第八話 期末テスト間近、友子のスパルタ学習指導
六月下旬のある日の夕方、谷風寮ロビー。
「もうすぐだよぅ、科目数多すぎるよぅ。範囲広過ぎだよぅ。いきなり数学と化学からだよ。最終日にしてくれた方が勉強時間いっぱい取れるのにぃ」
佐代里はソファーの上で寝転がり、足をバタバタさせながら嘆いていた。
今日学校で、期末テストの日程・範囲表が配布されたのだ。
「わたしは一番楽しみなイベントだけどね」
友子はいつも以上に機嫌良さそうだった。
「中学生はいいなあ。科目数少なくて」
佐代里は友子と秋香のプリントを眺めながら羨む。
「高等部は音楽と美術と体育が無いから楽じゃない。主要五教科もただ単に細分化されてるだけだし、中学部より楽に思うな」
友子は微笑み顔で主張する。
「そうかなぁ?」
佐代里はむすっとした表情を浮かべた。
期末テスト。中学部は六月三十日木曜日から土日を挟んで三日間。高等部は四日間に渡って行われる。
「僕も、何か力になれることがありましたら、お助けします。社会と理科と数学限定で」
健太は三人にこう伝えた。
「健太くん、もちろんお願いするね」
佐代里はすぐに頼ろうとしてくる。
☆
その日の夜、十一時半過ぎ。
「健太お兄さん、そろそろ寝ませんか?」
友子は、健太のお部屋に足を踏み入れた。
「もう少しだけ、待っててくれませんか?」
健太は申し訳なさそうに返答する。彼は、パソコン画面に文字を打ち込んでいた。
「何をされているのでしょうか?」
「旗谷さんに、何とか数学と化学の点数を上げてもらおうと思って、試験範囲の要点をまとめた演習プリントを作っておりまして」
「優しいですね、健太お兄さん」
「いやいや、これくらいのことは、仮管理人をさせていただいている身として当然の務めですので」
友子に尊敬され、健太は少し照れる。
「わたしもお手伝いしますよ。健太お兄さん、もう少し詰めていただけないでしょうか?」
「わっ、分かった」
「どうもありがとうございます」
友子は礼を言って、健太の椅子の少し空いている部分にちょこんと座る。
「……」
健太は少しどきっとした。
「佐代里さん、怠け癖がついちゃってるから、学習スケジュールを立ててやらせた方がいいと思うの。スケジュール表も作りましょう」
「それは、いい考えだね」
こうして二人は、日付変わって深夜二時頃まで作業をしたのだった。
※
夜が明けて、日が暮れて同じ日の夜八時五十分頃。
「佐代里さん、今夜からは試験勉強しっかり頑張ってもらうよ!」
友子は、風呂上がりにソファーでテレビを見ながらくつろいでいた佐代里に忠告した。
「えー」
「これを見て!」
友子は二枚のA4用紙を、嫌そうな表情を浮かべた佐代里に見せ付ける。
「何これ?」
「佐代里さんが期末試験でいい点数を取るための学習スケジュール表よ。健太お兄さんと相談しながら作ったの」
スケジュール表には今夜九時から日付が変わる深夜0時までの三時間。
次の日からは一日当たり、夕方五時から七時までと、夜八時半から深夜0時まで、計五時間半の学習スケジュールを組ませてあった。
佐代里の苦手科目である数学ⅡBと化学を中心に、全科目満遍なく。
「こっ、こんなの、絶対無理だよ。夕方五時って、私まだ帰ってないよ」
佐代里はそのスケジュール表を眺め、顔を引き攣らせた。
「寄り道せずにまっすぐ帰ればじゅうぶん間に合うでしょ」
友子はきりっとした表情で指摘する。
「でも、夕飯とお菓子のお買い物が……」
佐代里はしょんぼりとした表情でぶつぶつ呟く。
「それなら、おらに任せな」
千代さんは佐代里に向かってウィンクをした。
「そんなぁー」
佐代里はさらにしょげてしまう。
「健太お兄さんもテスト勉強に付き添ってくれるよ」
友子はそう伝えて、健太の方をちらりと見る。
