閑話・ひつじの町(1)
ミルカさんに貰った、案内のメモ書きを頼りに歩くと、すぐに森を抜けることができた。木々が草原に変わった後、土の道を1時間ほど歩き続けて。
「おおー!」
私達は、小さな町に辿り着いた。町の名前は"メイプル"、ミルカさんに聞いた。見てわかる大きな特徴は少ないけれど、草原とともに広がるのどかで平和な町だ。
ああ、でも一つ挙げるなら。
「……羊、多いな」
フィオさんのおっしゃる通り。なにやら、街の入り口から伸びる石の街道がモフモフにまみれている。多分、人よりモフの方が数が多い。
「このマックス・オブ・モフモフは、いったい……」
気ままに寝転がったり歩き回ったりする羊達をよそに、私は呟いた。
「そりゃそうさ……この町は国で一番の羊毛産地、国じゅうの毛布や服の9割がここで生まれてるんだぜ」
「ユイナちゃん、この町を知ってるんですか?」
「今考えた」
「えぇ……」
「おーい。観光の子達だべか?」
とそこへ、麦わら帽の男性が町の方からやって来た。土で汚れた服装を見るに、羊さん達のお世話をしている人なのかも。
「はい、はじめまして。なんだか羊さんが多いんですね」
「当ったり前だべ! この町は国一番の羊毛産地だかんな。この国の毛布も服も、ほとんどうちで生まれてるべ」
「奇跡の一致!?」
そんなやりとりを経て。
「はい、確認しました。小さな町ですが、心ゆくまでお楽しみください」
宿屋のお姉さんが、私達にそう言って微笑んだ。今日はもう昼過ぎなのでこのメイプルで一晩過ごし、明日出発してステラちゃんの故郷、星守里を目指すことになった。
「やー、ハーティ様様ね」
宿のロビーで丸テーブルを囲み、一休みしていると、ふとフィオさんが私にそう言うのだった。
「? 受付を済ませてくれたの、フィオさんですよね?」
「実はアンタと一緒に旅するようになってから、宿屋の受付とかバイト探しとか前よりスムーズになったのよ。あたしは親無し家無しだから怪しまれることもあるけど、アンタのコロコ家の名前出したらみんな、すんなり信用してくれるの」
なるほど、自慢じゃないけれどそれも納得だ。姉様やお母様をはじめ、私の家族はみんなヒーラーとして各地で活躍している。
ある時は災害の被災地で怪我を治して周り、ある時は疫病の治療に貢献し、たくさんの命を救ってきた尊敬すべき家族達だ。私? 先週くらいまで、その尊敬すべき家から出ていけって言われてました。
「そうなんですねー」
「えっマジ!? ハーちゃん、あの家の子なん!?」
唐突にそんな質問を投げてきたのは、ステラちゃんだった。
「えっ? は、はい」
「えー、バリミラクルじゃん! あーしさ、小さい頃大怪我した時に治して貰ったんだよね! サマヤ・コロコって人に」
「サマヤ……あっ! お婆様ですね!」
「そそ、おば……婆ちゃん!? え、どうみても20代だったし!」
「あー。お婆様、今でもお若いんです。なんで自分より綺麗なんだって、お母様がよくへこたれてました」
実際、お母様も随分な美人さんなのだけど。
「あははっ。すげー、魔法使いみたい」
「そうですねー。確かに不思議な雰囲気の人、で……?」
気になって、ちゃんと言葉を最後まで言えなかった。
「…………」
隣に座るユイナちゃんが、随分不機嫌そうに足をテーブルに乗せているのが気になって。不機嫌でも足をテーブルに乗せちゃいけませんよ。
「アンタどうしたのよ」
頬杖を突いてリラックスしていたフィオさんも、気になったのかユイナちゃんに尋ねた。
「いやぁね……ステラって言ったっけ? 新入りのくせに随分ハーティと馴れ馴れしいねぇ」
あっ、これまた変な茶番だ。最近はすぐに気付けるようになった。
「ま、仲が良いのは悪いことじゃないけどさあ? 僕らの方がハーティと昔から一緒にいるってこと、忘れないでほしいって言うか? だからハーティと仲良くなるなら、僕とも仲良くなるのが道理って言うか? てか僕がステラと仲良くしたいって言うか?」
「最後のが本音じゃない。良い子か」
「皆まで言うなよ、もー」
「アンタが皆言ったんでしょ」
「はいはーい」
そろそろ見慣れてきた2人の漫才を、ステラちゃんが両手を振ってせき止めた。
「ユイちんとフィオっちも、ちゃんとあーしの好きぴだよー!」
「やったー!!」
「あ、あたしは別に……」
2人の違った反応を交互に眺めて、ステラちゃんはにっと笑った。良かった、また最初の元気な彼女に戻れたみたいだ。
無理に明るい姿を取り繕っているのだと、彼女は言った。けれど、こうして穏やかな日常の中であんな風に笑えるのなら、きっとあれが今の、ありのままの彼女なのだ。
とにかく、あの調子なら安心して、一緒に旅を始められそう……旅を始める?
ああっ、そうだ!
「あのっ! えっと……仲良くなるために、こういうのはどうでしょうか?」
振り向いた3人に向け、私はそう言った。
それから数刻、メイプルの町の服屋さんにて。
「やー、"心のヒーラー"の旅って思ったよりほんわかしてんだね」
「ほんわか……そうでしょうか?」
お店の入り口に並ぶ服を並べながら、私はステラちゃんとそんな話をしていた。
「うんうん。もっとこう、クエストを受けて人助けしまくりー! 街に帰ったら夜通し修行ー! みたいなの想像してたから」
「ふふっ、そんなに凄いことはしてませんよ。もちろん夢に向けて努力もしてるけど、それ以上にみんなで楽しい旅をすることが大切なんです」
そう。夢を追いながらも、正直私はかなりこの旅を楽しんでいる。ついさっき幽霊屋敷のようなアクシデントも含めて、その全てを。そんな楽しい日々の中に、これからステラちゃんも加わっていくと思うと、思わずちょっとニコニコしてしまいそうだ。
「あれ? ハーティ、早かったわね」
「ありゃ。僕が最後かー」
そんなことを考えているうちに、別行動していたフィオさん達2人も買い物を終えてやって来た。
「それじゃあ、始めましょうか」
そう、服屋さんに来ればやることは一つ。旅に向けて、ステラちゃんの装備一新である!




