第六話 健太のドキドキハーレム日和(後編)
「四名様ですね。こちらへどうぞ」
お目当てのファミレスに入ると、ウェイトレスに四人掛けテーブル席へと案内される。
佐代里と健太、友子と秋香で向かい合って座り一息ついたところで、友子はメニュー表を手に取った。
「千代お婆さんからお小遣いたくさん頂いたから、今日は少し高級な物にしましょう。わたしは天丼にするよ」
「僕は、ざる蕎麦で」
「友子ちゃんも健太くんも渋いねえ、私は、奮発して熊野牛ステーキ定食!」
こうして三人のメニューが決まる。
「……」
まだ悩んでいた秋香に、
「秋香さんは何にする? じっくり選んでいいわよ。いっぱいあって迷っちゃうよね」
友子は笑顔で問いかけた。
「あのね、あたし……お子様ランチが食べたいの。お飲み物はミックスジュースで」
秋香は顔をやや下に向けて、照れくさそうに小声でポツリと呟いた。
「秋香さん、今でもお子様ランチ食べたがるなんてかわいい」
友子はにっこり微笑みかけた。
「さすがにちょっと恥ずかしいんだけどね、どうしても食べたくて……」
秋香のお顔はさらに下へ向いた。
「秋香ちゃん、私も中学二年生の頃まで頼んでたから、全然恥ずかしがることないよ」
「そうそう、きっと後悔するよ。ここでは年齢制限ないみたいだし」
「僕も、気兼ねすることなく食べた方がいいと思います」
三人がこうアドバイスすると、
「じゃぁあたし、これに決めたぁっ!」
秋香は顔をクイッと上げて、意志を固めた。
「あっ、あのう、僕が注文すると、しょっちゅう聞き返されるので、申し訳ございませんが、誰か注文していただけないでしょうか?」
「もちろんいいですよ」
健太がお願いすると、友子が快くコードレスボタンを押してウェイトレスを呼び、四人のメニューを注文してくれた。
それから五分ほどして、
「お待たせしました。お子様ランチでございます。それとお飲み物のミックスジュースでございます。はいお嬢ちゃん。ではごゆっくりどうぞ」
秋香の分が最初にご到着。新幹線の形をしたお皿に、旗の立ったチャーハン、プリン、タルタルソースのたっぷりかかったエビフライなど定番のものがたくさん盛られている。さらにはおまけにシャボン玉セットも付いて来た。
それからさらに一分ほど経ち、他の三人の分も続々運ばれて来た。
こうして四人のランチタイムが始まる。
「エビフライは、あたしの大好物なんだ♪」
秋香はしっぽの部分を手でつかんで持ち、豪快にパクリとかじりつく。
「美味しいーっ!」
その瞬間、とっても幸せそうな表情へと変わった。
「秋香ちゃん、あんまり一気に入れすぎたら喉に詰まらせちゃうかもしれないよ」
「モグモグ食べてる秋香さんって、なんかアオムシさんみたいですごくかわいいね」
佐代里と友子はその様子を微笑ましく眺める。
「秋香ちゃん、食べさせてあげるよ。はい、あーんして」
佐代里はお子様ランチにもう一匹あったエビフライをフォークで突き刺し、秋香の口元へ近づけた。
「ありがとう、佐代里お姉ちゃん。でも、食べさせてもらうのはちょっと恥ずかしいな」
秋香はそう言いつつも、結局は食べさせてもらった。
「健太くん、ざる蕎麦だけじゃ足りないでしょ。私のもあげる。はいあーん」
佐代里はステーキの一片をフォークで突き刺し、今度は健太の口元へ近づけた。
「いや、いいよ」
健太は慌てて左手を振りかざし、照れ隠しをするように麺を啜る。
「健太くん、恥かしがりやさんだね」
佐代里はにっこり微笑む。
「健太お兄さん、一回だけやってあげたら? 佐代里さん喜ぶよ」
友子が勧めてくる。
「いえ、出来るはずないですよ」
健太は困惑顔だ。
「健太くん、お願い。はいあーん」