「旗谷さんに勉強を教えるのは、僕の任務ですから」
健太は責任を強く感じていた。
「健太くんといっしょにお勉強出来るのはすごく嬉しいんだけど、でもぅ……」
「さあ、もうすぐ九時よ。しっかりお勉強してもらわないと」
友子はにこっと笑って、気の進まない佐代里の腕をガシッと掴んだ。
「佐代里ちゃん、学生の本分は勉強だから、頑張りな」
「佐代里お姉ちゃん、今回は無職お兄ちゃんが付いてるからきっと勉強が楽しくなるよ」
千代さんも秋香も、
ミャーォ。
文治郎も温かくエールを送ってくれた。
「さあ佐代里さん、わたしのお部屋へ」
友子は佐代里の腕をがっちり掴み、ズズズッと引っ張っていく。
「あぁーん」
佐代里は抵抗するも敵わなかった。
(旗谷さん、今一生懸命頑張れば、きっと報われると思いますので)
健太は佐代里に憐憫の情を抱きながら、後をついていく。
「さあ、気合入れていくよーっ!」
202号室に辿り着くと友子は、小さなローテーブルに学習用具を並べていく。
「友子ちゃんは、テストが近づくといつも以上にわたしに厳しくなるんだよ」
佐代里は健太に向かって不満を言う。正座姿勢で座らされていた。
「あのう、よく考えますと、このスケジュールは、さすがにきついのではないかと。僕も受験勉強ですらろくにやったことがないですし」
恐る恐るこう意見した健太に、
「健太お兄さんは、佐代里さんに対して少し甘過ぎるのではないかとわたしは思います。いつも宿題やってあげていますし」
友子はやや険しい表情で指摘する。
「……」
健太は何も言い返せなかった。思わず俯いてしまう。
「佐代里さん、この問題からやりなさい!」
友子は数学ⅡBの問題集を開いて、該当箇所をパシーンと叩く。
「ひぃっ、健太くぅん、助けてぇーっ」
佐代里はびくびくしながら助けを求めた。
「申し訳ございません。僕には、どうすることも……」
健太は気まずそうにする。
「あのう、友子ちゃん、自分の勉強を、した方が、いいんじゃない……」
「つべこべ言わずにやりなさい! 正座で」
友子はそう命令し、テーブルをパシンッと叩く。
「ひぃぃぃっ」
佐代里は従うしかなかった。友子は学校できちんと勉強しているので、余裕なのだ。
(武士さん、武士のように厳しい一面も持ってるんだな)
採点係を任された健太は気付かされた。
「ひどいよ、友子ちゃん。秋香ちゃんにはすごく優しいのに」
佐代里は唇を尖らせながら、不平を呟く。
「秋香さんは、注意しなくてもしっかりお勉強してくれるから」
友子はにこやかな表情で言う。
秋香もあれからすぐに自分のお部屋へ向かい、テスト勉強を始めたのだ。
それから一時間ほど後、
「友子ちゃん、私、おしっこぉ」
佐代里はもじもじしながら照れくさそうに伝えた。
「分かりました」
友子はすぐに許可を出す。
「あっ、足が痺れて……」
佐代里はゆっくりと立ち上がろうとしたが、転びそうになった。
「大丈夫? わたしにつかまって」
友子は手を貸してあげた。
「ありがとう友子ちゃん」
(やっぱり優しい子だな)
健太は見直す。
「健太お兄さん、少しお待ち下さい」
友子もついていった。佐代里のすぐ後ろにぴたりと引っ付くようにして歩く。
「友子ちゃん、恥ずかしいよぅ。出て行って」
「わたしも佐代里さんが用を足してる所なんて見たくないよ。でも、見てないと佐代里さん窓から逃げるでしょ」
友子は頬を少し赤らめながら呟く。トイレも佐代里といっしょに入ったのだ。
「バレたかぁ♪」
佐代里は舌をぺろりと出し、てへっと笑った。
「予想は出来てたよ。さあ、早く済ませて。時間が勿体ないよ。わたし、扉の方向いてるから」
友子が言った通りにすると、
「はーぃ。でも出来れば、外へ出て欲しかったな」
佐代里は照れくさそうに、ショーツとパジャマのズボンをいっしょに脱ぎ下ろした。
