#7-9「とある独りぼっちは」
「ユイナちゃああああああん!!」
「…………Zzz」
「あ、良かったご健在」
眠っているだけだった。きっと強い力を使いすぎて疲れてしまったのだろう。私はほっとして肩を撫で下ろした。
「じゃないでしょ!! そいつ寝落ちしたら、あたし達どうやって勝つのよ!!」
「……はっ!? もしやピンチですか!?」
「ユイちん!! 起きてユイちん!!」
ステラちゃんが呼びかけながら、ユイナちゃんの顔の前にピカピカと眩い光を放っている。それでも全く起きる気配が無いのを見るに、もはや気絶に近いようだ。
「終わりですね。みんな美味しく食べてあげるから、観念するのです」
大きな声がまるで地響きのよう。ミルカさんはそう言ってかがみ込み、私達を捕まえんと右手を伸ばしてきた。
この体より大きな手のひらが、壁のように迫ってくる。いやいや、当たったら終わりの技にしては逃げ場が無さすぎる……!
「フォーク達!!」
「わわっ……!?」
「ちょっと!?」
「なんか来たしー!?」
錆びた鎧さんの一声ので、私達の体は宙に浮かんだ。周りを見てすぐに気付いたのは、フォークとナイフが私を両肩のしたから抱え上げ、運んでくれているということ。
フィオさんは別のナイフに両手でどうにか捕まり、ステラちゃんは抱きかかえたユイナちゃんごと空飛ぶ大皿に乗せられている。鎧さんもブリキの模型の馬を上手に乗りこなし、一緒にミルカさんの手から逃れた。走って逃げていても、運良く1人避けるのが関の山だっただろう。
「む……まあ、必死に逃げるあなた達を眺めるのも良いですね。ふふっ」
ミルカさんは、おもちゃで遊ぶ子供のように笑顔を浮かべる。正直、こちらとしては恐怖でしかない──と思いつつ、彼女の足元をするりと通り抜け、幽霊と心のヒーラー御一行は大きな玄関から抜け出して、西の廊下に出た。
「みんな、そこの穴だっ!」
「鎧さん、あそこですか?」
「1号と呼んでくれ」
鎧さん、もとい1号さんが指差した先は、欠けた石の床に開いた小さな穴。なるほど、あの大きさなら今の私たちは入れても、ミルカさんの手は届かないだろう。
「うえ、ちょっと汚そう……」
「文句言わないっ」
しぶしぶといった様子のステラちゃんと、慣れっこな雰囲気のフィオさん。そんな背後の2人へ、1号さんは顔を向けた。
「スコップの幽霊が遊びで掘った穴だ。奴らは完璧主義だから、丁寧に舗装されているし虫やネズミも来ない。ただ、やはり暗いな……」
「あーしに任せて!」
ステラちゃんはそう言って、自身の両手に白い明かりを灯した。途端に洞窟のような地下通路が、明るく照らされていく。
土のトンネルは、かなり先まで枝分かれしながら続いているようだ。私達は1号さんとステラちゃんを先頭に歩き始めた。
「ねえ。このまま地下を掘り進めれば、屋敷の外に出られるんじゃない?」
「それは無理だ。ミルカが許可しない限り、屋敷の外に出ることは出来ない。そして、俺達はアイツを怒らせてしまったからな」
フィオさんの提案を、1号さんはすぐに却下した。お屋敷の内装は壊せても、外壁は決して壊せなかったのはそういうことか。
「あの……それなんですけど。ミルカさんは、どうしてあんなに怒ったんですか?」
一番の疑問を、私は1号さんに問いかけた。
「それなー。考えて見たらあーし達、急に襲われて急にキレられてるくない?」
「理不尽すぎてムカつくけど……でも、急にあんなに怒るのは不自然よね」
「…………それを説明するには、ミルカについてもっと知ってもらう必要があるな」
1号さんはブリキの馬を降りると、土の壁にもたれかかって、考え込むように腕組みをした。
「まず言っておくと、俺達は幽霊じゃない。ミルカと同じ、魂入りの人形みたいなものだ」
「それよそれ。幽霊じゃないなら、なんで人形に魂が入って動き回ってるわけ? ミルカの神授?」
「そう。アイツの神授は、『無機物に魂を込める』能力。魂はだんだんと成長していき、おのおの違った特性を獲得する。この屋敷そのものだって、ミルカが魂を込めてるんだぜ。だから、屋敷で起こるあらゆる事象はアイツの思いのままさ」
「特性……屋敷にも魂……屋敷に入った奴を閉じ込めたり、縮小させてりするのが、この屋敷が獲得した特性ってわけ……あー、頭こんがらがってくるわ」
フィオさんが頭を抱えた。
「ハーちゃんどうしよ。マジわからん。あれ何語? フィオっちバイリンガルなん?」
「わ、私もちょっと……」
「あー良い、その辺は飲み込まなくても良い。とにかく、俺達はアイツの創造物なんだ」
そこが大事だ、と付け足された。私達が置いてけぼりなのを察してくれたのかもしれない。
