#7-11「大事なものほどすぐそばに」
「ステラちゃん……」
呼びかけに応じることもなく、ステラちゃんは行ってしまった。幽霊達と、巨大な人形の争いのただ中へ。
代わりに、こちらへ飛んでくる人影がひとつ。
「……1号さん?」
「ぐおおおおっ!?」
「わわっ!?」
がしゃん、がしゃん。重たい鉄の音を奏でながら、1号さんは私の立っている台の上に不時着して来た。暴れているうちに、ミルカさんが手放してしまったのだろう。
「大丈夫ですか……?」
「なんとかな……いやー腰痛……あっ腰無くなってる」
呻きながら起きあがろうとする1号さんに、私はすぐさま肩を貸した。思ったよりも軽い……のは、彼の体のパーツがいくつも吹き飛んで、全身ボロボロになってしまっているからだ。
「全く……嬢ちゃん達、アイツが疲れ果てるまで隠れてろ。これ以上巻き込むわけにはいかねえ」
「ダメです! ステラちゃん、ミルカさんに言いたいことがあるって言ってました。私も、みんなもミルカさんを助けたいんです。だから」
「アイツを見てみろ! あんな姿を見てもなお、嬢ちゃんは助けてえってホントに思ってんのか!? 俺達に気い遣う必要はねえんだよ!」
あれ。1号さんが指差すのは、弱者をいたぶる怪物。独りぼっちで嗤うひとの姿。
それでも……だからこそ、助けたいんだ。私は、全ての悲しみを消し去る"心のヒーラー"になりたいから。
「ジョウチャン、イイドキョウダ! ツキアウゼ!」
「ごめんなさい、行きます!」
「あっ、おい……ああクソッ! おらじゃじゃ馬、行くぞ!」
快諾してくれたフォークさんに乗り、私はステラちゃんを追って再び飛び出した。1号さんも馬に乗ってついて来た。巻き込んでいるのはむしろ私な気もする。
「ミルカさん! ダメです、復讐なんてやめて! 昔のことなんて、忘れて良いんです!」
全速力のフォークさんのおかげで、すぐミルカさんの元へ戻って来られた。相変わらず凄まじい迫力……だけど、怖がってなんかいられない。
「このっ、このっ……またお前かッ!!」
可愛らしかった顔は一変し、憎しみに染まった鬼面が私を睨む。
「辛かったこと、1号さんに聞きました! でも、仕返しに仲間を傷つけるなんて間違ってます!」
「お前……やっぱりミルカを否定するのか!!」
「します! だって……間違ったままじゃ、あなたは幸せになれないから! あなたを助けたいんです!」
「うるさい!! ミルカの自由を奪うなら……お前も、あいつらと同じだッ!!」
「ミルカさん……」
どうして届かないの? 仲間を傷つけるなんて悲しいこと、今すぐ辞めさせなきゃいけないのに。彼女を変えてあげなきゃいけないのに。どうしたら……。
「ミルちゃん!」
「ッ!?」
私の目の前に、ひとつの人影。目の前に突如現れたその人に驚かされたのか、目を見開いてミルカさんが一歩引いた。
「忘れなくて良いよ、昔のこと。恨めしいなら、ずっと恨んでて良いし」
空飛ぶ小皿から身を乗り出して、金髪の少女は言う。私と真逆のことを。
「ステラちゃん……?」
「お前……お前もお説教か!!」
「ううん、叱らない。ミルちゃんの思うこと、あーし分かってんの。悔しいんでしょ」
「悔……しい……?」
ミルカさんのその声は、不思議がるようにも、納得したようにも聞こえた。
「幽霊ちゃん達に全部聞いたし。せっかく友達が出来たのに、守れなくて失っちゃって……自分が許せなかったんでしょ? でも過去はやり直せないから、周りに当たり散らすしかなかったってカンジ?」
「……何を……分かったような口聞くな!」
ミルカさんは怒りながら、ステラちゃんを掴み取った。
「ステラちゃん!! 逃げて!!」
「ハーちゃん、平気平気ー」
嘘。軽い口調でも、声が震えていた。
「……あーしもね、この前友達が死んだの。目の前で死んだのに何も出来なかった。だから……ちょっとは分かる、かな」
「……あなたも?」
大きな人形と小さな星が見つめ合う。
「嬢ちゃん! クソッ、今──」
「待って、1号さん! 今だけ……ステラちゃんを、信じましょう」
迷った。迷いながら、でも私はそう言った。
ステラちゃんは、私と真逆のことを言った。そして、ミルカさんの痛みが分かると言った。
