#7-10「怪獣が嗤う」
そして、数刻の作戦会議を経て。
「いた……!」
私たちは地上に上がり、ミルカさんを探した。と言っても、穴から出た直後に発見できたのだけれど。
彼女はお屋敷を一周して来たのか、奥のドアからまた玄関に戻ってきていた。
「……いない……まだあの穴にいるのでしょうか? 水でも流してやりましょうか」
「ひぃっ……」
つい声を漏らしてしまった。危うく、溺死で旅が終わるところだったらしい。玄関へ続く廊下のドアの裏に隠れて、私達は準備に入った。
「"エレメントワーク"!」
フィオさんは土のほら穴に入り口から手を突っ込み、神授を発動した。もう何度も助けられてきた、土をロープにするエレメントワークだ。
「おお、やるな」
「あとは、バレないようにしなきゃね……」
フィオさんはそう言うと、緊張した面持ちで手を上げた。それに合わせ、2本の茶色い土のロープが蛇のようにヌルヌルとほら穴から這い出て来て、玄関へ延びていく。小さくなってもいつも通り生成物を操れるのかが不安材料だったけれど、これなら大丈夫そうだ。
そう。私達はひとまず、ミルカさんを捕獲することにした。あまり気は進まないけれど、今正面から話し合いを試みても、口を開く前に踏み潰されてしまいそうだからだ。それほどに今の彼女は異様に怒っていて、何をしでかすか分からない──との、1号さんの提案である。
「オイ! ウマクイキソウカ?」
「今やってるでしょ。静かにしてなさい」
穴の中から出て来た他の幽霊さん達──1号さん同様、みんな私達の協力者になってくれた──が、這い出てきてフィオさんに状況を尋ねた。
「ユイちん大丈夫そ?」
「アア。オクデ、グッスリダゼ」
後ろの穴を指差しながら、幽霊さんの1人がステラちゃんに答えた。奥で寝かせてくれたらしい。
そうこうしているうちに、フィオさんのロープはミルカさんまであと数メートルのところまで伸びていた。幸い、彼女は向こう側を向いていて全く気づいていないようだ。
「よし……一気に行くわよ! えいっ!」
「うむ……ん?」
フィオさんは、掲げた右手を勢いよく振り下ろした。すると2本のロープは急加速し、ミルカさんの両足目がけてその刹那、1号さんが不思議がるような声をふと上げて。
「ほえ?」
私の真横を、ロープと一緒に人影が通り抜けた。
「ふあぁ……待てぇ……この糸に捕まってぇ……地獄かりゃ、抜け出すぞぉ……」
ユイナちゃんだ。ユイナちゃんが寝ぼけたまま、ロープにしがみついて出て来た。しかも寝言言ってる。しかもそこそこ大きな声量で。
「……? 人の声?」
「あっ……!」
彼女の気の抜けた寝言が聞こえたのか、大きな足音と軽い地響きとともにミルカさんが振り返る。
遥か上空から見下ろす彼女の視線が、ロープに掴まったユイナちゃんに向いた。向いてしまった。
「えいっ」
「うぎっ……むにゃあ」
「なっ……あのバカッ!!」
フィオさんが愕然としながらそう言った。ミルカさんは両足でロープを踏みつけて動きを止めると、ユイナちゃんを右手で捕まえ、ロープから引き離して持ち上げる。それでもなお彼女は目覚めない。安眠ってレベルじゃない。どんな枕で寝たらああなるのだろう。
「そこにいましたか。小細工を用意しても無駄なのです」
ミルカさんはドアの向こうの私達を見つけ、口元をニヤつかせた。
「くっ……撤退! 次の案を練るぞッ!」
「無駄ですよ」
ミルカさんはそう言って、ユイナちゃんを握っていない方の手で指を鳴らした。途端に鳴り響いたのは、轟音。それは私達の真左、お屋敷の内側の壁から響く音だった。
「あのー……私の気のせいじゃなければ、壁が……」
「動いてる! 俺達押し潰されるぞ、玄関に駆け込め!」
1号さんの指示で、私達も幽霊さん達も一斉に走り出した。最後尾の鎧達が玄関にダイブした直後、壁が動き切って廊下への道が塞がれた。同時に土のロープが壁で切断され、玄関に残された切れ端が溶解してただの土へと戻っていく。
「これで袋小路なのです。他の道も塞いでおきました」
私達を天空から見下ろしながら、満足げにミルカさんが言った。
他の道……本当だ……さっき開いた穴も他のドアも、すべて白い石の壁に変わってしまっている。玄関から外へ出ることは元より不可能。密室の完成だ。
「マズったな……みんな! プランBだ!」
「プランB……ですか?」
「ああ! "散開してなんとかする"行くぞ!」
「ええっ!?」
聞いていなかったし、聞いてみたらとんでもなかった。それノープランって言うと思います、1号さん。
「わ、わかりました……!」
そう思いながらも、私はすぐにそう返事した。もう、簡単にめげたりしないって決めたんだ。
「りょ!」
「しょうがないわね、もうっ……!」
「みんな、空飛ぶフォークかナイフに乗って逃げ回れ! こいつらは力持ちだから運んでくれる!」
1号さんの指示で、私は一番近くにいたフォークさんに掴まった。2人もそれぞれ相棒を見つけたようだ。
「お願いします!」
「オウ! マカセナ!」
