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#7-8「激昂」

「ずっとヘラっててごめん。あと、ありがと」


 右手を構えながら、ステラちゃんは私達に目を向けてそう言った。


「……綺麗な、瞳」


 そんな彼女の青い目を見て、私は無意識にそんな言葉をこぼしていた。


「あっ! ご、ごめんなさいっ、こんな時に」


「へへっ、うれしみー。ありがとハーちゃん」


 うん。こんなに可愛い笑顔を見せてくれるなら、きっともう大丈夫。あとは、ここから生きて出るだけだ。


「さーて……そろそろ降参すれば? 僕に勝てる幽霊、もういないんじゃない?」


 ユイナちゃんが前に出て、ミルカさんにそう言った。脅しでもハッタリでもない。確かに、変身した今のユイナちゃんなら絶対に負けないはずだ。


「…………確かに、力では勝てないようですが」


 ずっと無表情だったミルカさんの顔が、ほんの少しむすっとした気がした。だけどすぐに真顔に戻って、抑揚の無い冷静な声で語る。


「強くなろうと、何人増えようと、結局同じことです。ミルカたちは不死身の軍勢。あなた達が疲れ果て倒れるまで、永遠に相手をするだけなのです」


「ぐぐっ……」


「疲れる? それはお互い様でしょ?」


 狼狽えるユイナちゃんに代わって、フィオさんが一歩前に出てそう言った。


「フィオさん、お互い様って?」


「あれ、見て」


 指さされるまま、私は左奥の壁に目を向けた。そこではユイナちゃんに吹き飛ばされた鎧達が、何重にも重なって倒れていた。


「ウググ……」


「オイ! ジャマダ!」


 一番上で動けなくなっている鎧が邪魔で、下敷きになっている他の鎧も立てずにいるらしい。


「アイツら、明らかに動きが鈍ってるし力もなくなってる。不死身ってのは事実かもしれないけど……少なくとも、エネルギー切れはあるんじゃないの? アンタ達にも」


「………………」


 ミルカさんは何も言わず黙っている。思えば彼女が急に前に出て来て私を襲ったのも、他の幽霊達の限界が近いからなのかも。


 いつの間にか、状況は五分……どころか、私達の方が優勢かもしれない。もしかすると、今なら。


「あの……もう、この辺にしませんか? 私達、ただ外へ出たいだけなんです。戦いたくありません」


「"あーしも戦う"とか言ったばっかだけどさ。もう全部チャラで終わりで良くね? 仲直りした方が後引かなくて良いっしょ」


「ステラちゃん……!」


 私に賛同するように、ステラちゃんもそんな風に言ってくれた。ユイナちゃんもまーいいか、という調子で頷いている。フィオさん……は、「ちょっとだけ仕返ししましょうよ」って顔で訴えている気がする。気のせいだと思いたいです。


「ね? 私達、恨んだりしませんから。これで終わりにしましょう」


 顔を伏せるミルカさんに近づき、私はしゃがんで視線を合わせた。


「ッ、フウ……モウイイダロ、ミルカ」


「あなたは……」


 声がした方に目を向ける。やけに傷の多い、ところどころ錆びた鎧だ。


「オレハ……やー、この話し方やめるか。聞き取りづらいし」


「えアンタ達普通に話せるの? なんでカタコトだったの?」


「キャラ付け」


「キャラ付けか」


 フィオさんと一問答終えて、傷だらけの鎧はこちらへ歩み寄って来た。だけど、彼は私達ではなくミルカさんと向かい合った。


「なぁミルカ、たまには負けもするだろ。こいつらも帰るって言ってるし、もうよそう」


 さっきまで私達を襲っていたとは思えない、ミルカさんを気遣う優しい声。違和感がすごいけれど、同時に平和的解決の可能性も高まってきた。


「…………あなたまで」


「これ以上やると、大事な屋敷が壊れちまう。お前の大好きな家だろ。だから──」


「黙れッ!!」


 その怒号がミルカさんのものだと気付くのに、数秒を要した。彼女が声を荒げるなんて、それぐらい意外なことだった。


「あなた……お前も、お前らも……お前らもミルカを見下すのかッ!!」


「なっ……違っ、俺は……!」


「わわわっ……!」


 叫びと共に地面が揺れた。立っていられず、私は膝をついた。他のみんなもふらつきながら、どうにか状況を確認しようとしている。


「あなた達も敵……もう良い……ミルカ1人で全部やっつけてやる……!!」


「なんだあれ! キレやすい若者かよ!」


 もはや声も届かないらしい。明らかにおかしくなったミルカさんを見て、ふらふらしながらユイナちゃんが言った。ユイナちゃんが……あれ?