なら、悔しいけれど。私が今、首を突っ込んで何かを言ってはいけないのかもしれない。
「大丈夫。あーしはミルちゃんのこと、分かってるよ。叱らないし、否定もしないよ」
「…………黙れッ!! 分かったようなこと言って!!」
「辛かったよね。辛かったから、今はこうやって強くなろうとしてんだよね」
「うるさい!! うるさいうるさいうるさいッ!!」
「じゃあ、そのまま握り潰せば良くね? あーしのこと」
「ステラちゃん!!」
駄目。もしそれで、本当に──
「……やってやる……やってやる…………!!」
「優しいね、ミルちゃん。ぜんっぜん痛くないし」
いつのまにか、周りの幽霊さん達も動きを止めて2人を見ていた。絶望的にも思えた、和解の可能性が花開く様を。
「ミルちゃんは、優しくて強いんだよ。だから、もう自分を無理やり強く見せなくて良くね? 心の底から誰かをいじめたいんじゃないんでしょ?」
「違う!! ミルカは……ミルカが、いじめる側にならなきゃ……また、いじめられて……みんな、また奪われて……」
「大丈夫。大丈夫だよ」
涙がこぼれた。
「誰もミルちゃんを拒絶したりしない。だからもう、奪っちゃダメ。昔のことは忘れなくて良いけど、ちゃんと強さに変えよ、それ。あーしは、そうやって今日変われたから」
巨人の、大きな涙が。
「なんで……なんで、ミルカは奪っちゃダメなんですか……ミルカが、先に奪われたのに……!!」
駄々をこねるような声……違う。助けを求める子供の泣き声。
「悲しむ友達が、ここにいっぱいいるからだよ。ミルちゃんも分かってるっしょ?」
「…………!」
ミルカさんが見渡した、小さな友達たちは。
しょうがないな、なんて言うかのように、みんな微笑んでいた。
「なんで……みんな、そんな顔をするのですか。ミルカは、みんなに酷いことを──」
「そりゃ、俺達はお前にゾッコンだからな」
1号さんがそう言った。低く男らしいけど、どこか優しい声。
「俺達みんな、お前が大好きなのさ。自分を作ってくれた人なんだ、当たり前だろ」
「1号…………」
「1人で背負い込ませて悪かった。お前を肯定し続けて、お前の望みを叶えてやることが、一番の恩返しだと思っていた……でも違った。友達として、やっちゃいけねえことは叱るべきだったんだ。そして友達として、その痛みを分け合うべきだった。すまなかった」
「…………ダメ……なのです」
いつしか、彼女は力無く座り込んでいた。涙がスカートを滴って落ちていく。どれだけ虚栄を見せつけても隠せない心。それを、星の光が優しく包み込み、鉄の騎士が庇って守った。
「そんなことしたら……みんなに頼ってしまったら……弱くて何も出来ないミルカに戻ってしまうのです」
「それで良いさ。なにせ、俺は強くてなんでも出来る。クハハッ」
ひょうきんに笑って、1号さんはミルカさんの腕に飛び乗った。
「長い仕返しだったけど、終わりにして乗り越えよう。悲しみをちゃんと糧にして、俺達とめいっぱい幸せになろうぜ」
「……もう…………」
涙は止まらないけれど、その口元は笑顔へ向いた。
「……お人好しすぎるのです。ミルカの友達は」
そうして、彼女はもう独りではなくなった。
初めから、独りではなかったのだろうけど。
「……むにゃ……はっ!? あれ、どうなった!?」
ようやくお目覚めのユイナちゃんは、大慌てで辺りを見回した。泣き疲れたミルカさん、それとボロボロになりながら元の大きさに戻った私達が、視界に映っていることだろう。
「もう全部終わったわよ。全く、肝心な時に役に立たないんだから……」
「なにをー!? 前半活躍してたじゃん!」
「そういうフィオさん、あの後ずっとユイナちゃんをそばで守ってましたよね?」
「ミルカがうっかり手放してから、ずーっとフィオさんが大事に抱っこしていたのです」
「なっ……それ言う必要無いでしょ!」
それからずっと、ユイナちゃんがニヤニヤしながら、頬を赤らめるフィオさんをつついていた。
「そういえばミルカさん、その……今まで狩ってきた、魂というのは……」
「ああ。そんなもん最初からねえぞ」
「ですよね……えっ!? 最初、からって……?」