フォークさんはそう言って宙に空き、私は彼にぶら下がった。元々小さい彼らはあまりサイズが変わらなかったので、今は私と同じぐらいの大きさだ。さっきはすごく怖かったけど、今はなんだか頼もしい。
「っ……鬱陶しいのです、雑魚のくせに」
無数の鎧さん達と食器さん達が飛び立ち、ミルカさんの巨体の周りをぐるぐる飛んで銀色の包囲網を作っていく。実際、囲まれて追い詰められているのは私達だけど。
「このっ!」
「ウガッ!?」
ミルカさんはでたらめに右足を蹴り上げた。それに当たってしまったナイフさんと相棒の鎧さんが、ユイナちゃんが攻撃した時とは比べものにならないスピードで壁に吹き飛び、叩きつけられた。
途端に鎧さんは頭部を残して他の全てがバラバラに弾け、ナイフさんは捻じ曲がってしまった。
「そんな……」
「頭もろとも粉々にでもならねえ限り、また生き返る! 嬢ちゃん達はそうは行かねえだろ、気をつけろ!」
私のそばでブリキの馬に乗って駆け回る1号さんが、そう声をかけてくれた。
「ひゃああああ!! やっぱ降ろして!!」
「バカ! オリタラ、フマレテシヌゾ!」
「…………!」
ふと向こうを見ると、フィオさんが悲鳴を上げ、ステラちゃんが神妙な面持ちでミルカさんの様子を見ていた。ひとまず2人とも無事で良かった。
「おいミルカ! 友達にそんな事して良いと思ってんのか!? 見損なったぜ!」
1号さんはそのままミルカさんの方へ向き直り、そんな風に大声を張り上げた。
「うるさいです……ミルカを否定する人なんて、みんな友達じゃないのです!」
「なっ……」
「そもそも友達なんていらなかった。最初からこうやって、1人で弱い者いじめをし続けていれば良かったのです。今ミルカはすっごく楽しいですよ、1号」
「ざけんな! 俺達はサンドバッグにされるために生まれたって言いてえのか!」
「1号さん、落ち着いて! フォークさん、私をあそこの台の上に!」
「アイヨ!」
フォークさんは私を、花瓶の置かれた小さな台の上に降ろした。すぐさま"天命の弓"を構え、心を込めて青く光る矢を作り出す。狙う先は、ミルカさんに接近しすぎている1号さん……を、踏み潰そうと足を上げているミルカさん!
「はああっ!!」
その上がった足目がけて、渾身の一矢を撃ち放った。鮮やかな閃光が一直線に伸び、彼女の白い足に突き刺さ──
「……?」
刺さらない……!?
「ふふっ。チクチクして、くすぐったいのです」
確かに当たったはずの青い矢は、煌めく粒子になって消し飛んでしまった。効かない? 鉄の鎧すら貫いた矢が!?
「そんなに遊びたいなら、あなたから遊んであげるのです」
ミルカさんはそう言って、こちらに歩み寄って来た。どす、どす。激しい揺れと轟音が迫ってくる。怖くは……ない、って言いたいけど怖い……!!
「待てよミルカ! そんな嬢ちゃんより親友と遊ぼうぜッ!!」
「1号さん……!」
どんなカラクリか、1号さんのブリキ馬はミルカさんの胸元の高さまで、超人的どころか超常的な跳躍を見せた。そんな馬を踏み台にし、1号さんは更に高く飛び立つ。そのままミルカさんの右肩に着地し、彼女と目を合わせた。
「またですか、1号」
「思い出せミルカ! お前の願いは、他者を虐げることなんかじゃないはずだ!」
「ッ……うるさい! 今度はミルカが、人をいじめてやるんだ! それを邪魔するなら……1号だって!」
「ぐわっ……!?」
だけど、言葉は届かない。ミルカさんは1号さんを鷲掴みにして、顔の前にもっていって睨みつけた。
「ほら! ミルカはあなたよりこんなに強いのです!」
「ぐおっ……がっ!?」
うめき声と共に、鉄が軋む音がした。
「自分からミルカを守っているだなんて、傲慢な考えでいたのでしょう!? 本当は、あなたなんてこの程度なのに!」
鉄の鎧が軋んで歪んでいく。彼にとっては骨折のようなもの。ミルカさんの手に包み込まれ、残酷な抱擁を受けて、無機質な体が悲鳴を上げている。
「1号さん! やめて、離してください!」
「ぎっ……心配、すんな。俺、は……屋敷で最強、の……! 鎧、騎士だ……!」
嘘。その声はどう聞いても、限界だった。
「ヤメローッ!」
「オチツケ、ミルカ!」
私がどうする、どうすると考えているうちに、彼の仲間達はもう動き出していた。無数のフォークさんとナイフさんが飛び回り、1号さんを縛り付ける手を何度も何度もつつく。
「痛ッ……クソッ! どけっ、どけっ! 邪魔だ!!」
丁寧な言葉遣いなどもう欠片もなく、美しい人形は気づけば恐ろしい怪物。
「……ハーちゃん、無事?」
「ステラちゃん!? な、なんとか……」
びっくりした……ステラちゃんが、バレないようにそっと、私と同じ台に降りて来た。
「やー、マジヤバになっちゃったね」
「はい……ミルカさん、本当に私達みんなを叩き潰すつもりなんですね」
「昔の嫌な思い出に囚われて、なんも見えてねーってカンジ?」
その言葉に、私は頷きで返した。
「……よし。あーし、行ってくるわ」
「えっ……ステラちゃん、今は危な……ああっ、ステラちゃん!」
呼びかけに答えもせず、ステラちゃんは空飛ぶ小皿に乗って飛び去ってしまった。