「ユイナちゃん……なんだか、小さくありませんか?」


「急に悪口!? 僕けっこう身長気にしてんだけど!」


「ああっ、違うんです! えっと……」


「そういうハーちゃんだって!」


 ステラちゃんにそう言われて、ようやく気づいた。視点がどんどん低くなっている。と思っている間にもまた、低くなっていく。気づけば、腰ぐらいの高さに飾ってあった部屋の隅の壺も、私の頭より遥か上空に鎮座していた。


 これ、小さくなってる……!


「あっ、フィオも胸が……って元からか」


「殺すぞ」


「クソ、言ってる場合じゃないぞ……!」


 取っ組み合う2人をよそに、私達と同じように縮みつつある錆びた鎧さんが言った。周囲の空飛ぶ食器達や他の鎧も、絶賛縮小中。私たちが小さくなっているのか、屋敷がどんどん大きくなっているのか、わからなくなりそう。


「……さて。これで分かりましたか」


 違う。サイズが据え置きなのは、屋敷だけじゃない。


 彼女もだ。


「あなた達みんな、ミルカには手も足も出ないのです。みんな憂さ晴らしのサンドバッグにしてあげます」


 遥か上空からする声。まあ、縮小してる間になんとなく気づいていたけれど。


「お……おっきい……!?」


 私より背が低かったはずの人形は、気づけば私の10倍近くの背丈でこちらを見下ろしていた。


「ちょ……あれ反則よ!! ああいうのラスボスがやるもんでしょ!? こんな旅の途中の中ボスがやって良いことじゃないでしょ!?」


「フィオっち、ラスボスて何!?」


 フィオさんは完全に混乱している。ステラちゃんと一緒にあわあわ。私もわけが分からないけど……だけど、こっちもただ小さくなったわけじゃない!


「あの、鎧さん! この技は一体!?」


 そう。敵側だった鎧さんとも、今なら話ができる。この技の秘密も知っているはずだ。


「……知らん……何あれ、怖……」


「え」


 知らなかった!?


「何でも構わないので教えてください! このままじゃ私達、ミルカさんに踏まれるだけで『この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。』ってなっちゃうんです!」


「いやこんな技知らないんだってホント! ここまでミルカを本気にさせた奴自体初めてだもん! お前らが追い詰めたせいだからな! 元はと言えば!」


「なななっ……も、元はと言えば、突然襲ってきた鎧さん達が悪いと思います! 私達のは全部、正当防衛ですっ!」


「っ……だけど、俺達はただミルカのために──」


「わーっはっはっは! みんな何ビビってんのさ!」


 何か言いかけた鎧さんの声を、ユイナちゃんの笑い声がかき消した。


「ユイナちゃん!」


「ただちっちゃくなっただけで、別に向こうは強くなってないはずだよ。僕ならきっと、いや絶対勝てるね!」


「確かに……俺達をあれだけボコった嬢ちゃんなら、いけるかもしれねえ! 頼んだぜ!」


「おうよ!」


 『ドラゴネクスト』のスペシャルなユイナちゃんが、いつもよりさらに大きくなった翼を大きく広げた。


「ユイナー! あんただけが希望よ!」


「ユイちんー!!」


 みんなの声援が集まる。希望を一身に背負った小さな少女は、強く地面を蹴って羽ばたいた。激しい空気抵抗をものともせず、天高く舞い上がる。


「むっ」


「喰らえ!」


 ミルカさんの目線の高さまで飛び上がると、ユイナちゃんは右手を握りしめた。小さくなったとは思えない迫力。空間を揺らすような巨大なオーラを拳に纏って。


「はあああああああああッ…………あぅぅ」


「?」


 あれ? そのまま落ちてきた。


 ん? え?


「ゆ、ユイナちゃん!?」


 私は慌てて、墜落してくるユイナちゃんを両腕で受け止めた。


「あの、ユイナちゃん、ちょっと……」


「い、今気づいたドラゴネクストの弱点……燃費が…………悪いようだぜッ──」


「ゆ……ユイナちゃああああああああんっ!!」


 心地良さそうな寝顔を抱えながら、私は寝落ちした少女の名を叫ぶのだった。

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