「ミルカは魂を無機物に与えるってだけで、人から奪ったり管理したりは出来ない。そういう設定で相手をビビらせてただけなんだよ。ミルカが館に閉じ込めた奴をボコボコにとっちめたら、そのあとは俺達がこっそりそいつらを治療して外へ送ってたんだ」
やれやれだぜ、と一言付け足す1号さん。なら、犠牲者は幸いゼロ……と、いうことなんだろうか。
「……ステラさんは、強いのですね」
「え?」
ふと、ミルカさんがそう言った。
「あーっ、あーしが強いんじゃないよ。実はついさっきまでへこたれぴだったしー。ハーちゃん達みんなが、あーしのこと支えてくれたの」
「そ、そんな……私なんてまだまだです。心のヒーラーなんて言っておきながら、結局ミルカさんの力にはなれませんでしたし」
心の痛みを抱えた彼女を、あろうことか否定して咎めてしまった。ステラちゃんのように、まず痛みを認めて寄り添わなきゃいけなかったんだ。弁明できない大失敗、反省しなきゃ……。
「いーや何言ってんの! ハーちゃんのお陰であーしが変われて、そのあーしがミルちゃんのこと助けたんだしー! だから全部ハーちゃんのお陰ね! はい決まりッ!」
「ステラちゃん……ありがとうございます」
眩しくて優しい彼女の笑顔に、私はそう言葉を手向けた。
「心のヒーラー……? さっきも、そんなことを言ってた気がするのです」
「私はヒーラーになりたかったんですけど、人を治す神授を授かれなかったので……外傷や病気じゃなくて、心を癒すヒーラーになることにしたんです」
「そうですか……人それぞれ、悩みを乗り越えているのですね。それをミルカは、他人に当たって晴らして……」
「だーもー! ミルちゃん、それもう気にすんのナシね! にーってして!」
「むぎっ……痛いのです」
ステラちゃんに口を引っ張られ、ふにゃふにゃとした声でミルカさんは答える。さっきまで戦っていたとは思えない、無邪気な光景だ。
「ほら! ミルちゃん笑顔の方がかわいいよー。好きぴ♡」
「ありがとうこざいます。ステラさんも好きび、なのです」
「マジ!? じゃあもー、かのピになっちゃう!?」
「それは嫌です」
「えー」
「この先どうするかは分かりませんが……せっかく死なない体になったのです。最高の友達と、いつまでも幸せに暮らさせて頂くのです」
そんな言葉を聞き、お屋敷の住人達に別れを告げて、私達はまた旅立った。いつのまにか夜は明けてお昼前になっていたけれど、不思議と眠くはなかった。
「ねえ、みんな」
道の途中、ステラちゃんがふと口を開いた。
「どうかしましたか?」
「そのー……ハーちゃんが言う、心のヒーラーってヤツ? あーしもさ、そういうのになりたいなーって思って」
だから、そのー……なんて、ちょっとまごまごした後。
「星守里に着いた後、その後もさ……あーし、みんなに付いて行っても良いかな!?」
意を決したように、彼女はそう言った。
「……!!」
「あれ……? ダメ?」
「「「やったー!!」」」
「あっ良いんだ!? 沈黙ビックリするし!」
「ああっ、すみません」
つい固まってしまった。なんせ、仲間が増えたのは久しぶりだったから。
「じゃあ、これからも一緒ですね! ステラちゃん!」
「そーゆーこと! よろぴ!」
新たな出会いは続く。新たなワクワクも続く。
これからも、そんな幸せな旅でありますように。
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「…………ふむ」
「ん? どうした、ミルカ」
手分けして屋敷の修理に勤しんでいた、その途中。突然、考え込むようにミルカが立ち止まった。
「すみません1号。一つだけ、いまだに気がかりなことがありまして」
「ほう? どうしたよ」
「ステラさんが…………いえ、きっと気のせいなのです。忘れてください」
「? ああ……」
一応承知した、という風に頷き、1号はまた自分の持ち場へ歩き去った。
ミルカはそうは言いながらも、忘れられずにいた。彼女と触れ合った時の感覚。人ではない存在として持ち合わせている、第六感で。
(…………ステラさんは、お三方と何かが違った)
何がどう違うのかは、結局自分でも理解できなかったけれど。




