#8-1「知らない故郷」
メイプルの町に手を振り、平原を歩き続けて数時間。ステラちゃんの故郷、星守里は、あと一息のところまで近づいていた。
「…………っ」
「ステラちゃん」
「あ、っと、ん?」
ステラちゃんは冷静に──もとい、冷静を繕うように──私の呼びかけに答えた。
「大丈夫ですか? 無理してませんか?」
「ううん、全然平気ー。ちょっとそわそわ……ってか、ワクワクしちゃって。昨日思い出したことがあるんだよね」
そう語るステラちゃんは、確かに自然な笑顔をしていた。
「思い出したこと?」
フィオさんが聞き返した。ユイナちゃんもきょとんとしながら、返答を待っている。
「そ。あーしさ、お兄ちゃんがいるんだよね」
「お兄さん……わくわく……もしかして!」
「あの星が降る災害の時、お兄ちゃんヤボ用で遠くの街に出かけてたんだよね。つまり、災害に出くわしてなくて無事な可能性がバリバリに高いってこと!」
「おお……! 里に帰れば、会えるかもですね!」
朗報……いやいや、朗報なんてものじゃない! もし本当にお兄さんがご無事なら、今もステラちゃんの帰りを待っているかもしれない。災害の日から、ずっと──
「…………そういえば、ステラがその星降りとやらに遭ったのっていつ?」
あっ、私もそれ今聞こうと思った。なんて思いながら、私はフィオさんの方を見た。
「そんな大変な災害だったら、今頃新聞にも載ってるはず……ということですよね? フィオさん」
「そうそう。でもそれらしい記事は最近見かけてないから……そこが気になってたのよね。その日から、どのぐらい経ってるの?」
「どのぐらい……? うーんと……」
ステラちゃんは道の途中で立ち止まり、目を閉じた。脳内の記憶を手繰っているようだ。
「んー。よく覚えてないや」
「えっ、んな適当な……」
「割と最近だったと思うんだけどー」
なんて、お気楽な声でステラちゃんは語った。最近かぁ……最近すぎて、逆にまだ新聞になっていないのかも。都市部ならともかく、地方の里で起きた出来事なら、報道が1週間ほど遅れるようなことも考えられる。
「ま、そのうち思い出すんじゃない? 早く行こうぜー」
「そうですね。焦る必要ないと思います」
ユイナちゃんの言葉に頷いて、私はそう言った。
「てか、もうちょいで見えてくるし! ほら、早く行こっ!」
そう言ってステラちゃんは駆け出し、草の生い茂る上り坂を駆け上がっていく。急勾配で小さな丘を形成している、この上り坂。その向こう側に里が見えてくるはずだと、彼女が昔の記憶を頼りに教えてくれた。
「あっ、ステラちゃん! そんなに急がないでくださーい!」
私はそう呼びかけながら、フィオさん達とともに早足で彼女を追いかけた。
坂道は走ると危ないのだ。どうしてそう思うか? 私がさっき同じような坂で滑って転んだからです。ぶつけたおでこがまだ痛いです。
「…………」
あっ、坂を登りきったところで止まってくれた。数秒のタイムラグを経て、私達も彼女の隣まで足を進めた。
坂道が途切れ、視界の下方には一際大きな平地がその姿を現した。自然のありのままの世界が唐突に終わり、そこには人工物と人の繋がりで形成された世界が広がった。
「これが、星守里……」
外周を城壁のように高い木の柵が覆い、その内側には数えきれないほどの石造の建物が点在している。その周囲を行ったり来たりする人影は、ここからだと豆粒のように小さく見える。
「すごい……災害のあと、ちゃんと復興できたんですね!」
「ねー! これさ、ステラの兄ちゃん以外にも結構な人が生き残ってたりするんじゃない!?」
ユイナちゃんのその考えは、多分正解だろうと私も思う。ステラちゃんの話を聞くに、例の星降りで里は相当めちゃくちゃにされてしまったはずだ。
それなのに、この家らしき建物の数々、お店らしき小屋、それから見張り台……見たところ、この里は集団が暮らす場所として概ね機能している。この完璧な復興ぶりは、とてもステラちゃんのお兄さん1人で実現できるものとは思えない。
となれば、お兄さんの他にもたくさん生き残った方々がいて、みんなで協力して立て直したと考えるべきだ。状況は思っていたほど、絶望的ではないのかも!