佐代里はもう一度ステーキの一片を口元に近づけて来た。
「……」
健太はまたしても拒否し、無言で麺を啜る。
「もう、健太くんったら」
佐代里は残念がるも、けっこう嬉しそうだ。
「食べさせてもらうのって、赤ちゃんみたいで恥ずかしいもんね」
秋香は健太の気持ちがよく分かったようだ。
※
昼食後、友子が代表して千代さんから頂いたお金で会計を済ませ、みんなファミレスから外へ出ると、
「今度はあそこでプリクラ撮ろうよ」
佐代里はファミレス出入口から数十メートル先にある、ドーム状の建物を指差した。
「いいわね」
「無職お兄ちゃん、撮りに行こう!」
遊園地内のアミューズメント施設であった。
「プリクラ、ですか……その、三人だけで……」
健太は乗り気ではなかったが、
「健太くん、来て来てーっ」
佐代里に無理やり手を引かれドーム状の建物に連れ込まれ、プリクラ専用機の前へ連れて行かれてしまった。
専用機に入った四人、健太と秋香は前側に並んだ、というより健太は佐代里に強引に並ばされた。
「一回五百円か。これって安いのかな?」
健太が気前よくお金を出してあげ、
「あたし、このパンダさんと写れるのがいいな」
秋香に好きなフレームを選ばせてあげる。
撮影&落書き完了後。
「とってもよく撮れてるね」
取出口から出て来たプリクラをじっと眺める佐代里。自分が見たあと他の三人にも見せてあげる。
「佐代里さん、わたしの顔に落書きし過ぎよ」
友子は唇を尖らせた。
「ごめんねー、友子ちゃん。ついつい遊びたくなっちゃって」
佐代里はてへっと笑った。
「僕、プリクラなんて生まれて初めて撮りました」
健太は気まずそうに打ち明ける。
「そうだったんだ。それじゃいい思い出が出来たでしょ? 秋香ちゃんと健太くんは表情が硬すぎだね。もう少し笑ったらよりかわいいのに」
佐代里はにこにこ笑いながらアドバイスする。
「だって、なんか恥ずかしいもん」
秋香は照れくさそうに言った。
「わたしも生徒証の写真はそんな感じよ」
友子はさらりと打ち明ける。
「友子お姉ちゃんも同じなんだね、よかった。あの、あたし、次はこれがやりたぁーい」
秋香は、プリクラ専用機すぐ隣に設置されていた筐体を指した。
「秋香ちゃん、ぬいぐるみさんが欲しいんだね」
「うん!」
佐代里からの問いかけに、秋香はえくぼまじりの笑顔を浮かべ、弾んだ気分で答える。彼女がやりたがっていたのはお馴染のクレーンゲームだ。
「あっ、あのアデリーペンギンさんのぬいぐるみさんとってもかわいい! あれ一番欲しいっ。お部屋に飾りたぁーいっ!」
お気に入りのものを見つけると、透明ケースに手の平を張り付けて叫び、ぴょんぴょん飛び跳ねる。
とてもかわいいな。
健太はその幼さ溢れるしぐさに見惚れてしまった。
「秋香さん、あれは隅の方にあるし、他のぬいぐるみの間に少し埋もれてるよ。物理学的視点で考えても難易度は相当高いよ」
友子のアドバイスに対し、
「大丈夫!」
秋香はきりっとした表情で自信満々に答えた。コイン投入口に百円硬貨を入れ、押しボタンに両手を添える。
「秋香ちゃん、頑張ってね」
「落ち着いてやれば、きっと、取れるんじゃ、ないかな」
「秋香さん、ファイトです」
他の三人はすぐ横で応援する。
「絶対とるよ!」
秋香は慎重にボタンを操作してクレーンを動かし、お目当てのぬいぐるみの真上まで持っていくことが出来た。
続いてクレーンを下げて、アームを広げる操作。
「あっ、失敗しちゃった。もう一度」
ぬいぐるみはアームの左側に触れたものの、つかみ上げることは出来なかった。再度クレーンを下げようとしたところ、制限時間いっぱいとなってしまった。