「んっしょ」
便座にちょこんと腰掛けて、ほんのり頬を赤らめながらチョロチョロ用を足し始める。
その音は、友子の耳にもしっかり届いていた。
※
「さあ、お部屋に戻ってお勉強の続き、続き」
友子は佐代里が用を足し終えすぐ横の洗面所で手も洗ったのを確認すると、
「あーん、もう少しだけ休憩したぁい」
嫌がる佐代里の手をしっかり握り、ズズズッと引っ張っていく。
お部屋に戻ると、有無を言わせずすぐに勉強を再開させた。
午前0時過ぎ。
「はい、今日はここまでよ」
「やっと終わったぁー」
佐代里は腕を上に伸ばし、小さくあくびをする。
「期末テストが終わるまで毎晩続けるから、明日からも頑張ってね」
「えー」
友子から爽やかな表情でされた伝言に、佐代里は愕然とする。
この地獄の学習プランは、予定通りそれから毎晩続けられた。佐代里は嫌だとは思っていたのだが、健太といっしょに勉強出来るので、楽しさもちょっぴり感じていたのだ。
※
あっという間に期末試験前日の夕方がやって来た。
「ただいまー」
「おかえり佐代里さん、今夜は最終仕上げよ。本番を想定して作った数学ⅡBと化学の予想問題、制限時間内に解いてもらうから」
ロビーで佐代里が帰ってくるのを待機していた友子は、きりっとした表情でいきなり指示を出す。
「はーぃ」
佐代里は、やる気なさそうに返事をした。
「あの、旗谷さん、顔が赤いよ」
健太は心配そうに指摘する。
「なんか私、今すごくしんどくって。お熱があるみたい。ケホッ、ケホッ」
佐代里はふらふら歩きながら伝えた。
「さっ、佐代里さん、風邪引いたの!?」
友子は慌て気味に佐代里のおでこに手を当てた。
「すごく熱い、大変」
そしてとても心配そうにする。
「お医者さん呼ぼうかね」
千代さんはすぐさま受話器を取り、知り合いの女医さんに電話をした。
ここ谷風寮ほか松鴬の提携生徒寮には、緊急時いつでも連絡の取れる担当医師がついているのだ。
「佐代里お姉ちゃん、大丈夫?」
秋香も心配そうに問いかけた。
「うん、まあ……なんとか」
そう答えるも、佐代里はぐったりしていた。
「佐代里さん、早く休んだ方がいいよ。わたし、お布団敷いてくるね」
友子は階段を駆け上がり、佐代里のお部屋、201号室へ。
「あの、旗谷さん。僕の、肩に掴まってね」
「ありがとう、健太くん。助かるよ」
健太は佐代里をおんぶすると、落とさないように慎重に、ゆっくりとした歩みで201号室へ連れて行く。辿り着くと、佐代里を友子の敷いたお布団の上にそーっと下ろしてあげた。華奢な体格の健太だが、佐代里の方が小柄なため難なくこなすことが出来た。
「今日は、じっくり休まれた方がよろしいかと」
「もちろん、そうするよ」
「うわっ!」
健太は咄嗟に目を覆い、慌てて201号室から逃げていく。
佐代里がいきなり制服のスカートを脱ぎ下ろしたのだ。
「佐代里さん、健太お兄さんの前ではいきなり脱いじゃダメよ」
友子は優しく注意。
「ごめん、ごめん」
佐代里は照れ笑いしながら謝る。パジャマに着替えると、すぐに寝転がって自分で夏蒲団を掛けた。
「佐代里さん、お熱計ろうね」
友子は体温計を手渡す。
「うん」
佐代里は上体をゆっくり起こすとパジャマの胸ボタンを外し、わきに挟んだ。
一分ほどして体温計がピピピっと鳴ると、佐代里はそっと取り出し、自分で体温を確認した。
「38.6分かぁ。明日のテスト、受けれそうにないかも。一番大事な数学と化学があるんだけど……」
佐代里はしんどそうに、不安そうに呟く。
「佐代里さん、そんなにあるの!? ごめんなさい。無理な学習スケジュールを強行しちゃって、体調崩させてしまって」
「友子ちゃんは、全然悪くないよ。私が風邪引いたのは、今日、一日中雨降ってて寒かったのが原因だから」
