古代遺跡の守護者
翌朝、拠点での十分な休息と精のつく料理で完全に体調を回復させたミニアの案内のもと、レオ・アルヴァレスは北西の目的地へと向かっていた。
「レオ様、この岩場を抜けると間もなく【古代遺跡】ですニャ。
風下に回って気配を消していきましょう」
ぴんと立った耳を微かに震わせ、鼻をくんくんと鳴らしながら先導するミニア。
その立ち回りは非常に洗練されており、荒野の危険を未然に察知しながら進んでいた。
「助かるよミニア。一人で来るよりずっと頼もしいな」
「へへっ、任せてくださいニャ!」
照れくさそうに尻尾を振るミニアに微笑みつつ、レオは前方のすり鉢状になった岩山の最奥を見下ろした。
風雨に耐え抜いてきたと思われる重厚な建造物が姿を現す。
精巧な幾何学模様が刻まれた巨大な石門が、静まり返った荒野にぽつんと聳え立っていた。
だが、門の前に差し掛かったその瞬間
ミニアとクロニクルが、まったく同時に反応を示した。
「——っ!?レオ様、止まってくださいニャ!」
ミニアがしっぽを限界まで逆立て、険しい表情で前に飛び出す。
「静かすぎますニャ……!それにこの奥から、荒野の魔獣とは圧倒的に違う……
とんでもなく巨大で、でも吐き気がするほど恐ろしい生き物の匂いと足音が聞こえます……!」
(《警告。
視界前方の遺構内部より、推定脅威度『測定不能』の単一生命体反応を検知。
立体マップ上に表示します
周囲の瘴気を極限まで圧縮・保持した超高密度エネルギー領域を検出。
警戒してください》)
ミニアの野生の直感と、クロニクルの高度なデータスキャン。
種類の異なる二つの優れた索敵能力が、完全に同じ「異常な脅威」を捉えていた。
「……どうやら、タダで通してくれるような場所じゃなさそうだな」
レオが身構えると、呼応するように巨大な石門がゴゴゴゴ……!と地鳴りを立ててゆっくりと開き始めた。
門の奥の暗がりから、悠然と姿を現したのは——漆黒の毛並みに黄金の古代紋様が揺らめく、体長十メートルを超える巨大な四足の聖獣だった。
頭部には重厚な角を戴き、その双眸は澄み渡る翡翠色に輝いている。
『……久しいな、人を育む肉体を持つ者よ』
頭の中に直接響く、重厚で理知的な念話。
その守護魔獣は静かにレオたちを見下ろすと、底知れぬ圧迫感を放ちながら口を開いた。
『我が名はヴェルフ。古の誓約に基づき、この遺跡と核心の鍵を守護する者。
……去れ。
さもなくば、我が体内に満ちる太古の瘴気により、肉も魂も微塵となろう』
「待ってくださいニャ!」
ミニアが毛を逆立てながらも、必死にレオの前に出た。
「あたしたちは遺跡を荒らしに来たんじゃないんですニャ!
荒野を良くするための『魔導動力コア』を探しに——」
『問答無用』
ヴェルフの翡翠の瞳が、静かな冷徹さを帯びる。
『口先だけの言葉など、歴史の中で幾度も聞いてきた。……消えよ』
ゴーッ!!!!
次の瞬間、ヴェルフの口から解き放たれたのは、空間そのものを腐蝕させるほどの『極大濃度の黒紫色の瘴気ブレス』だった!
直撃すれば、一国の騎士団すら一瞬で灰と化すような絶望的なまでの破壊の濁流。
「レオ様っ!?」
「ミニア、俺の後ろに下がってろ!」
レオは逃げるどころか、一歩前へ踏み出し、両手を広げてその瘴気の濁流を真正面から受け止めた!
ドゴォォォォンッ!!!!