「俺達はみんな、ミルカに作ってもらったことを感謝してる。だからずっとアイツに従順だったし、指示通りお前らのことも追い回した。だけどアイツ、怒りで周りが見えなくなってたからさ。流石に止めなきゃまずいと思って説得したら、コレだ」
なるほど。裏切りや仲間割れというより、彼女の暴走みたい。
「アイツは昔から不思議ちゃんなせいで、友達がいなくてな。おまけにいじめられてばかりで……そんな中15歳の時に授かったのが、俺達みたいなのを作り出す神授だ」
昔を懐かしむように、1号さんは天井を見上げた。
「最初に作られたのは俺。それから喋るティーポット一つと、空飛ぶフォーク3本だ」
なるほど。それで、"1号"さん。
「生まれて初めて見たのが、嬉し泣きして抱きついてくるアイツの顔だったんだぜ。情が湧かない方が無理ってもんさ。俺達はすぐ仲良くなった。『あなた達さえいれば、どんな辛い目に遭っても生きていける』とまで言われてな……生まれた意味ってのを実感した。だから、一生アイツに尽くそうと決めた」
その様子は想像に難くなかった。それはそうだ。あれほど整った統率とチームワーク、お友達でなければ実現できはしないだろう。
「そう……最初は、ただ屋敷の中で遊んでるだけだったんだ。だけど、いじめっ子共はミルカを揶揄し始めた。"自分で作ったバケモノと遊ぶ、気持ち悪い奴だ"ってな。いじめもエスカレートして、その末にポットはバラバラにされて土に埋められ、フォークはどこかへ連れ出されて帰ってこなかった」
「そんな……ただ、お友達が欲しかっただけなのに」
何も悪いことなんて、していない。ただ、悪い人たちに不幸な目に遭わされて。
……だから、なの? はっと顔を上げると、1号さんと目が合った。
「白髪の嬢ちゃんは察しが良いな。ミルカはいじめで心を病んでしまったんだ。何日も泣きながら寝込んで……そしてある夜、急にスッキリした顔をして起き上がった」
1号さんの兜に灯った青い光が、一瞬濁ったような気がした。
「あの時、止めれば良かったんだ……アイツは自分そっくりの人形を作り、それから自分の魂をそこへ移そうとした。理不尽な不幸への憎しみ、怒り、悲しみ……全部を込めて、最強の人形を作ろうとした。そして、完成してしまった」
「…………"強い感情や劇的な経験が、神授を進化させる場合が稀にある"」
「ハーティ、何それ?」
フィオさんの問いかけに答えようとしたけれど、1号さんの低い声の方が早かった。
「勉強熱心なんだな嬢ちゃん。俺もその学説は聞いたことがある。そう……あまりにも激しい憎しみが、ミルカの友達を作る能力を進化させた。変えてしまったんだ」
それから──1号さんは長く、悲しい物語の筆を進めていく。
「ミルカは復讐を始めた。懲りずにやってきたいじめっ子を誘い込んで屋敷に閉じ込め、あらゆる人形を動員して拷問した。ナイフで切り、蝋燭で焼き……そんな暴力を、やがて無関係な森の遭難者にまで振るうようになった。そうやって人の上に立つことでしか、アイツは満たされなくなっちまったんだ」
「……でも、それじゃいじめっ子と同じです」
私はそう言った。どんなに辛い目に遭っても……遭ったからこそ、その悲しみを繰り返してはいけないのに。
「そんなことも分からなくてなるほど、アイツは追い込まれていたんだよ……だけど、アイツは悪くない。俺が……昔からの友達だった俺が、何も出来なかったから……それがアイツのためだと思って、その復讐に加担してしまったから……」
苦しげに歯を食いしばるようなその声色は、彼の悔しさの現れか、それともミルカさんを心配する心の現れか。
「ミルカさんの行いを否定したら、また悲しませてしまうと思ったから……でしょうか?」
勝手な私の憶測だったけど、1号さんは小さく頷いてくれた。
「ミルカをこれ以上傷つけないことが、何よりアイツの為と思っていた。バカだったよ。支えるってのは、そういうことじゃないってのにな」
「1号さん……」
「…………ブチギレててアイツは気づいてねえだろうが。オレンジの嬢ちゃんの言う通り、ミルカは近いうちにエネルギー切れになる。しばらくは自由に屋敷に細工できなくなるはずだ。その時を見計らって、お前らはこの屋敷を抜け出せ。そうすれば体の大きさも戻る」
「は、はいっ」
確かに現実的に考えれば、それが一番だ。だけどそうして逃げようと考えると、どうしても心がモヤモヤして晴れなかった。
「…………ちょっと、待ってくんね?」
「?」
だから、その言葉を正直待っていた。
「あーし、あの子に言いたいことあんだけど」
ステラちゃんの、その言葉を。
 