罪悪感に強く駆られ今にも泣き出しそうな表情で謝って来た友子の頭を、佐代里は優しくなでてあげた。
そんな時、ピンポーン♪ と玄関チャイム音が聞こえてくる。
お医者さんが来てくれたのだ。
☆
「先生、佐代里さんの容態は?」
友子は心配そうに、佐代里の診察を終え帰ろうとした女医さんに尋ねる。
「心配しないで。普通の風邪だから、今晩しっかり休ませれば明日の朝には治ってるわ」
「よかったぁー」
爽やかな微笑み顔で伝えられると、友子はホッと胸をなでおろした。
四人は佐代里のお部屋へと向かう。
「座薬打ってもらったから、だいぶ楽になったよ。ちょっと恥ずかしかったけど」
佐代里は少し上体を起こし、嬉しそうに伝える。
「あっ、旗谷さん、鼻水が垂れてるよ」
健太はお布団のすぐ横に置かれてあったボックスティッシュから何枚か取り出し、佐代里のお鼻の下にそっと押し当ててあげた。
「ありがとう、健太くん」
佐代里はしゅんっと鼻をかむ。
「お夕飯は、食べられそうかい?」
千代さんは問いかけた。
「ううん、食欲全然湧かない。でも、あれは食べたいな。前に私が風邪引いた時に、作ってくれたやつ」
佐代里はとてもゆっくりとした口調で希望を伝える。
「あれだね。おらが丹精込めて作ってあげるさ」
「ありがとう、お婆ちゃん」
こうして千代さんは台所へ向かっていった。
それから十数分後。
「佐代里お姉ちゃん、千代お婆ちゃんの手料理持って来たよ」
秋香が運んで来てくれたそれは、ワカメやお豆腐などが入った生姜スープだった。
「秋香ちゃん、ありがとう」
「あたしが食べさせてあげる。あーんして」
秋香は小さじですくい取り、ふぅふぅして少し冷ましてから佐代里のお口に近づける。
「あー」
佐代里は口を小さく開けて、幸せそうに頬張っていく。
(風邪引いた旗谷さん、小野川さん以上に幼く見える)
健太はそう思いながら眺めていた。
佐代里は全部平らげて、
「すごく美味しかった。ごちそうさま」
満面の笑みを浮かべる。食べ終えた頃には、全身から汗が大量に流れていた。
「汗べとべとだけど、お風呂入ってますますこじらせちゃうと大変だから、タオルでお体拭いてあげるね」
「ありがとう、友子ちゃん」
「どういたしまして。ちょっと待っててね」
友子は機嫌良さそうにそう告げて、お部屋から出て行った。
数分のち、
「遅くなってごめんね」
友子はお湯を張った洗面器と、二枚のバスタオルを手に持って戻って来た。それらを佐代里の枕元にそっと置く。
「待ってましたぁー」
佐代里は寝転がったまま、小さく拍手した。
「それでは、僕は、これで」
健太は慌ててこのお部屋から出て行った。
「あっ、健太くん、いなくなっちゃった。そばについてて欲しかったのに」
佐代里は残念そうに、小さな声で呟いた。
「健太お兄さん、佐代里さんの裸を見るのに罪悪感に駆られたんですね。紳士です。佐代里さん、お体拭くからパジャマ脱いでね」
「うん」
友子に頼まれると、佐代里はゆっくりと上体を起こす。パジャマのボタンを外して上着を脱ぎ、次にシャツも脱いで、真っ白なブラジャーも外した。きれいなピンク色をした乳房が露になる。
「佐代里さん、お腹は痛くない?」
「うん、大丈夫。下痢はしてない」
「よかった。それじゃ、拭くね」
友子はお湯で絞ったタオルで佐代里のお顔、のどくび、うなじ、背中、腕、わき、お腹の順に丁寧に拭いていく。その後に乾いたタオルで二度拭きしてあげた。
「ありがとう、友子ちゃん。汗が引いてすごく気持ちいい」
佐代里は恍惚の表情を浮かべた。
「どういたしまして。佐代里さん、パジャマ着せるからバンザーイしてね」
友子は嬉しそうに微笑む。
「はーい」
佐代里は素直に返事し、両腕をピッと上に伸ばした。
友子はブラジャーを留めてあげ、シャツとパジャマの袖も通してあげ、ボタンも留めて着衣完了。