「レオ様ぁぁぁっ!?」
ミニアの悲鳴が響き渡る。
しかし、黒紫色の爆炎の中で起こったのは、守護獣ヴェルフの予測を遙かに超越する現象だった。
「……ふぅ。……これは、凄いな」
『……な……に……!?』
ヴェルフの翡翠の瞳が、初めて驚愕に大きく見開かれた。
レオの体が青く激しく発光している。
身体を溶かすはずの超高濃度瘴気が、レオの全身の毛穴から無制限に吸い上げられ、青い純粋な魔力へと変換されていく。
【魔性順応】——あらゆる毒と瘴気を自己の糧へと変える圧倒的能力。
「くっ……体が軽い!筋力も魔力もどんどん湧いてくる……!」
瘴気を吸えば吸うほど、レオの全身から放たれる気が爆発的に高まっていく。
本来なら触れることすら致命傷となる最強の武器(瘴気)が、
俺にとっては『無制限のパワーアップアイテム』にしかならない。
『我が絶技たる高純度の瘴気を……すべて糧として吸い尽くしたというのか……!?バカな、そのような存在がこの世に……!?』
高知能であるが故に、ヴェルフは瞬時に理解してしまった。
目の前に立つこの青年は、自分のあらゆる攻撃を無効化し、力に変えてしまう
『完全なる天敵』であるという事実に。
「はぁぁっ!!」
ズドォンッ!!
瘴気を吸収し切ったレオは、大地を砕くほどの脚力で一瞬にしてヴェルフの懐へと潜り込んだ。
あまりの速度にヴェルフの反応が遅れる。レオの右拳が、ヴェルフの眉間へと向かって一直線に突き出された。
——だが。
ピタッ。
レオの拳は、ヴェルフの額の数ミリ手前で完全に停止した。
凄まじい拳圧の風だけが、ヴェルフの黄金の毛並みを激しく揺らす。
『……なぜ打たん。余はお前を殺そうとしたのだぞ』
困惑するヴェルフに対し、レオはフッと拳を引いてニタリと笑った。
「あんた、ただ理由もなく襲ってきたんじゃないんだろ?
何千年も一人で、この遺跡と大事なものを守り続けてきた……ただの守護者だ。
そんなやつを無駄に殴れるかよ」
「そうですニャ!」
ミニアが走り寄り、レオの隣に並んでヴェルフをまっすぐ見つめた。
「レオ様はね、生まれや種族で人を切り捨てる王都から追放されたんです。
でも、こんな死の荒野で……あたしたち亜人や行き場を失った奴ら全員が、
笑ってお腹いっぱい食べて暮らせる『理想の場所』を作ろうとしてるんですニャ!
あたしは、そのレオ様の夢に命を預けると決めたんです!」
ミニアの言葉と、一切の欲や濁りのないレオの力強い瞳。
ヴェルフは暫し沈黙し、やがて深いため息をつくように大きな身体を低く屈めた。
『……なるほど。
余の瘴気を前にしても牙を剥かず、力を得ても心に呑まれぬか。
……ミニアと言ったな。
その者の言葉に嘘偽りがないこと、その真直ぐな瞳が証明しておる』
ヴェルフの胸元が青白く光り始めた。
空間が歪み、そこから溢れ出たのは、太陽の破片かと思えるほどの圧倒的な輝きを放つ球体——『魔導動力コア』だった。
『我が主より授かりし古の誓約……
「瘴気を受け止め、心を失わぬ真の主が現れし時、核心を託せ」とな。……
受け取るがよい』
コアが静かに浮遊し、レオの手元へと収まる。
(《照合。高純度『魔導動力コア』の獲得を確認しました。
拠点の広域防衛バリアおよび環境浄化システムの構築が可能となります》)
「確かに受け取ったよ、ヴェルフ。ありがとう」
レオがコアを大事に抱えると、ヴェルフは満足そうに目を細め、その巨体をレオたちの前に座らせた。
『余もまた、永き守護の任を終えた。……レオ・アルヴァレスよ。
お主が紡ぐ『理想の場所』とやらの行く末、この余の目で見届けさせてもらうとしよう。
余を、お主の領地の守護神として加えるがよい』
「ヴェルフ……!ああ、大歓迎だ!頼むぞ!」
「やったぁぁっ!ヴェルフ様が仲間になりましたニャーッ!」
ミニアが嬉しそうにヴェルフの足元に飛びつき、ヴェルフもどこか愛おしそうに尻尾をひと振振った。
最強の守護神ヴェルフを仲間に加え、伝説の『魔導動力コア』を手に入れたレオたち。
理想の場所の開拓は、今や誰も止められない大きな加速を見せようとしていた——!