「もう一回やるぅ!」
秋香はとっても悔しがる。お金を入れて、再チャレンジ。しかし今回も失敗。
「今度こそ絶対とるよ!」
この作業をさらに繰り返す。秋香は一度や二度の失敗ではへこたれない頑張り屋さんらしい。
けれども回を得るごとに、
「全然取れなぁい……」
徐々に泣き出しそうな表情へと変わっていく。
「わたし、クレーンゲームけっこう得意な方だけど、あれはちょっと無理かな」
友子は困った表情で呟いた。
「私にも無理だよ。ごめんね秋香ちゃん」
佐代里も申し訳無さそうに伝えた。
「秋香さん、他のお客さんも利用するので、そろそろ諦めた方がいいかもです」
友子は慰めるように忠告したが、
「嫌ぁ」
秋香は諦め切れない様子。お目当てのぬいぐるみを見つめながら不機嫌そうにぷくぅっとふくれる。
「気持ちは分かるけど……わたしだって、一度やると決めたことは最後までやり遂げたいから」
友子は深く同情心を示した。
「このままだと秋香ちゃんかわいそう」
佐代里も同情するように呟くと、
「あのう、僕が、やって、あげましょうか?」
健太は自信無さそうに申し出た。
「無職お兄ちゃぁん、お願ぁい!」
「わっ、分かった」
秋香に寂しがる子犬のようなうるうるした瞳で見つめられると、健太のやる気が少し高まった。クレーンゲームの操作ボタン前へと歩み寄る。
「ありがとう、無職お兄ちゃん」
するとたちまち秋香のお顔に、笑みがこぼれた。
「さすが健太くん、心優しい」
「秋香さんもよく健闘してたわ」
その様子を、佐代里と友子は微笑ましく眺めていた。
(まずい。全く取れる気がしないよ)
健太の一回目、秋香お目当てのぬいぐるみがアームにすら触れず失敗。
「無職お兄ちゃんなら、絶対取れるはず」
背後から秋香に、期待の眼差しでじーっと見つめられる。
(どうしよう)
健太は窮地に立たされた。なにせ健太は、今までクレーンゲームというもので遊んだ経験が一度もなかったのだ。
「健太くん、頑張れーっ!」
「健太お兄さんなら、きっと取れるわっ!」
(僕なんかを応援して下さるなんて、なんともありがたい。よぉし、いい所見せてやるぞ)
佐代里と友子からの声援を糧に健太は精神を研ぎ澄ませ、再び挑戦する。
しかしまた失敗した。アームには触れたものの。
けれども健太はめげない。上手くいかないことだらけの人生を送って来た彼は、この程度のことではやはりへこたれないのだ。
「無職お兄ちゃん、頑張ってーっ。さっきよりは惜しいところまでいったよ」
秋香からも熱いエールが送られ、
「任せて小野川さん。次こそは取るから」
健太のやる気がさらに高まった。
三度目の挑戦後。
「……まさか、こんなにあっさりいけるとは、思わなかった」
取出口に、ポトリと落ちたアデリーペンギンのぬいぐるみ。
健太はついに秋香お目当ての景品をゲットすることが出来たのだ。
「健太くん、お見事!」
「おめでとうございます、健太お兄さん。三度目の正直ですね」
佐代里と友子は大きく拍手した。
「ありがとうーっ、無職お兄ちゃあああああああん」
秋香はとっても嬉しそうに抱き着いてくる。
「僕、たまたま取れただけだよ。先に、小野川さんが少しだけ取り易いところに動かしてくれたおかげでもあるよ。はい、小野川さん」
健太は照れくさそうに語り、秋香に手渡す。
「ありがとう、無職お兄ちゃん。ペンちゃん、こんにちは」
秋香はさっそくお名前をつけた。受け取った時の彼女の瞳は、ステンドグラスのようにキラキラ光り輝いていた。このぬいぐるみを抱きしめて、頬ずりをし始める。
「嬉しい……」
健太はふいに涙がこぼれ出て来た。
「無職お兄ちゃん、泣いてる?」
