子、サソリ……後はどんなのがあったっけ。
「決まった形になるってことは、星ってずっと動かずにあそこにいるんじゃないかな。昼間はこう……太陽パイセン眩し過ぎてウチら霞んでるー、的な?」
「太陽さんには頭が上がりませんぜ……って、感じでしょうか!」
「そう! それっ!」
あははっ、とふたつの笑い声が響く。答えるように、そっと夜風が頰を撫でた。
「…………人の絆と、一緒だなって」
ステラちゃんは、遠くを見ながら言った。手の届かない星より、さらに届かない彼方の何かを見ながら。
「今そばにいなくても、思い出と愛があーしの中にあるから、独りじゃないって思える。見えなくても繋がってる。それって……なんか、エモくね? ごめ、言葉出てこないや」
「ステラちゃん……」
「今はもうあーししかいないとしても、皆がくれたものは、あーしの中にずっとあるんだよね」
だから──ステラちゃんは息を吸った。
「あーしはもっと強くなる。もっと一生懸命生きてく。それで、あーしのせいで死んだみんなの分まで、あーしがたくさんの人を救ってみせる」
私はいつの間にか、星を見上げるのをやめていた。
だって、星よりまばゆい輝きが隣にあったから。
「一緒にがんばろ、ハーちゃん。あーしも、心のヒーラーになりたい」
「……はい。きっと、2人一緒に」
決意と誓い。両方を込めて私はそう答えた。
その夜見た夢は、世界を救って英雄と讃えられた、2人の少女の夢だった。