「次は下を拭くね」
続いて友子は佐代里のズボンと、水玉模様のショーツをいっしょに脱がし、下半身も拭いてあげる。
「んっ」
おへその下からおしりにかけてなでるように拭かれた時、佐代里はぴくんっと反応し思わず甘い声を漏らす。
「きゃははっ」
足の裏を拭いてあげた時にはくすぐったがってかわいい笑い声を出した。
「はい、拭き終わったよ」
友子は同じように乾いたタオルで二度拭きし、ズボンとショーツを穿かせてあげた。
「友子お姉ちゃん、すごく手際良いね」
秋香はとても感心する。
「わたしも一年生の時に風邪引いた時、佐代里さんに体拭いてもらったことがあるからね。あの時のお礼なの」
友子は照れくさそうに言った。
「あったね、そんなこと。風邪引いた時の友子ちゃん、より幼くてかわいかったよ」
佐代里はゆったりとした口調で、嬉しそうに伝える。
それから少しして、
「あのう、旗谷さんの体は、拭き終わったのでしょうか?」
健太はお部屋の外から問いかけた。
「うん、もう大丈夫ですよ」
友子が答えると、
「失礼、致します」
健太は安心しながらも恐る恐る、お部屋へ足を踏み入れた。
「おかえり健太くん。私、もうおねんねするよ。あのう、風邪うつしちゃうといけないから、みんな他のお部屋で寝てね。おやすみ。ケホンッ」
佐代里はこう告げて、夏蒲団にしっかり包まった。
「おっ、おやすみ」
「おやすみーっ。佐代里お姉ちゃん、明日の朝までに絶対治してね」
「おやすみなさい佐代里さん、お大事に」
三人は優しく話しかけ、各自お布団を持ってお部屋から出て行った。
「佐代里ちゃん、氷枕を使いな」
「ありがとう、お婆ちゃん。気持ち良くぐっすり眠れそう」
入れ替わるように千代さんがやって来て、佐代里に優しく声を掛けてあげた。
「今日は無職お兄ちゃんのお部屋で寝よう」
「賛成!」
秋香の提案に友子は快く乗る。
「えっ、僕のお部屋、ですか?」
健太はちょっとだけ焦った。
「健太お兄さんのお部屋を勝手に拝見したことがあるのですが、男の人のお部屋に高確率であるという、エッチな本が一冊も無いのは素晴らしいです。真津美さんはデッサン用とかで何冊か持ってるみたいですけど」
友子は嬉しそうに微笑む。
「普通、無いと思うのですけど……」
ともあれ、お布団は三枚とも健太の部屋に運ばれることに。
夜十時半頃。川の字に並べられたお布団に友子と秋香が包まると、健太が電気を消して自身もお蒲団に包まった。
健太が真ん中で、両隣に友子と秋香という配置だ。
それから一分も経たないうちに、ポツポツと水が滴り落ちる音が聞こえて来た。
雨が降り始めたのだ。
「天気予報、今夜は晴れって言ってたはずなのになぁ」
秋香はそう呟き、立ち上がると窓に近寄りカーテンを開け外の様子を眺める。
次の瞬間、ピカピカッと稲光が走り、ズダーン、バリバリバリビッシャーンと耳を劈くような音が聞こえて来た。雷がかなり近づいて来たらしい。
「ひいいいいぃ。無職お兄ちゃぁぁぁん、怖いよぅ。あっ、あたし、雷さんは大の苦手なのぉぉぉ」
秋香は咄嗟に健太にしがみ付く。彼女の顔は強張り、体はプルプル震えていた。
「そっ、そうなの?」
健太は心配そうに問う。
「わっ、わたしもです。怖いです」
友子も抱きついて来た。
「あっ、あの……」
健太はやや焦る。彼の右腕に秋香、左腕に友子が抱き付いている。健太は自由に身動きがとれない状態になっていた。
「わたしと秋香さんと健太お兄さんで、CO2ね」
「どういうこと?」
秋香は今にも泣き出しそうな声で問う。
「分子構造よ。健太お兄さんがCで、わたしと秋香さんがOよ」
「よく分かんないや」
友子は楽しい会話を弾ませて、気を紛らわそうとしていた。
大きな雷鳴が轟く度、友子と秋香が健太の体に強く密着してくる。