秋香が不思議そうに健太のお顔を覗き込んでくる。
「僕、とても嬉しいんだ」
健太が流した涙は、今までの人生の中で味わったことのない嬉しさと達成感からであった。
「健太くん、これ使って」
佐代里は健太の側へ歩み寄り、そっとハンカチを手渡す。
「ありがとう、旗谷さん。僕なんかの、ために」
健太は鈍重な動作でハンカチを受け取り、涙を拭いた。
*
このあと四人はスーベニアショップ、巨大迷路、斜めの部屋、パンダも数頭いるアニマルランドなど園内他のアトラクション施設も急ぎ足でいろいろ巡り、最後の締めくくりとして巨大観覧車に乗ることにした。最高地点では地上からの高さが六五メートルにまで達する、この遊園地一番の目玉アトラクションだ。
四人乗りのゴンドラは係員に鍵をかけられ、ゆっくりと上昇していく。
「わぁーい。いい眺め。遠くに見える島は四国かなぁ?」
「きっとそうだよ。絵になる光景だね。ずっと眺めていたいよ」
秋香と佐代里は幼い子どものように大はしゃぎで、
「これは等速円運動ね。観覧車って最高」
友子は満面の笑みを浮かべながら下を見下ろす。彼女が一番乗りたがっていたアトラクションでもあった。
(気まずいなぁ)
健太は居心地の悪さを強く感じていた。狭い空間で女子中高生三人といっしょという状況なのだから、無理はないだろう。健太は景色を眺めることで、なんとか気を紛らわせる。
そこへ、
「健太くん、今日は私達に付き合ってくれてありがとう」
佐代里が話しかけてくる。手もぎゅっと握り締めて来た。
「いっ、いえいえ、こちらこそ」
健太の頬は瞬く間に赤く染まる。心拍数も急上昇した。
「無職お兄ちゃん、今日はいろいろ迷惑かけてごめんね。あたし、無職お兄ちゃんのおかげで今日はすごく楽しめたよ」
「遊園地まで迷わずに行くことが出来、大人気アトラクションもあまり待つことなくスムーズに入ることが出来たのは、健太お兄さんが付き添ってくれたおかげですよ」
秋香と友子からも感謝される。
「いえ、そんなことはぁ……」
健太は謙遜の態度を示した。思わず俯き加減になってしまう。一刻も早くここから脱出したいという気持ちもさらに高まった。
三人は健太のその図に乗らない謙虚な姿勢に、高い好感が持てていた。
まもなく観覧車が一周し終え、係員によって扉が開かれると健太はホッと一息。
観覧車から降りた後、四人はまっすぐ出口ゲートへ向かい、遊園地をあとにした。
☆
「あっ! 私、明日までに提出しなきゃいけない宿題まだ全然出来てないよ。数学と英語の。どうしよう」
帰りの電車の中で、佐代里はふとその現実を思い出してしまった。
「では、いつものように僕がやってあげます」
健太は快く救いの手を差し伸べてあげようとする。
「ありがとう健太くん。いつもごめんね」
「無職お兄ちゃん、優しいね」
佐代里と秋香はそんな彼に対する好感度がさらに上がったが、
「健太お兄さん、甘やかし過ぎるのは良くないです」
友子は困惑顔を浮かべた。
「やっぱり、そうなのかな?」
健太は少し反省する。
「あーん、健太くん、お願ぁい。私、先生に叱られちゃうよぅ」
佐代里はちょっぴり涙目を浮かべてお願いしてくる。
「でっ、ですが……」
健太は思わず隣に座る佐代里から目を逸らし、視線をちらっと向かいの友子に向けた。
「佐代里さん、自力で頑張りなさい。テストの時に絶対後悔するわよ」
友子はやや険しい表情で忠告する。佐代里にはけっこう厳しいのだ。
☆
午後十時ちょっと前、みんなはようやく谷風寮に帰り着いた。
「健太くん、ありがとね」
「いえいえ、どういたしまして」
結局、健太は佐代里が入浴中に、佐代里の宿題を大方仕上げてあげたのであった。