「ステラちゃん、これなら…………ステラちゃん?」
「……」
「2人とも、なんか変だと思わない?」
里を見据えたまま何も言わない──あ、きっと風景を懐かしんでいるんだろう──ステラちゃんの代わりに、フィオさんはそんな質問を私たちに投げかけた。嫌に冷たい風が、草木を揺らしながら私達の肌を撫でた。
「何が変なんだよー。ちゃんと復興できてるじゃん」
「復興しすぎよ、いくらなんでも。犠牲者が出たほどの災害にしては、その痕跡すら見当たらない。まるで、例の災害から何年も何十年も経ってるみたいじゃない」
「それって、どういう……ステラちゃんは、どう思いますか? フィオさんの話」
「…………ごめん。分かんないや」
長い沈黙を破って、ステラちゃんは小さくそう言った。
「分からない、って?」
私は尋ねながら、そっとステラちゃんの顔を覗き込んだ。
「……だって」
震えた声で呟く彼女の顔に映し出されていたのは、儚いノスタルジーなんかじゃなく。
「あーし、あんな里、知らない」
驚愕と混乱の感情だった。
「……はい、お通りください」
ユイナちゃんの体を一通り触って確認し終えた里のお姉さん──門番の1人のようだ──が、ゴーサインを出してくれた。町によっては、こうして入る時にボディチェックが入る。
今、私達は彼女の後ろで順番を待っているところだ。先にチェックを受けていたフィオさんも、護身用の小さなナイフについて少し尋ねられた程度で済んだ。この感じなら、ひとまず里には難なく入れそうだ。
「へ、へーい」
当のユイナちゃんは空返事をしながら、どうしようかと困ったような表情でこちらを振り返ってきた。「気にせず行ってください」という思いを込めて微笑み返してみると、ユイナちゃんはひと足先に里の中へ入っていった。
「はい、じゃあ次は白い髪のお嬢さん」
「は、はいっ」
私も特に問題は無かった。唯一武器・危険物にあたる"天命の弓"も、肝心の矢を持っていないので気に留められなかったようだ。
「はい、どうぞー。じゃあ最後、金髪のあなたね。こっちおいで」
「…………はい」
私が門を通り抜けたその後ろで、ステラちゃんは呼ばれるがまま、お姉さんに近づいた。
「今日はどちらから来たんですかー?」
黙りっぱなしの彼女をお姉さんなりに気遣ったのか、そんな話題を持ちかけてきた。
"どちらから"って……それじゃ、まるでステラちゃんを外からの来訪者だと思っているみたい。
「というか……どうして、里の人が帰ってきただけなのに、ボディチェックを……」
「ね。やっぱり、なにか変でしょ」
私の独り言は、先に門の向こうで待っていたフィオさんに拾われた。
「あのお姉さんのことも、見たことないって言ってたもんね。ステラ」
ユイナちゃんの言う通り。ステラちゃんは彼女を知らなかったし、彼女も見たところステラちゃんを知らなさそうだ。
「……あの。ここ、星守里……で、合ってるよね?」
「? そうよ。大して珍しいものも無いけど、ゆっくりしてってね」
私達があれこれ話しているうちに、ステラちゃんもお姉さんにそんなことを問いかけていた。やはり、ここは星守里で間違いないようだ。
「えっと……あーし、ステラ・マーシーって名前で。この里に住ん──」
「えっ、マーシーさん? もしかして、里長の親戚……あのさ、ディム・マーシーって人知ってる?」
「えっ……うん。あーしのお兄ちゃん」
「フィオさん、ユイナちゃん」
2人の会話を小耳に挟んだ私は、2人を手で呼び寄せて聞き耳を立てた。
「お兄……? まあいいや」
なんだか不思議そうな表情で、お姉さんはそう言う。
「あ、あのっ……お兄ちゃん、ここにいんの?」
「いるわよ。多分すぐ会えると思うけど……よかったら案内しようか?」
お姉さんはそう言って、ステラちゃんを手招いて里の中を歩み進んでいった。私達も2人を追尾するように後ろに付く。
「ステラちゃん、どういうことなんでしょう……?」
「分かんないよ……お兄ちゃん、里長でも何でもないし。でも、良かった。これでお兄ちゃんに会えるんだ」
隠しきれない困惑を抱えながら、それでもステラちゃんの表情は、さっきまでより晴れやかな気がした。
それならまあ、ひとまず良いか──そんな無責任な感情とともに、私はのんきに彼女らについていくのだった。
-未来への約束 星守里編-