「あっ、あの。痛いからあまりきつくしめないでね」
健太は少し苦しがっていた。
それから三〇分もすると、雨は小康状態になる。
「健太お兄さん、ありがとうございました。男らしさを感じました」
「無職お兄ちゃんの腕、すごく柔らかかったよ」
雷も聞こえなくなり、友子と秋香はようやく健太の体から離れてくれた。
「べつに、たいしたことはしてないよ。それより、旗谷さん、一人で寝てて大丈夫かな?」
健太は照れ隠しするように別の話題へ振る。
「わたしもすごく心配。ちょっと様子見てくるね」
友子はそう言い、佐代里のお部屋へ向かった。十秒ほどして戻ってくる。
「佐代里さん、ぐっすりと眠っていました」
友子は嬉しそうに告げた。
三人は安心して眠りに付く。
☆
翌朝、午前七時過ぎ。
「健太くん、お婆ちゃん、文ちゃん、おっはよう!」
佐代里は制服姿でロビーに現れると元気に挨拶し、テーブルの椅子に座る。
「佐代里さん、36.6分まで下がってたよ」
「佐代里お姉ちゃん、お咳も止まったみたい」
友子と秋香はホッとした様子で伝える。
「それは、良かったですね」
「佐代里ちゃん、すっかり元気になったみたいだね」
健太と千代さんもホッと一安心した。
「これも皆が看病してくれたおかげだよ、ありがとう、皆。でも、期末テスト……昨日帰ってから一秒も勉強出来なかったから、不安だぁ」
「追試があるでしょ」
友子はすかさず突っ込む。
「期末テストで頑張らないと、夏休み入ってからも補習授業受けさせられるもん」
佐代里が不機嫌そうに言い訳した。その矢先、思わぬ事態が――。
テレビからアラーム音が鳴り響き、気象速報という字幕が流れたのだ。テレビ画面上に兵庫県阪神地区に大雨・洪水警報という字幕が表示される。
「警報……警報ってことは、今日は休校ってことだよね?」
佐代里の表情が次第に綻んで来た。
「警報が出た場合、期末テストは一日延期って言ってたよ」
「よかったぁー。テスト勉強出来るよ。今日はいっぱい頑張るぞーっ!」
友子からの伝言に、佐代里は大歓喜する。
「あたしも英語と音楽、余分に勉強出来そうだ」
秋香にとっても、都合が良かったらしい。
すっかり風邪の治った佐代里は、今日は食事と入浴時間以外のほとんどを勉強時間に費やした。夜は健太と友子が共同で作った数学ⅡBと化学の予想問題を解いていく。
「数Ⅱ56点、数B51点、化学47点か。これなら赤点は回避出来そうね。頑張ってね、佐代里さん」
制限時間内にこれだけ取れ、友子はホッとした様子だった。
「もちろん頑張るよ!」
佐代里は自信満々に宣言する。
☆
翌日、当初の予定より一日遅れの期末テスト初日。
「健太くぅん、私、今日のテスト、ばっちりだったよーっ!」
お昼前、佐代里は谷風寮へ帰ってくるなり、とても嬉しそうに健太に伝えた。
「おっ、おめでとう、ございます」
健太は緊張気味に褒めてあげる。
「わたしのスパルタ教育も効果あったでしょ?」
「うん、かなりあったよ。ありがとう友子ちゃん。健太くん、友子ちゃんと健太くんが作ってくれた予想問題プリントから、たくさん出たの」
先に帰っていた友子からの質問に、佐代里は嬉しそうに答える。
「そっ、それは、よかったね」
健太も嬉しい気持ちが芽生えた。
「明日からの分も頑張るぞーっ! 友子ちゃん、健太くん、ご指導よろしくね」
「うん。でも、あんまり無理はさせないようにするね」
友子は佐代里の学習スケジュールを、午後十一時までに短縮してあげようと考えた。
「あたしも今日の国、理、美ばっちりだったよ。どれも九〇点くらいは取れそう」
秋香は自信たっぷりに伝える。今回も前回の中間テストの時と同じように保健室でテストを受けさせてもらったのだ。
期末テスト残りの日程も、あっという間に過ぎていく。




